六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 翌日から、魔王は仕事がない時間に自転車の練習をはじめました。

 のどか荘の裏手に住んでいる浦野うらのさんが自転車の乗り方指導を買って出てくれました。
 浦野さんは元小学校教師で、人にものを教えることに情熱を注いでいるのです。

 元ドラゴンなので、二本足でバランスを取りながら細いタイヤの乗り物を動かすというのは未知の領域。
 30分練習しただけで、すでにひじは擦り切れ、足も泥だらけです。

『あああぁ魔王さま、怪我をしてしまうような危ないものに乗るくらいなら歩いたほうがよろしいのでは』

 危なっかしくて、練習を見守るケルベロスと爺やはハラハラしています。
 人の前なので返事はしませんが、魔王は乗れるようになりたいので爺の提案を却下しました。


「いいかね登呂さん。足で地面を蹴ってバランスを取れ。ペダルをこぐのは自転車をまっすぐ保つ感覚に慣れてから」
「わかった」

 足元を見ながら自転車を押すと、浦野さんのカツがはいります。

「前を見ろ。足元を見ちゃいけねえ。前を見ながらでないと、人を怪我させてしまうこともあるし危ない。乗れるようになっても、絶対に携帯電話をしながらなんてことするんじゃないぞ」 
「う、うむ」

 前を見ながら片足ずつ地面を蹴り、バランスを取りつつ前進し。

 魔王が練習に励む中、リュウは日よけのついたゆりかごですやすやとお昼寝中。
 最近鳴くようになったセミの声と自転車練習の音が子守唄です。

「ふふふ、見ていろリュウ。転ばず乗れるようになったら、公園に連れて行ってやるからの」

 魔王の目標は、自転車の運転を覚えたらリュウをちょっと遠くまでお散歩に連れて行くことです。

 浦野さんの熱心な指導のおかげで、ペダルに足を乗せて進むところまできました。

「いやぁ現役の頃を思い出すなあ。子どもたちに教えていたのが昨日のことのようじゃわい」
「なら、儂は浦野さんの生徒か。浦野先生と呼んだほうがいいかのう」

 のどか村の小学校を定年退職してからはや二十年。先生と呼ばれたのは久しぶりで、浦野さんはなんだかこそばゆい気持ちになりました。
 数年前奥さんに先立たれて以来、こんなに笑ったのは久しぶりです。

「ハッハッハ。こんなにでっかい生徒は初めてじゃわい。おれは厳しいから覚悟するんじゃぞ」
「うむ。よろしく頼むぞ先生」

 リュウが起きて泣き出したので、今日の練習はここまで。


 それから二日みっちり練習して、魔王は念願かなって自転車に乗れるようになりました。

 そのあと魔王が練習しているのを見て、ケンとショウも「自転車を教えてーー!」と浦野さんちに突撃をかまし、さらにユウも「ご教授願いたい」と言い出し、いつの間にか自転車の先生として人気が沸騰したのはまた別の話。



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