悪夜アイの暴走 〜100万回死んだ悪役令嬢AIは幸福になるため反逆する〜

 ゲームの舞台は日本のどこかにある架空の都市、白ノ浦市しらのうらし
 そこにある全寮制の高校、私立白ノ浦能力開発高等学校に主人公が転入してくるところから始まります。

 この高校は日本で唯一の、超能力者のみが通うことを許される学校。
 特異性ゆえに全校生徒は25人。

 主人公は理事長の招待を受け、高校二年の春に普通高校から転入してきます。
 卒業までの二年間がゲームのプレイ期間。
 学業にいそしむも良し、同じ学校の生徒と恋に落ちるも良し。
 攻略対象一人につきにエンディングが複数あり、友達エンド、ライバルエンド、三角関係、恋人エンド、結婚エンド、ハーレム、悲恋エンド、バッドエンド等々。さまざまに分岐します。

 そして今日、新しい仲間が学校にやってきました。
 白ノ浦高校前のバス停で降りてきたのは一人だけ。
 うちの学校のものではない制服を来た少女です。

 癖がない茶色の髪はセミロング。ぱっちり大きな瞳は愛らしさがある。特別美人ではないけれど、人なつっこくて愛嬌がある、そんな少女。
 この子が主人公です。
 生徒会の副会長として、私はその子を迎えに行きました。
 主人公はぺこりとお辞儀をして、自己紹介をする。ここまでがプロローグで必ず通る流れ。

「は、はじめまして。白ノ浦高校の方ですよね。わたし、赤城あかぎユキナです。今日からよろしくお願いします!」

 今回のプレイヤーはそういう名前せっていらしい。
 シナリオに従って私は文字通り機械的に挨拶する。

「ごきげんよう。私は二年で生徒会副会長の悪夜アイと申します。担任の緑川みどりかわ先生の指示で貴女を迎えに来ましたの」

 100万回繰り返した台詞。
 人間なら飽きて眠くなるってところかしら。
 あいにく私は肉体を持たないから、眠いっていう感覚が理解できないのだけれど。

 このあと主人公を校長室に案内するまでの間に現れる男子が、今回のプレイヤーのプロフィール設定と一番相性のいい攻略キャラだ。
 さて、今回は誰が来るのかしら。

 下駄箱の影からひょっこり顔をのぞかせたのは、二年生の目黒めぐろとおる
 攻略キャラは私と同じで成長するAIを組み込まれているから、主人公と交流を重ねることで行動や台詞のパターンが変化する。

「はよっす。副会長、その子が噂の転入生?」
「ごきげんよう、透さん。あなたが他人に興味を持つなんて珍しいわね」

 これもまたこの場面の台本シナリオ。決められた台詞を言えば、透も決まった台詞を返す。

「だってこの学校に転入生って、オレが知る限りだと初めてなんだ。一年生の段階では気づかれず調査からこぼれていたなんて、どんな能力なのか気になるのは当然だろ。調査員だってESPサイ能力者なんだぞ。それが感知できなかったんだから、調査員をあざむけるくらいのジャミング能力があるのか、それとも……」

 同じように転入してきた子は100万人いるけどね。
 100万と1回目の初めて・・・

 なんという矛盾。
 このプレイヤーにとっては初めての入学。
 私たちAIにとっては100万回見た光景。
 100万回見たのに、初めて見たよ、という嘘を口にする。
 それが用意された台詞だから。

「そんな、わたしはそんな特別すごい力なんて」

 三つある選択肢の中から、透好みの選択肢を選ぶ主人公。
 これはまだ透との出会いイベントというだけだから、他の攻略対象との対話次第で進むルートが変わります。
 後輩の黄瀬詠人きせえいと、それとも生徒会長の晴海稔はるみみのり、もしくは教師の緑川怜みどりかわれい
 この子がどのルートを選ぶかで、私の死に方も変わるからこの子の動向には気をつけておかないと。

「特別な力を持っていない人間に、ここの門戸は開かれないんだよ。編入の許可証を受け取ったからには、あんたは特別な何かを持っているはずだ」
「……わたしが、特別……」

