中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
日曜日の朝10時。予定通りゆっちと回線を繋いだ。
一度やっているから、今回はすんなり開始できた。
ついつい配信のときの癖で、クライスモードがONになる。
「ごきげんよう、ゆっち」
「ごきげんよう、クライスさん。どうでした?」
ゆっちが身を乗り出す。
ゆっち自身も話したいことがあってウズウズしているのが、画面から伝わってくる。
「隣の席の同期と、ちょっとだけ話せたんです。同期の妹さんが、スタリーつかってるんだって」
田中さん、あのあとどうなっただろう。妹さんと話せたかな。
聞きたいけれど、田中さんの携帯番号もSNSも知らない。
仕事用の携帯を使うのは気が引けるし……月曜に出社したら聞いてみようかな。
「わあ、すごい偶然ですね。もしかしたらその方の妹さんと、お友達になれるかもしれないですね!」
「そ、そう、かな」
「そうです。共通の話題がいっこでもあれば楽しいです」
自分のことみたいに喜んでくれるから、がんばって良かった。
「ゆっちは、どうでした」
「あ、ええと……。ちょっとだけ、話せました。九頭 くんっていうんですけど、いつも真面目に机に向かっていて、そういう姿勢がかっこいいなって思ってて……。がんばって話そうって、決めて良かったです」
「そっか。よかった」
ゆっちは専門学校生って言っていたと思うんだけど、何を学んでいるんだろう。
そこは聞いても許される部分なのかな。
学校名を聞くわけじゃないから、いいのかな。
「ゆっちって、何を学んでいるの?」
「あたしですか? 服飾デザインです。えと、ほら、あたしみたいなぽっちゃりだと着れる服があまりないんです。店で見て、カワイイなって思っても店で一番大きいのが入らないっていう悲しいことがよくあって……」
「あぁ……わかる。僕の場合、背が低すぎて、入る紳士服が少ないんだ……。下手すると中学生の服のコーナーに案内されちゃってさ」
方向性は違えど、自分に合うサイズがないのは同じ。
メンズの服屋で坊やと呼ばれた悲劇が脳裏をよぎった。
「あ、すみません、なんかクライスさんが泣いてる!? そんなつもりじゃ。ええと、あたし、私服をオーダーメイドする服の店を作りたいんです。自分にピッタリの服をおいている店がないなら、作ればいいと思ったんです」
思い出し泣きしてしまった僕を、ゆっちが必死にフォローする。
「あぁぁ、こ、こっちこそごめん。すごく、いい夢だと思います。ゆっちが店を開いたら、僕、絶対オープン初日に行くから」
オーダーメイド私服、なんてカッコイイ響きだろう。
お世辞抜きに、ゆっちが店を開いたら行きたい。
「へへへ。そう言ってもらえると、勉強頑張ろうって思えます」
ゆっちもいい方向に進めたようで良かった。
「そうだ。クライスさんに聞いてみたいことがあったんです」
「僕で答えられることかな」
「はい、あの、ライブ配信の方法、教えてください。九頭くんもたまにスタリー、聴くみたいなんです。ANの歌好きって言ってたから」
配信者仲間が増えるのは僕としても嬉しいから、協力しよう。
「いきなり機材を揃えて、やっぱり自分に合わなかったってなるとお財布のダメージが大きいと思うから、まずスマホだけでやってみるといいよ」
「はい。えと、なにをどうすれば」
僕は通話の画面に自分のスマホを映して、操作手順を見せる。
アプリを起動して、配信モードのボタンを押す。
マイクとカメラの使用許可。
アバターイラストを読み込ませて、顔や体の動きに合うかテスト。
背景画像設定。
「あ、どうしよ、背景がないです」
「プリセット……アプリ内に基本背景画像が3種類くらい入っているから、それを使うといいよ。単色にしたいなら、色も変更できる」
「はい。やってみます」
ゆっちは説明を聞きながら自分の端末を操作している。
「この、配信タイトルって」
「最初は、テスト配信って入れておくといいよ」
「はい。楽曲申請っていうのは?」
「配信中BGMに使った曲、歌った曲の申請をする。曲を作った人の著作権や使用権っていうのがあるから。「歌ってみた」を禁止している作曲者さんもいるから、配信前に確認しておくといいよ」
ゆっちが眉をよせてうなる。
「全部、申請しないとなんですね。クライスさんはいつもこういう雑務もこなしているんですね。すごいなぁ……」
「慣れれば大したことないよ。歌うごとにパソコンに打ち込んでいるから、申請漏れしないし」
「ううー。配信ってもっと簡単にできると思ってました。セットは簡単だけどその後が……。あたしこういう事務的なのすごく苦手なんです」
僕からみたら、服を作るほうがよっぽど細かくて時間のかかる作業だと思うんだけど、そこは得手不得手の問題かな?
