六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 魔王がリュウを育てるようになって四ヶ月。
 大きな変化が起きました。

「おお、見てくれトメ! リュウの首が、ぐらぐらしなくなったぞー!」
「あぅ〜だぁ」

 ケンとショウが持ってきてくれたガラガラを掴んでご満悦です。

「そいつは良かったねぇ。順調に育っている証拠だよ」
「うむうむ。歯が生えるのが楽しみだのう」

 魔王の愛読書、【新米パパのための育児本】によると、六ヶ月経てば歯が生えて離乳食がはじまる。
 魔王のスマホの中はリュウの成長記録という名の写真が3000枚突破していました。
 このペースだと、一歳をむかえる頃には10万枚いくかもしれません。

「それじゃあ仕事に行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい。お弁当忘れるんでねぇよ」
「毎日助かるのう。いくぞケルベロス」

 リュウをおんぶして、ケルベロスのリードとお弁当、小さな鳥かごを手に出発します。

『ああ〜、暑いですねぇ魔王さま』
「日差しがギラギラしてるのう」
「ワンワンワ!」

 八月半ば。
 日差しは刺すようです。

 番台の内側、一番風通しのいい場所にゆりかごを置いてリュウを寝かせます。

「今日もよろしくな登呂さん」
「ああ。よろしく頼む」

 魔王が番台について一時間すると小田とユウが来ました。今日は小学生くらいの女の子を連れています。

「登呂さんこんにちは。大人二人、子ども一人お願いします!」
「ちょっとお待ちなさい小田さん。わたくし、子どもじゃありませんわよ!」

 女の子が小田の言葉に待ったをかけました。
 ユウと同じで、翻訳スキルなしに言葉がわかりました。

 見た目は幼いけど子どもじゃないーー異界の人間のなかでもとりわけ厄介な、魔法使いなのかもしれません。


 魔王は人間の言葉を理解できますが、人間はドラゴンの言葉を理解できません。
 というのもドラゴンは口の形状が、人語を発するのに向いていないのです。

 魔王が人の姿であってもなくても、魔王と会話するには翻訳スキルを必要とするのです。
 バレる心配が薄いとはいえ、油断は禁物。
 平静を装います。

「ねえさ、ゲホン。マージョちゃん、気持ちはわかるけどそういう決まりだからおさえて」
「子どもから大人料金を取ったら、儂が雇い主に叱られてしまう」
「むむむむ……屈辱ですわ」

 マージョは小田とユウに説得され、しぶしぶこども料金で女湯に入っていきました。
 小田とユウは心配そうにしながらも、男湯の脱衣所に入ります。

 女風呂の方から「お風呂が広いですわー! 貴族の湯殿ですの!?」「お湯がでてきましたわ! まさかこちらの人も魔法を使えるんですの!?」となんとも賑やかな声が聞こえてきます。

 一時間後。

「はふー。この技術、あちらに持ち帰りたいですわ」
「はっはっは。あちらってどちらだね。変わった子だねぇ」

 ほかの女性客が銭湯の入り方を教えてくれたようで、ニコニコしながら風呂から上がってきました。
 小田とユウと一緒に帰っていくのを見送り、爺やが恐る恐る聞いてきます。

『魔王さま、あの娘は異界の魔法使いなのでは』
「そうだの。……刺客なのだろうが、なんとも憎めない子だのう」

 銭湯にハマってしまったようで、マージョは翌日から毎日通ってくるようになりました。 
 



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