中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
11月になり、僕はかなみさんと植物園に来ていた。
月一で通っているから、受付の人にも顔を覚えられていて、「また来てくださったんですね」なんて言われる。
いまはコスモスとサルビアが見頃で、赤やピンク、白で彩られた園内には薔薇とはまた違ういい香りがただよっている。
赤とんぼが数匹風に乗って飛んでいき、かなみさんが楽しそうに目で追う。
「今日はわりとすいていてよかったね、かなみさん。最近涼しくなってきたからかな」
「あ、はい。そ、そうかもしれないですね」
何度も会ううちに最初の頃よりは緊張しなくなってきたかなと思っていたのに、今日のかなみさんは出会った日のようにガッチガチになっている。反応がぎこちないのは寒さのせいじゃないような。
しきりにお弁当の入ったショルダーバッグを気にしている。
もしかして、田中さんが学生時代にやられたという、お母さん特製ハートちゃん弁当? いや、でも今日は自分で作ったって言っていたし。
何日も前から、好きなおかずや食べられないものはないか念押しで聞かれていた。
どれだけ気合いを入れて作ってくれたんだろう。
玄関に出てきた田中さんが、「こいつ、朝4時起きして料理してたからうるさかった」なんて言って蹴られていた。
花を見ていても気がそぞろなようで、いつもより早めにランチタイムにした。
行楽シーズンだから、まばらに親子連れの姿がある。
定番となった園内のテーブル席について、お弁当をいただく。
弁当箱のフタを開けると、ご飯の上にさくらでんぶでハートマークが作られている。
そして海苔で文字が書かれていた。
すきです
さすがに、ここまでしてもらってかなみさんの気持ちを理解できないほど鈍くはない。
かなみさんは顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。
「あの、えと、その……おべんとうに、書いたとおりで……好きです。倉井さんのとなりにいて、はずかしくないよう、ちゃんと勉強もがんばって、定時制の高校に行こうと思うんです。だから、受験で合格できたら、つきあってほしいです」
せいいっぱいの言葉に、胸が熱くなる。
アバターのクライスだけでなくて、ただの僕もこうしてまるごと好きだと言ってもらえる。
だから僕も心にうかぶ限りの言葉を返す。
「ありがとう。かなみさん。僕も、今のままのかなみさんが好きだよ。合格できたら、なんて言わず、今日から付き合ってほしいな」
「ほ、本当に、いいの? 夢じゃ、ないです?」
「夢じゃないよ」
ドラマみたいに抱きしめるだのキスするだの、僕にはハードルが高すぎてできないけど、でも伝わるといいな。
「へへへ、そっか。嬉しい」
笑うかなみさんがすごく可愛い。いいなと思っていた子と両思いになれるなんて、僕は幸せ者だ。
「おおおお、おめでとうかなみ! 今夜は寿司だ!」
「うわっ!!」
僕らの背後にあった薔薇の茂みから、田中さんが顔を出した。
「は、はあ!? ちょっと兄貴、いつからそこにいたの!? 影で見てたなんて信じらんない!」
「だってかなみがちゃんと言えるか心配だったから」
「余計なお世話よ!!!!」
ここに来る前お店で買った黒猫クッションが飛んだ。
恋人ができても相変わらずから回るなあ田中さん。
会社では毎日のようにのろけ話を聞かされているから、いい加減ハリセンかなにかで叩きたい。
「これで倉井さんがかなみと結婚すれば倉井さんは俺の弟。お兄ちゃんって呼んでいいんだよ?」
「倉井さんが兄貴なんかをお兄ちゃんって呼ぶわけないじゃない」
「ひでえ!」
「こんなのバカで十分ですよ倉井さん」
クッションを拾って、かなみさんは田中さんを指さす。
こんなときでも兄妹げんかする二人を見ていると、初田先生が言った言葉は本当だなあと思う。
止めたところでまたすぐけんかをするから止めるだけ無駄。まさにである。
家と会社を往復するだけだった僕の日々は、大きく変わった。
勇気を出して一歩踏み出してよかった。
「かなみさん、かなみさん。お付き合いすることになるなら、名前で呼んでもらいたいな。ほら、結婚を前提にお付き合いとなると、いつかはかなみさんも倉井さんになるわけじゃない」
「あ、ああ、そ、そうです、よね。彼女、が他人行儀じゃ、おかしいもの、ね。えと、それでは…………」
