六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 ユーシャが小田の家に来てから二週間。
 小田は高校に行き、その間ユーシャはテレビを観て日本のなんたるかを学びます。
 ニュースで時事情報がいくらても得られます。

「うーん。何度観ても、この魔法の鏡はすごいな」

 リモコンでチャンネルを切り替えながらひとりごちます。
 異界では、魔法は魔法使いの修行をした人にしか使えませんでした。
 けれど日本では、こういう魔法使いでないただの人間にも使える不思議な道具が当たり前に売っているのです。

 ニュースが終わる時間になり、玄関のチャイムか鳴りました。
 小田には「ボクがいない間の来客は居留守を使って。こんな田舎でも、宗教勧誘や変な押し売りが来ることもあるから」と言われているので知らんぷりを決め込みます。

 無視すること5分。
 まだ鳴っています。

「これは、出るまで帰らないのでは」

 仕方なく、ユーシャはピコハン片手に玄関扉を薄く開けました。

「どちらさまで――」
「やっと出たな糸こん!」
「やっぱり居留守だった!」

 ケンとショウがホウキの柄でチャイムを叩いているところでした。
 押し売りではなかったけれど、嫌な汗が背中を伝いました。
 このふたりの相手をするのは、魔物相手に戦うよりも疲れるのです。
 
「小田くんは今学校に行っているからいませんよ」
「俺たちオタのにーちゃんじゃなくて、糸こんに用があるんだよ」
「……そもそも私は糸こんではない」
「でも兄ちゃんが糸こんって言ってたじゃない」

 従兄《いとこ》だと言ったところで、相手は5歳になるかならないかの幼児。怒っちゃ駄目だと、ユーシャは自分に言い聞かせます。

「なーなー、糸こん。糸こんは自宅警備員なんだろ。ずっと家にいるやつのことそう言うんだって隣のおばちゃんが言ってた」
「そうそう。お家を守らなきゃならないならぼくたちもお手伝いしようと思って来たんだ〜」
「うぐっ」

 最近テレビを見ていたので、自宅警備員が何を指す言葉なのかユーシャは理解しています。
 引きこもり、ニート、働いてない人を揶揄する言葉。

 小田がいない時間はずっと家にいるので、従弟の寄生虫になっている無職の男という認識が近所に広まってしまっていたのです。

 ケンとショウには帰ってもらい、小田が帰ってきてからすぐに相談しました。
 周りから変人扱いされているのでは魔王探しにも支障をきたします。

「あー、そっか、家にいることでそんな誤解が生まれちゃってたのか。隠れ蓑で働くにしても戸籍がなぁ。銭湯は登呂さんがはたらいているから人手が足りてるだろうし、ケンのところの店なら履歴書不要でなんとかならないかな」

「登呂さん……銭湯の番台をしている人だったな」

「うん。登呂さんが育てているリュウくんって赤ちゃんがいるでしょ。あの子が川に流されていたのを、登呂さんが川に飛び込んで助けて、自分の子として引き取って育ててるんだ。自分がどこの誰だったのかも覚えてないのに、すごいよね」

 登呂さんのバイト代が少しでも増えればと、村の人たちは前よりも銭湯を利用するようになったと小田は言います。

「そうなのか。そんな苦労を。何という御仁だ。今度会ったら話をしてみたい」

 義理人情、正義、そういうものを大切にしているユーシャも胸打たれました。

 幼少期から剣士を目指して生きてきた、頭からつま先まで筋肉なユーシャ。

 魔法の知識が皆無なので、近所に住む登呂さんが自分の探している魔王だなんて、呪われて人の姿になったなんて、微塵も気づいていないのでした。



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