六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 夕方。千頭さんの息子が仕事から帰ってきて、番台を交代してくれました。
 バイトを終えた魔王はのどか荘の前で、今日の晩ごはんになるアジの開きを焼いていました。

 七輪の中で炭が燃えて、アジの脂が滴る。うちわでパタパタすると香ばしいかおりがのぼります。
 待ちきれず、ケルベロスがよだれを滝のように流しています。

「待て待てケルベロス。まだ熱いから食べてはいかん。口の中の皮がベロンとはげてしまうぞ」
『魔王さまの夕餉のおこぼれに預かろうなど、けしからん! ケルベロス!』

 爺やは八割がた八つ当たりで文句を言います。爺やの食事はずっと小鳥用のエサのみです。

「キャベツの芯があまったすけ、ジーヤちゃんにあげようなぁ」
『人間の同情などいらんわー!』

 トメさんが、小さく切ったキャベツの芯をくれたのですが、爺やは悔し涙しか出ません。

「トメ、どうだ。焼き具合はこれくらいでいいか?」
「ちょうどええよ。登呂さん、魚を焼くの上手いじゃないか」
「ははは。そうかそうか。儂には魚を焼く才能《スキル》があるようだな! 焼き魚屋でも開こうか」
「焼き魚屋、おもしろいねぇ」

 夕飯にアジの開きを食べて、さてケルベロスの散歩に行こうかとリードを準備していたところで、順さんがビラの束を抱えてやってきました。

「登呂さん、もしかしてこれから散歩かい」
「おお。その予定だが、どうした?」
「不審者が現れたんでな、悪いが捕まるまで散歩は控えてもらえねえろっか」
「不審者け」

 順さんは魔王とトメさん、他の入居者用にビラを五枚置いていきました。

“刃渡り1メートルを超える大きな刃物を振り回す鎧コスプレの大男が、農作業中の女性を襲おうとした。林の中に逃亡したため捜索中”

 キャンキャン! とケルベロスが吠えます。

「どうしたね、ベロちゃん」
「ケルベロスがのぅ、そんなの自分が倒してやる! と意気込んでおる」
「ははは、どうやって倒すんだい。ベロちゃんがこのビラの男に負けないくらいの大男になるってか?」


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 トメさんが大男に変身したケルベロスを想像して大笑いします。
 元々その大男より巨大な魔犬だったなんて信じる人はいないでしょう。

 そんなわけで、お散歩は中止。
 運動不足にならないよう、のどか荘の前でボール遊びしました。



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