六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 魔王が番台で受付をしていると、ご近所さんがお風呂に入りにきました。

「登呂さん、不審者騒ぎは解決したらしいれ。えがったなぁ」
「おお、そうか。なら今日からは安心して散歩できるのう。ケルベロスが外を歩けなくて退屈そうにしておったからの」
「ははは。ベロちゃんもおさんぽできて嬉しいだろうね」

 入湯料をカウンターに置いて、脱衣所にはいっていきました。
 10時に銭湯を開けて一時間も経っていないないのに、次々と人が来ます。

 昼前には同じ町内の、小田さんとこの子が背の高い男を連れてやってきました。

「登呂さんこんにちは。大人ふたり入浴と、タオル2枚お願いしまーす!」
「うむ。大人ふたり、タオル2枚で1600円だ」
「はい」

 小田はのどかの湯と印刷されたタオルを受け取ります。ピコハン片手にぼーっとしていた青年に声をかけます。

「ユウさん、ほら入って入って。後ろがつっかえてます」
「こ、これが、大衆浴場というものか」
「あっちにはないんですか」
「ないな。川で行水をしていた」
「冷たそうだ」
「心頭滅却すれば火もまたすずし……冬期の行水も慣れればどうということはない」
「うわー、僕には真似できないや」

 不思議な会話をしながら脱衣所に入っていきます。
 これまでアヒルのおもちゃを持って入りたがる子はいましたが、ピコハン片手に風呂に入る大人は初めてです。
 何に使うのか皆目検討もつきません。

「ふむ。儂が知らないだけで、人間には色々いるのだな」
『魔王さま! もしかしたらきやつは隙をついて魔王さまの首を取るつもりなのでは!? 危険です!』
「おもちゃでか。考えすぎだろう」
『爺にはわかります。あれは魔王さまを狙うワルモノです! たぶん! もしかしたら!』

 爺やは妄想が暴走して、おもちゃを持ち歩いている人すらヒットマンに見えているようです。

「あぅあぅあ〜」
「リュウ。お腹が空いたのか。今ミルクを用意するからの」
『真剣に聞いてください魔王さま! 今すぐ爺をここから出してください! 爺が本気を出せばアヤツをけちょんけちょんにーー!!』

 爺やのアツい語りを吹き飛ばす勢いで、ケンとショウが飛び込んできました。今日はショウのお父さんと一緒です。

「トロー! 来てやったぞー!」
「トロさんきたよー!」
「こんにちは。大人ひとり、幼児ふたりお願いします」
「まいど。1300円だ」

 ショウのお父さんがお金を払っている間に子どもたちは脱衣場に駆け込んでいきます。

「あ! こないだのわるいやつだ! やっちゃうぞショウ!」
「そうだね! やっちゃおケンちゃん!」

 水鉄砲を噴射する音と何か投げる音、それから青年の悲鳴が銭湯に響き渡るのでした。


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