膝を抱えて嘆いているから、少しだけ助け舟を出してみる。
「えと、いきなり一人で配信するのが不安なら、コラボ配信にしてみますか?
いつもソロ曲ばかり歌ってたんですが、ゆっちとコラボすればデュエット曲にも挑戦できそうです」
「え、いいんですか!?」
ゆっちの声がワントーン高くなる。
「や、やってみたい、です! コラボ!」
「え、ほ、本当にいいのゆっち?」
実は僕、コラボ配信って持ちかけたこともオファーされたこともないんだ。
配信時以外、素の僕がポンコツなのが災いしている。
舌噛むし、どもるし、話が下手くそ。
コラボなんてしようものなら、職場のときみたいにまともに話せなくなりそう。
僕と同時期に始めたライバーは事務所に入り、同じ事務所のライバーさんとコラボ歌枠をよくやっている。
羨ましいけど口下手な僕じゃ無理かなと思っていた。
僕もついにコラボ配信するチャンスが巡ってきた。
ボーカロイドのデュエット曲を数曲チョイス。
いきなり配信でデュエットをしても噛み合わなくなる可能性大だから、次の休みに会って、カラオケで練習すると約束をした。
次の週末に練習してコラボ配信。
その楽しみを糧に、僕は月曜も元気な挨拶をできるよう頑張った。
「おはようございます!」
「おはよ、倉井さん」
隣の席にはすでに田中さんがいた。
挨拶をすると、丁寧に包装された菓子折りの箱を差し出してくる。
この手のものに疎い僕ですら知っている、デパ地下にある老舗洋菓子店の缶だ。
職場の皆さんでどうぞ、というものなら給湯器横のテーブルにメモを添えて載せておくのが通例だ。
「これは?」
「倉井さんに。ありがとうな」
「僕、お礼されるようなことしました?」
スタリーの使い方、妹さんに聞くといいんじゃない? くらいしか言った覚えがない。
「妹にスタリーのこと聞いたら、久しぶりに会話してくれたんだ。だから、ありがとうな」
「妹さんと話せたなら、良かったです」
少しでも役に立てたなら、本望だ。
「まだ、メシのとき部屋から出てきてくれるようになっただけだ。外出はまだ怖いって言っているから」
「あぁ、いじめられていたなら、人がたくさんいるとこは怖いですよね」
妹さんの気持ちを考えると、部屋から出るのだってかなり勇気が必要だったと思う。
「そう、それ。信用できる人間が一緒なら、あいつは頑張れるかもしれない」
「田中さん、妹さんと出かけるってことですか?」
「いや、オレじゃだめだ」
妹想いのお兄さんで駄目なら、誰もサポートできないような。
田中さんはまっすぐ僕を見て右手を差し出す。
「倉井さん。いや、クライス。妹の……かなみ ために協力してくれないか」
………………え、あれ?
僕、クライスだって名乗った覚えがないん、だけど……。
「な、な……ん、で、わか……」
「声が倉井さんなんだから、わかる。それに配信設定してるときのマイページがクライスだったし」
ぁぁあぁああぁぁーー!!!!
僕のバカ!
隣の席の人に身バレするって、うっかりしすぎだろーー!!