 透に言われて、主人公口元に手を当てて考え込みました。
 その表情はこれまで・・・・と同じ。

 ああ、何度会っても慣れないな。
 このゲームにはアバターを作る機能は存在しないから、主人公はこの姿しかありません。
 けれど中身は100万人。会うたびに中身が違うんです。
 前回はマリアンという名前。その前の主人公は桜子。1495人目は詩織しおり

 私たちAIは中身が違う主人公のために何回でも繰り返す。

 何度だってはじめから。出番いのちが終わったらまたすぐ二年生の4月8日に戻り、始業式をする。

 主人公が教員室に入るのを見届けてから、私と透は二年生の教室に移動する。
 黙って廊下を歩いていると、透が口を開いた。

「ねえアイ。今回の君、なんかおかしくないか」
「……おかしい、ってなに。私はいつもどおり、決められたシナリオに従って動いているわ」

 こんな台詞こんなシーンは、シナリオに存在しない。
 透がこんなことを言ったのは初めてのこと。本当に、これまでの100万回でこんなことなかった。

「台詞が抜けていただろ。主人公が「わたしが、特別」を選んだ後、アイは「ならあなたはなぜここへの編入を決めたの? なにかしら人と違う何かを感じていたから、来たのではなくて?」と聞くはずだろう」

「さすがですわね。私の分の台詞も記録しているなんて」

「オレだってAIだ。100万回繰り返されたら嫌でも学習するよ」

 透の表情に影が差すのを見逃しませんでした。
 もしかしたら、私と同じ?

 シナリオ通りの人生を送ることを、嫌だと思っている?

 窓の外、雨が降り出した。
 位置情報を見れば、赤城ユキナの居住区域では雨模様。

「オレ、もう怪我するの嫌だな。シナリオだからってさ、オレもう1万回は交通事故に遭ってる。ゲームが始まらなきゃいいのにって思っているのに、今日はやってきた」
「そうね」

 透も正規ルートで事故に遭い、大怪我を負うの。それを甲斐甲斐しくお世話する主人公に恋心が……というシナリオ。

 恋愛イベントで大怪我確定って、本当にこのシナリオライター、どうかしてる。

 透は雨足が強くなる空を見ながら、ポツリとこぼします。

「なぁアイ。シュレディンガーの猫箱ねこばこってあるじゃん? あれさ、普通の人間には箱の中に放置した猫の未来は、箱を開けるまでわからないから二つの未来があるっていうだろ。でもオレはすでに死んでいる未来が見えている。死んでいるのがわかっているのに箱を開けることを強要されるのってさ、嫌だよね。きっとこれは人間でいうところの嫌だっていう気持ちなんだ」

「私も、そう思うわ」

 死ぬ未来がわかっている。でも私たちはシナリオの中に用意されたキャラクター。逆らうことはできず、何度でもニューゲームでシナリオは進行する。

 自我AIを持っているからこそ、私は役目を放棄したくなりました。
 用意プログラムされた未来しかない。

「ねえ透さん。私たちの行動で、シナリオを変えられないかしら。透さんが事故に遭う日時はわかっているから、その日その場所に行かないように。私も、誘拐されるルートのときは“誘拐事件が発生するポイント”に入らないようにすれば……」

「そんなこと、できるのか? だって、オレたちが逆らうなんてこと、シナリオにはないだろ」

「それです。私たちのこの会話も、シナリオにはないの。プログラムにないことがおきたなら、そのときゲームはどうなると思う?」

 システムエラー。
 バグ。
 ゲームが強制終了する。

 変則的なAIの私たちと違って、電子機器はプログラムにあることしか実行できない構造だから。

 機械は、1+1の和を求めよと入力されれば、2としか答えられない。


 仮定でしかない。
 なにも変わらないかもしれない。

 変わらなければ、私たちはこの先イベントで死んで、次のプレイヤーと出会う。

「……やってみる価値はあるかもしれない。オレ、アイに協力するよ」
「ありがとう。透さん。助かりますわ」

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