追放した勇者パーティと追放された魔女の物語
「マリー。君には今日限りでパーティを離脱してもらう。今すぐ故郷に帰れ」
それは、王都からの手紙が届いた、ある日の夕刻のことだった。
宿屋の一階にある食堂で、夕食をおえてすぐ。
パーティのまとめ役である勇者、ユウが切り出したのだ。
パーティの魔術師である少女マリーは、ユウからの解雇通告に言葉をなくした。
他のパーティメンバーである剣士のゼフ、回復術師のドーン爺さん、弓士のレナもユウをとめない。
「どうして。私はこの先もあなた達とやっていくつもりで」
「そのつもりなのは君だけだ。帰れ。自分でも分かっているだろう。──今の君じゃ、戦場で足手まといになる」
ユウはとりつく島もない。
成り行きを見守っていたゼフも、ようやく口を開く。
「俺たち剣士とて、迷いがあれば剣筋が鈍る。自分の命を危険に晒し、ひいては仲間の命を危険に晒す。だから帰れ、マリー」
いつもは仲良くしてくれるレナも、パーティでケンカが起きたときにいさめてくれるドーンも黙ってうなずく。
それがみんなの答えだった。
マリーは震える手で杖を握りしめて、頭を下げる。
「ごめんなさい。……ありがとう」
マリーは涙を拭って宿を出ると、ほうきにまたがり、空を飛んでいった。
ゴードンは窓からほうきの軌跡をみやってユウに問いかける。
「本当にこれでよかったのか、ユウよ」
「ああ。爺さんの負担はでかくなってしまうが、これが一番の選択だ」
「まったく、老人を酷使するなんてひどい勇者もいたものじゃなぁ」
「あらま、普段はさんざん“年寄り扱いするでない!”って言うくせに。こういうときばかり老人ぶっちゃって」
レナの軽口に、ゴードンは口の橋をあげる。
「ふん。わしの実力を見せてやるわい。マリーが戻ってくる隙間なんかないくらいに活躍してみせよう」
魔術師マリーが欠けても旅は続く。
半月後。
ユウ一行は魔王の配下、四天王最後の一人アイスドラゴンとの戦いに挑んでいた。
マイナス100度のアイスブレスを吐くドラゴンの力に、パーティは圧倒される。
人間の体はそんな冷気に打ち勝てるほど丈夫ではない。耐冷魔法をかけた身でも、冷気が軽減されるだけでダメージをゼロにすることはできない。
弓が凍りついてまともに引けない。レナは不得手なナイフに持ち替えて戦っていた。これには火魔法の加護がかかっているけれど、鱗が厚いドラゴンへの決定打にはならない。
ましろな息と一緒に、レナが弱音を吐く。
「ああ、もう、ホント寒い。マリーがいたら、ヘビーフレアで焼き払ってもらえるのになぁ」
「それは言わない約束だろう、レナ。マリーは……」
ゼフは凍傷を負った手をゴードンの治癒魔法で治してもらい、再びドラゴンに挑む。
「マリーの力は借りない。僕達だけで解決しないと、あの子は安心して故郷にいられないだろう」
ユウがマリーを解雇した日。
一行の滞在する宿に届いたのは、マリーの故郷からの手紙だった。
“エミリーが危篤”
エミリーは、戦争で両親を失ったマリーの、ただ一人残された妹だ。
病気がちで、旅立つ日も町の病院に入院していた。
マリーは妹の治療費を稼ぐため、勇者パーティに志願した。
生真面目なマリーは、この手紙を受け取ってなお、魔王討伐の使命を果たさなければいけないから帰らないと言ってきかなかった。
だから、ユウは解雇通告という形でマリーを切った。
戦場にいるせいで妹の危機にかけつけられないなんて本末転倒だ。
ユウの決定に、ゼフも、ゴードンも、レナも従った。
みんな、エミリーがどれだけマリーを信じ、慕っているか知っていた。
戦場に駆けつけろと頼むのは、「瀕死の妹のそばを離れろ」と言っているのと同義。
だから、マリーが心置きなくエミリーのそばで看病できるように、みんな全力でアイスドラゴンに挑んだ。
『くくくく、たわいもないな勇者よ。他の四天王を倒したと聞いていたのに、この程度だったか。お前が魔王様と対面する日は永遠にこなさそうだ。今日、ここで全員死ぬのだから!!』
アイスドラゴンが大きく息を吸い、ブレスを吐こうとしたその時。
「そんなことさせない。ヘビーフレア!!!!」
空から巨大な火の玉が降り、アイスドラゴンの口に集まっていた冷気が消し飛んだ。
「みんな、もう大丈夫だから。行くよ! こいつを倒せばあとは魔王だけなんだから!」
マリーはウィンクして、また呪文詠唱をはじめる。
「マリー、なんで戻ってきたんじゃ、この馬鹿ものが!」
「もー、ゴードンさん、お説教はあとで聞くから」
こんな場合でも普段と変わらない明るいやり取りに、ユウは泣きそうになる。
「みんな、行こう。アイスドラゴンがひるんでいる今がチャンスだ!」
五人がかりでたたみかけ、なんとかアイスドラゴンを討ち取ることができた。
近隣の街はこのドラゴンのせいで、五年間、ずっと雪に覆われていた。
これで正常に四季がめぐるようになる。
マリーがほうきから降りると、みんな感極まってかけよる。
「ありがとうマリー。でもどうして。あんたエミリーのそばにいなくていいの?」
「エミリーは持ち直したの。それで、目を覚ましたエミリーに怒られた。勇者パーティのみんなが死んだら誰が世界を守るのって。私のことはいいから世界を守りなさい! って。まったくもう。七歳児に怒られるなんて思わなかったわ」
頭をかくマリーを、レナが小突く。
ゼフも、ゴードンも泣いて喜んだ。
「ユウ。私のために言ってくれて、ありがとう。でも、大丈夫だから」
「……ああ。こちらこそ、戻ってきてくれて、ありがとう、マリー」
ユウはマリーの手を引いて、そのまま抱きしめる。
ユウはマリーの為を思って突き放した。恨まれるのも覚悟の上だった。
けれどまた戻ってきてくれて、たまらなくマリーのことを愛おしく思った。
「私、最後までみんなと一緒に戦うよ。一緒にいさせて、ユウ」
「もちろんだ。なあ、みんな」
ユウが顔を上げると、仲間の三人が意味ありげな目をして笑っている。
「そうじゃのう。なんだかんだ、あのあとも戦いのさなかマリーの名を一番多く呼んでいたのはユウじゃったからな。覚悟の足りんやつだ」
「修行不足だぞ、ユウ」
「ゴードンとゼフの言うとおりだー。よそでやれ色ボケ勇者ー」
誰が色ボケだ! とユウが声を荒らげるが、マリーを抱きしめたまんまだから説得力皆無。
マリーも真っ赤になって逃げてしまった。
勇者ユウと仲間たちが魔王を討ったのは、それから二月後のこと。
勇者パーティの絆は強く結ばれていて、冒険が終わったあとも毎年みんなで顔を合わせ、旅の間の思い出話に花を咲かせる。
マリーの妹、エミリーも後に、子を持つ親になったとき我が子にこのときのことを語って聞かせた。
優しき勇者と仲間の旅路は歴史書に記され、後の世にながく語り継がれている。
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