「その調子だと、金曜にオレが配信聴いてたの気づいていない?」
「え?」
「“たなかかな?”が妹で、“たなか兄”がオレ」
衝撃的すぎて頭が真っ白になった。
なんにも気づかず配信していた僕、にぶすぎる。
一度やっているから、今回はすんなり開始できた。
ついつい配信のときの癖で、クライスモードがONになる。
「ごきげんよう、ゆっち」
「ごきげんよう、クライスさん。どうでした?」
ゆっちが身を乗り出す。
ゆっち自身も話したいことがあってウズウズしているのが、画面から伝わってくる。
「隣の席の同期と、ちょっとだけ話せたんです。同期の妹さんが、スタリーつかってるんだって」
田中さん、あのあとどうなっただろう。妹さんと話せたかな。
聞きたいけれど、田中さんの携帯番号もSNSも知らない。
仕事用の携帯を使うのは気が引けるし……月曜に出社したら聞いてみようかな。
「わあ、すごい偶然ですね。もしかしたらその方の妹さんと、お友達になれるかもしれないですね!」
「そ、そう、かな」
「そうです。共通の話題がいっこでもあれば楽しいです」
自分のことみたいに喜んでくれるから、がんばって良かった。
「ゆっちは、どうでした」
「あ、ええと……。ちょっとだけ、話せました。
「そっか。よかった」
ゆっちは専門学校生って言っていたと思うんだけど、何を学んでいるんだろう。
そこは聞いても許される部分なのかな。
学校名を聞くわけじゃないから、いいのかな。
「ゆっちって、何を学んでいるの?」
「あたしですか? 服飾デザインです。えと、ほら、あたしみたいなぽっちゃりだと着れる服があまりないんです。店で見て、カワイイなって思っても店で一番大きいのが入らないっていう悲しいことがよくあって……」
「あぁ……わかる。僕の場合、背が低すぎて、入る紳士服が少ないんだ……。下手すると中学生の服のコーナーに案内されちゃってさ」
方向性は違えど、自分に合うサイズがないのは同じ。
メンズの服屋で坊やと呼ばれた悲劇が脳裏をよぎった。
「あ、すみません、なんかクライスさんが泣いてる!? そんなつもりじゃ。ええと、あたし、私服をオーダーメイドする服の店を作りたいんです。自分にピッタリの服をおいている店がないなら、作ればいいと思ったんです」
思い出し泣きしてしまった僕を、ゆっちが必死にフォローする。
「あぁぁ、こ、こっちこそごめん。すごく、いい夢だと思います。ゆっちが店を開いたら、僕、絶対オープン初日に行くから」
オーダーメイド私服、なんてカッコイイ響きだろう。
お世辞抜きに、ゆっちが店を開いたら行きたい。
「へへへ。そう言ってもらえると、勉強頑張ろうって思えます」
ゆっちもいい方向に進めたようで良かった。
「そうだ。クライスさんに聞いてみたいことがあったんです」
「僕で答えられることかな」
「はい、あの、ライブ配信の方法、教えてください。九頭くんもたまにスタリー、聴くみたいなんです。ANの歌好きって言ってたから」
配信者仲間が増えるのは僕としても嬉しいから、協力しよう。
「いきなり機材を揃えて、やっぱり自分に合わなかったってなるとお財布のダメージが大きいと思うから、まずスマホだけでやってみるといいよ」
「はい。えと、なにをどうすれば」
僕は通話の画面に自分のスマホを映して、操作手順を見せる。
アプリを起動して、配信モードのボタンを押す。
マイクとカメラの使用許可。
アバターイラストを読み込ませて、顔や体の動きに合うかテスト。
背景画像設定。
「あ、どうしよ、背景がないです」
「プリセット……アプリ内に基本背景画像が3種類くらい入っているから、それを使うといいよ。単色にしたいなら、色も変更できる」
「はい。やってみます」
ゆっちは説明を聞きながら自分の端末を操作している。
「この、配信タイトルって」
「最初は、テスト配信って入れておくといいよ」
「はい。楽曲申請っていうのは?」
「配信中BGMに使った曲、歌った曲の申請をする。曲を作った人の著作権や使用権っていうのがあるから。「歌ってみた」を禁止している作曲者さんもいるから、配信前に確認しておくといいよ」
ゆっちが眉をよせてうなる。
「全部、申請しないとなんですね。クライスさんはいつもこういう雑務もこなしているんですね。すごいなぁ……」
「慣れれば大したことないよ。歌うごとにパソコンに打ち込んでいるから、申請漏れしないし」
「ううー。配信ってもっと簡単にできると思ってました。セットは簡単だけどその後が……。あたしこういう事務的なのすごく苦手なんです」
僕からみたら、服を作るほうがよっぽど細かくて時間のかかる作業だと思うんだけど、そこは得手不得手の問題かな?
