中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 今日はゆっちと約束していたテレビ通話当日。
 仕事中も、約束の時間が近づいているのが楽しみで普段よりキーボードのタイピング速度が上がる。

 定時で仕事を終わらせて、寄り道せずまっすぐマンションに帰った。

 パソコンを開いてリモート会議ソフトを立ち上げる。
 オフ会の時に聞いた話だと、ゆっちは高校生のとき従姉からノートパソコンを安く譲ってもらって、動画を見るのはノートパソコンなんだとか。

 SNSのほうで説明を送りながら、僕が開いた会議ルームに招待する。

『ええと、もしもーし! つながってます? 成功したかな?』

 画面にゆっちのメイドアバターが表示される。横には小さい画面でクライスが映っている。これはゆっち側のパソコンなら逆に、クライスが大きく、ゆっちが確認用の小さい画面に映っているはずだ。

「はい、ちゃんと繋がっていますよ。ゆっち」
『わー、すごい! ちゃんとできた! ありがとうクライスさん』

 ゆっちが笑顔で拍手している。仕草までかわいいかよ。
 しばらくお辞儀したりピースしたり、アバターを動かしてキャーキャー言いながら、こっちに向き直る。

『あれー。なんだろう、あたしの声、クライスさんの声に比べてかすれぎみっていうか、小さくないですか?』
「マイクを使ってないから、じゃないかな」
『マイク?』

 僕は歌配信の時に使うコンデンサーマイクというのを使っている。
 リモート会議に使うくらいなら1000円程度のものでいいかもしれないけれど、歌配信となると違ってくる。
 歌声の機微を拾えるような質のいいマイクを使うのは必須だ。

「僕はライブ配信用に買った、コンデンサーマイクを使っています」
「ええと、初歩的な質問ですみません、クライスさん。コンデンサーって、マイクのメーカーですか?」
「あ、すみません。いきなり言われてもわからないですよね。
 コンデンサーはマイクの種類です。どの範囲の音を拾うか、マイクによって違うんです。あとこれは歌手のANあんさんが、メジャーデビューするまで使っていたマイクだそうです」
「あ、AN!? すごーい! 歌手と同じマイクってなんかワクワクしますね」

 ANはここ2年で爆発的人気を博しているソロシンガーだ。
 凡庸なたとえだけど、彗星のごとく現れた新星。
 動画サイトに個人で歌をアップして、それが有名なライターの目にとまってメジャーデビューを果たした。

 年齢性別不明のANは、力強い歌声で日々人々を惹きつけている。

 僕もANの歌声に惹かれた一人。
 アバターをまとって配信しようと決めたとき、機材について調べていてライバースターターセットの記事に行き当たった。

 そしてよく聞きに行っているライバーさんもSNSでお勧めしていたので、その日のうちにネットショップのカートに入れた。

 ゆっちもANの歌をよく聞く、と配信で言っていたことを思い出す。
 カラオケで歌ったりするのかな。配信者とリスナーだから、いつも僕が聞かれる立場で、あまりリスナーさん個人個人に踏み込んだ質問はしなかった。

 カラオケで歌うかどうかくらいは、聞いても失礼にならないかな。

「えと、ゆっちはカラオケでANさんの歌、うたいます?」
『あ、はい。友達と月一でカラオケに行って、必ず歌うのがANの新世代です。クライスさんもカラオケで歌うんですか?』

 友達と月一カラオケってなにそれうらやましい。
 僕の友達にはカラオケ好きな人がいないから、常に一人カラオケっていうぼっちチャレンジャーだ。

 友達とカラオケいくことがまずないんだよねって、言うと場の空気を悪くしそうだ。無駄に気を遣わせちゃいそう。

「カラオケは、配信練習で同じ曲ばかり歌うから、友達とはこないな。付き合わせるの、悪い気がして」

 虚勢を張る必要のない相手にまで虚勢張っちゃうクソダサい僕を許してください。
 付き合わせるもなにも、誰も10曲連投で入れるような練習に付き合ってくれないよ。

『そっかあ、クライスさん、配信でいい歌を届けるためにカラオケでも練習しているんだ。すごい』
「……あははは」

 素直に信じてそんなことを言ってくれる。良心が微妙に痛むよ。

『こうして話していて思うんですけど、クライスさんの説明はすごくわかりやすいですね。この前オフ会の時にも、アバターの作り方を教えてくれたでしょう。すんなり入ってきたんです。今日もマイクのこととか、ソフトの立ち上げ方をメッセージしてくれて』
「そう、かな。伝わりやすかったなら、なによりです」

 なんだか照れる。
 会社ではできて当たり前、これくらいして当然。
 手放しで褒めてくれるのは、配信を聴きに来てくれる人たちと、ゆっちくらいじゃないかと思う。

『ほら、なぜか話を聞いていても眠くなるだけの授業ってあるでしょう。歴史の先生なんて、ネンブツってあだ名がついて』
「アハハハハ。どこの学校にもいるんですね」

 ネンブツってあだ名がつくからには、よっぽど抑揚のない、単調な話し方をする先生なんだろうなあ。
 そういえば僕の卒業した高校も、そんな感じの先生がいた。

 あだ名はデアル教授。「であるからしてー」が口癖で、一回の授業中に10回以上言うからみんなにカウントされていた。知らぬは本人ばかりなり。

『ネンブツ先生とクライスさん、説明してくれているのは同じなのに、どこが違うんでしょうね。なにか秘訣があるんですか?』
「うーん……たぶん、ゆっちはその先生でなくても、歴史の授業が好きじゃないのではありませんか? 興味があることと無いことでは、記憶しやすさが違いますし」

 そう。
 自己評価が低いと言われそうだけど、僕の説明が特別わかりやすいのではなく、ゆっちが配信に興味があるから覚える脳が活発に動くだけじゃないかと思う。

『自信を持ってくださいよ。あんまり自分を卑下しちゃだめです』
「ああ、そうですよね。すみません。気をつけます」

 一人でも良いと思ってくれる人がいるなら、俺なんかって後ろ向きなことばかり言っていたら失礼だよな。

「えと、ゆっちのほうはどうですか。好きな人と、あまり話したことがないって言っていましたが」
『あ、そ、それは、その……。まだなにも話せていないです』

 とたんにしどろもどろになるゆっち。僕とは普通に話せても、好きな人の前だとこんな感じになってしまうのかもしれない。

「挨拶でもなんでも、彼と会話する機会があれば、ほら、いま僕と話しているみたいに雑談できるようになるかもしれないでしょう。って言っても、僕も会社の人とまともに話せないんですけど」

 会社でも最低限、ささやかな雑談をできるようになりたい、というのは僕の願望である。
 始業と終業の挨拶以外の会話が無いのは、我ながら悲しい。
 無理に話せるようにならなくていいって、人は言うかもしれない。
 でも会社の人って毎日顔を合わせるんだよ。
 どもって挙動不審な僕。挨拶してもらえるだけでも御の字かもしれない。

『そ、そう、ですね。あたし、まずは挨拶からがんばります。ちょっとした会話を楽しめるようになれたら、嬉しいです』
「うん。僕も頑張るから、ゆっちも頑張って」


 基本のキ。まずお互い、挨拶からお近づきになろう作戦でいくことになった。




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