六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 マージョの弁当作りを拒否した翌日。
 マージョはめげずに弁当を作ってきました。
 ご丁寧にも番台の前に敷物を広げて、居座る気満々です。
 

「さぁさぁたんと食べてくださいませ、登呂さん」
「ひっ!」

 ドラゴンだったとき万の大群に押し寄せられても怖くなかったのに、魔王は今、恐れおののいています。

 風呂敷から取り出したお弁当箱からは、黒い煙が上がっていました。
 かろうじてサンマだったとわかる細長い物体。
 敷き詰められた米は漆黒。
 おかずもすべてが炭化していました。




「ガルルルルル」

 ケルベロスが危険物だと認識して威嚇します。

「あらだめですわよベロちゃん。これは登呂さんのお弁当です。リュウを立派に育てていただかなくてはなりません」
「そんなもの食ったら、リュウが立派に育つ前に、今日、命を終えそうな気がする」
『帰れ小娘。我が主にそんな炭を食わせるでないわ!』

 ここ数ヶ月トメさんの美味しい料理を見てきたので、爺やも人間事情に明るくなってきています。
 だからそれが食べ物の域を逸脱した物体だとわかりました。

「失礼ですわ! わたくしのお母さんが言っていました。料理は心だと。心さえこもっていれば何でも宮廷のフルコースになるのだと」
「なっとらん!」

 母親は今すぐここに来てかつてのセリフを訂正したほうがいいと魔王は心底思います。
 ツッコミはことごとくスルーされ、カウンターに焦げ臭い弁当が乗せられます。

 マージョは今、無自覚に魔王討伐を果たそうとしていました。

 騎士に斬られるでもなく、賢者の大魔法を食らうでもなく。
 失敗作と呼ぶのもおこがましい炭によって命の危機にさらされる魔王。

 みかねた銭湯の客たちが止めに入ってくれました。

「マージョちゃん、それは流石に食べられないよ。作ってあげたいなら、お料理をもっと勉強してからでないと」
「そもそもなんでお嬢さんは、そんなにリュウくんを育てたがっているんじゃ」

 よくぞ聞いてくれました、とマージョは胸を張って答えます。

「その子が魔王だからですわ! 異界を恐怖に陥れた魔王が人に化けた姿なのです! だから今のうちにわたくしが正しき人に育て上げるのです!」



“マージョは兄のユウと同じ、アニメ見すぎの中二病”とまわりの大人たちに認識されたのは言うまでもない。



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