膝を抱えて嘆いているから、少しだけ助け舟を出してみる。
「えと、いきなり一人で配信するのが不安なら、コラボ配信にしてみますか?
いつもソロ曲ばかり歌ってたんですが、ゆっちとコラボすればデュエット曲にも挑戦できそうです」
「え、いいんですか!?」
ゆっちの声がワントーン高くなる。
「や、やってみたい、です! コラボ!」
「え、ほ、本当にいいのゆっち?」
実は僕、コラボ配信って持ちかけたこともオファーされたこともないんだ。
配信時以外、素の僕がポンコツなのが災いしている。
舌噛むし、どもるし、話が下手くそ。
コラボなんてしようものなら、職場のときみたいにまともに話せなくなりそう。
僕と同時期に始めたライバーは事務所に入り、同じ事務所のライバーさんとコラボ歌枠をよくやっている。
羨ましいけど口下手な僕じゃ無理かなと思っていた。
僕もついにコラボ配信するチャンスが巡ってきた。
ボーカロイドのデュエット曲を数曲チョイス。
いきなり配信でデュエットをしても噛み合わなくなる可能性大だから、次の休みに会って、カラオケで練習すると約束をした。
次の週末に練習してコラボ配信。
その楽しみを糧に、僕は月曜も元気な挨拶をできるよう頑張った。
「おはようございます!」
「おはよ、倉井さん」
隣の席にはすでに田中さんがいた。
挨拶をすると、丁寧に包装された菓子折りの箱を差し出してくる。
この手のものに疎い僕ですら知っている、デパ地下にある老舗洋菓子店の缶だ。
職場の皆さんでどうぞ、というものなら給湯器横のテーブルにメモを添えて載せておくのが通例だ。
「これは?」
「倉井さんに。ありがとうな」
「僕、お礼されるようなことしました?」
スタリーの使い方、妹さんに聞くといいんじゃない? くらいしか言った覚えがない。
「妹にスタリーのこと聞いたら、久しぶりに会話してくれたんだ。だから、ありがとうな」
「妹さんと話せたなら、良かったです」
少しでも役に立てたなら、本望だ。
「まだ、メシのとき部屋から出てきてくれるようになっただけだ。外出はまだ怖いって言っているから」
「あぁ、いじめられていたなら、人がたくさんいるとこは怖いですよね」
妹さんの気持ちを考えると、部屋から出るのだってかなり勇気が必要だったと思う。
「そう、それ。信用できる人間が一緒なら、あいつは頑張れるかもしれない」
「田中さん、妹さんと出かけるってことですか?」
「いや、オレじゃだめだ」
妹想いのお兄さんで駄目なら、誰もサポートできないような。
田中さんはまっすぐ僕を見て右手を差し出す。
「倉井さん。いや、クライス。妹の……
………………え、あれ?
僕、クライスだって名乗った覚えがないん、だけど……。
「な、な……ん、で、わか……」
「声が倉井さんなんだから、わかる。それに配信設定してるときのマイページがクライスだったし」
ぁぁあぁああぁぁーー!!!!
僕のバカ!
隣の席の人に身バレするって、うっかりしすぎだろーー!!
「その調子だと、金曜にオレが配信聴いてたの気づいていない?」
「え?」
「“たなかかな?”が妹で、“たなか兄”がオレ」
衝撃的すぎて頭が真っ白になった。
なんにも気づかず配信していた僕、にぶすぎる。