六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 魔王が日本に来て最初の年末がやってきました。
 リュウは、町内会長サンタからもらった水玉模様のベビー服を着ています。
 テレビは御老公様や将軍様がお休みになっていて、かわりに歌番組が流れています。

「ほれ登呂さん、年越しそばできたよ」
「おお、すまんのうトメ。年越しそばとは、普通のそばとどう違うのかの?」

 トメさんが作ってくれたのは、おネギとかまぼこが乗ったかけそばです。
 見た目は、いつも食べているおそばです。

「来年も元気に過ごせるようにと、ゲン担ぎで食べるものなんじゃよ」
「ふむ。魚を頭から食べるみたいなものか」

 魔王をはじめとするドラゴンの間では、捕らえた獲物は頭から食べると歯が丈夫になると言われています。
 水中にも潜れる系統のドラゴンなので、日本で言うところのサメのような肉食魚も頭からバリバリ食べていました。
 今は体が小さくなったのでサメなんて無理。
 子持ちシシャモを頭から食べています。

「はっはっ。相変わらず面白いことを言うねぇ登呂さんは」
「うぬぅ。笑いを取るつもりはなかったんだが」

 ケルベロスが魔王の隣に皿をくわえてきて、おすわりします。

「わんわん!」
『魔王さま、ケルベロスが、自分もおそばを食べたいと……。こりゃ、お前には“犬まっしぐら”があるだろうケルベロス!』

 ケルベロスがケルベロスだった時代なら良かったかもしれませんが、今は柴です。犬に食わせていいものなのかどうなのか。
 ぐるるさんで検索してみたらOKと出たので、汁をかける前の麺だけ細かく切ってお皿に盛ってあげました。

 魔王とトメさんとケルベロスが食べていると、自分も欲しくなるのが性というもの。
 けれどプライドが邪魔して、爺やは自分も食べてみたいなんて言えません。
 インコなので人間の食べ物の大半は口にできないのですが、それでも気持ちは食べてみたくなるもの。

(ぬおおおぉ、小さき者の食べ物なんて、人間の食べ物なんてほしくないからなぁあああ!)

 いつものヒエアワミックスをがっつく爺や。

 アパートの外ではゴーン、ゴーンという鐘の音が響いています。

「あれはなんの音だ」
「除夜の鐘。108回の鐘を打つことで煩悩《ぼんのう》を消し去るという行事じゃよ。のどか村の寺で鳴らしておる」
「ほー。年越しそばのことといい、トメは物知りだの。ぐるるさんより物知りかもしれん」

 年越しそばも除夜の鐘も、日本人の一般知識にすぎないのですが、魔王にはすべてが目新しい知識。
 トメさんは褒められて、気恥ずかしくも誇らしい気持ちです。


「こうして誰かと過ごす年末は久しぶりだよ。ありがとうね登呂さん」
「うぬ。儂も人と年越しをすごすのは初めてだ」

 ドラゴンでしたから。
 魔物の部下たちと暮らしていたので、まさか人間の姿になって年越しすることになるなんて予想もしていませんでした。

「来年もよろしく頼むぞトメ」
「はいよ。こちらこそよろしくね登呂さん」

 年越しそばが美味しくておかわりする魔王。
 爺やは年が明けても、自分だけ年越しそばを食べられなかったことを悔しく思っているのでした。


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