怪物の花嫁

 それからあっという間に7日が過ぎました。
 昼は掃除、夜は魔導書を解読という生活が続いています。
 5日目には子爵様が手紙を持って訪問してくれました。
 私の家族からの手紙です。
 すぐに離婚して帰ってきていい、今からでも遅くないから一緒に引っ越そうと言ってくれています。
 父さん、母さん、姉さん、ララ。
 そういうことを言ってくれるから大好きなんですよ。

 子爵様も何度も私に頭を下げて謝って、こっちが申し訳なくなるくらいです。
 だから私は詳しい事情は書かず、1ヶ月だけがんばるから、待っていてください。と書いて子爵様に手紙を託しました。




 今日の作業は庭園の掃除。
 森の中にあるから、数年分の降り積もった木の葉が腐り、土のようになっています。それらをレーキという、フォークのような形の農具でかき集めます。馬房ばぼうに置いてありました。
 庭園だけでも庶民の家が何軒も入る広さなので骨が折れます。
 あいにくの空模様で、この分だと昼過ぎにはひと雨来てしまうでしょう。

 ようやく石畳がみえてきました。
 アレクサンダーは大人しく掃除してくれています。
 初日に「なんで貴族の俺が使用人のまねごとをしないといけないんだ」なんて言っていたのが嘘のよう。

「おい。掃除なんて人間に戻ったら使用人を雇ってやらせればいいと思うんだが。こんなことをする暇があったら本を読んで解呪方法を探したい」

「私は本を読む暇があるなら、呪いをかけた魔女様のところに行って謝ってほしいです。居場所を知っているなら、ですが」
「知らん。あっちから勝手に来たんだ」
「……どういうことです?」

 アレクサンダーは空を見上げながら、ぶっきらぼうに答えます。

「10年前の大雨の夜に、見知らぬばあさんが現れた。旅をしていたが道に迷った、一晩の宿を恵んでくれと。着ているものはボロボロで、痩せ細って肌も薄汚れていて、まあ言ってしまえば浮浪者だな。
使用人が哀れに思ったらしくて『納屋でも馬房の空いたところでもいいから泊めてやれませんか』と聞いてきた」
「私もその使用人さんと同じことを言いますね」

「そんなババア追い返せと言った途端、ばあさんは一瞬でお前くらいの年齢の女に変わって、さきに話した言葉を投げ、俺をこの姿に変えた。
『お前は領主になるのに相応しくない。領地の未来を思うなら、養子でももらった方がいいだろうよ』、ってな。
この屋敷よりずっと北東、森の奥深くに小さな家があって、そこに住んでいるのではないかという話を聞いて父上が調べさせたが、人の姿はなかったらしい」

 話を聞いてなんとなく思いました。その魔女は領地の未来を憂いて、アレクサンダーを試したのではないかと。

「人間だれしも多少なり、利己的な部分はありますよ。でも、季節は秋ですよ。夜は長袖に毛布が必要な気温です。その人が普通のおばあさんだった場合、翌朝に森の中で凍死していると思うんです。そうは考えませんでしたか」

「一度でも泊めたらぜったいに集られるだろ。それに屋敷が汚れるのが嫌だった」
「今じゃ放置しすぎてこんなにきったなくなってるじゃないですか。使用人の方々が働いてくれていたから綺麗なお屋敷で暮らせていただけですよ」

 領主として大切なことって、そこをきちんとわきまえることだと思います。

 誰のおかげで自分は綺麗な屋敷で暮らせているのか。
 屋敷が綺麗なのは使用人がいるから。
 美味しいご飯を食べられるのは、領民が野菜や家畜を育ててくれているから。

「ふん。くだらない説教なんか聞きたくない。お前、妻という立場になかったら不敬罪で檻の中だからな」

 アレクサンダーはそっぽをむいてレーキを動かします。
 あと20日しかないのに、それでいいんでしょうか。

「その家は徒歩20日以内で行ける距離にあるのでしょうか。遠くないなら私、行ってみたいです」

「5日もあれば着く距離だと聞いているが、まさか本当に行くつもりか? 寝ぼけているのか」

「しっかりばっちり起きていますよ。たまたま子爵様が調べさせたときに留守だっただけかもしれないでしょう。あなたが謝りたくないなら、私が訪問して代わりに謝ってきます。地図があるならください」

 納屋に防寒具があったはず。
 食料は日持ちする物を持って行けばいいですね。水もできる限り持って行きましょう。
 馬がいれば半分以下の日数でたどり着けるんでしょうけど、残念ながら馬房はからっぽ。
 徒歩でがんばりましょう。



 私が荷物をまとめていると、アレクサンダーが入ってきました。

「お前一人だと不安だ。俺も行く」

「頭を下げたくないんですよね。そんな調子で会ったら逆上させる気がするので、ついてこないでください」

「俺がついて行ってやると言っているのに断るつもりか」

「お断りします。それと、もしものときのためにサイン済みの離婚届、置いていきますね」

 紙だけ置いてコートに袖を通して、厚手のマントを羽織ります。食料も背負って準備万端。

「それでは、私が帰るときには人間に戻っているといいですね」

 アレクサンダーは「勝手にしろ」と言って屋敷に戻ってしまいました。
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