かなみさんは大きく深呼吸して、僕を見上げる。
「す、進、さん」
「はい、かなみさん」
僕も笑って答える。
クライスじゃないときだって、僕はもうちゃんと笑って、自信を持って話せる。
雲間からまぶしい光が差しこんで、僕らを祝福してくれているような気がした。
END
月一で通っているから、受付の人にも顔を覚えられていて、「また来てくださったんですね」なんて言われる。
いまはコスモスとサルビアが見頃で、赤やピンク、白で彩られた園内には薔薇とはまた違ういい香りがただよっている。
赤とんぼが数匹風に乗って飛んでいき、かなみさんが楽しそうに目で追う。
「今日はわりとすいていてよかったね、かなみさん。最近涼しくなってきたからかな」
「あ、はい。そ、そうかもしれないですね」
何度も会ううちに最初の頃よりは緊張しなくなってきたかなと思っていたのに、今日のかなみさんは出会った日のようにガッチガチになっている。反応がぎこちないのは寒さのせいじゃないような。
しきりにお弁当の入ったショルダーバッグを気にしている。
もしかして、田中さんが学生時代にやられたという、お母さん特製ハートちゃん弁当? いや、でも今日は自分で作ったって言っていたし。
何日も前から、好きなおかずや食べられないものはないか念押しで聞かれていた。
どれだけ気合いを入れて作ってくれたんだろう。
玄関に出てきた田中さんが、「こいつ、朝4時起きして料理してたからうるさかった」なんて言って蹴られていた。
花を見ていても気がそぞろなようで、いつもより早めにランチタイムにした。
行楽シーズンだから、まばらに親子連れの姿がある。
定番となった園内のテーブル席について、お弁当をいただく。
弁当箱のフタを開けると、ご飯の上にさくらでんぶでハートマークが作られている。
そして海苔で文字が書かれていた。
すきです
さすがに、ここまでしてもらってかなみさんの気持ちを理解できないほど鈍くはない。
かなみさんは顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。
「あの、えと、その……おべんとうに、書いたとおりで……好きです。倉井さんのとなりにいて、はずかしくないよう、ちゃんと勉強もがんばって、定時制の高校に行こうと思うんです。だから、受験で合格できたら、つきあってほしいです」
せいいっぱいの言葉に、胸が熱くなる。
アバターのクライスだけでなくて、ただの僕もこうしてまるごと好きだと言ってもらえる。
だから僕も心にうかぶ限りの言葉を返す。
「ありがとう。かなみさん。僕も、今のままのかなみさんが好きだよ。合格できたら、なんて言わず、今日から付き合ってほしいな」
「ほ、本当に、いいの? 夢じゃ、ないです?」
「夢じゃないよ」
ドラマみたいに抱きしめるだのキスするだの、僕にはハードルが高すぎてできないけど、でも伝わるといいな。
「へへへ、そっか。嬉しい」
笑うかなみさんがすごく可愛い。いいなと思っていた子と両思いになれるなんて、僕は幸せ者だ。
「おおおお、おめでとうかなみ! 今夜は寿司だ!」
「うわっ!!」
僕らの背後にあった薔薇の茂みから、田中さんが顔を出した。
「は、はあ!? ちょっと兄貴、いつからそこにいたの!? 影で見てたなんて信じらんない!」
「だってかなみがちゃんと言えるか心配だったから」
「余計なお世話よ!!!!」
ここに来る前お店で買った黒猫クッションが飛んだ。
恋人ができても相変わらずから回るなあ田中さん。
会社では毎日のようにのろけ話を聞かされているから、いい加減ハリセンかなにかで叩きたい。
「これで倉井さんがかなみと結婚すれば倉井さんは俺の弟。お兄ちゃんって呼んでいいんだよ?」
「倉井さんが兄貴なんかをお兄ちゃんって呼ぶわけないじゃない」
「ひでえ!」
「こんなのバカで十分ですよ倉井さん」
クッションを拾って、かなみさんは田中さんを指さす。
こんなときでも兄妹げんかする二人を見ていると、初田先生が言った言葉は本当だなあと思う。
止めたところでまたすぐけんかをするから止めるだけ無駄。まさにである。
家と会社を往復するだけだった僕の日々は、大きく変わった。
勇気を出して一歩踏み出してよかった。
「かなみさん、かなみさん。お付き合いすることになるなら、名前で呼んでもらいたいな。ほら、結婚を前提にお付き合いとなると、いつかはかなみさんも倉井さんになるわけじゃない」
「あ、ああ、そ、そうです、よね。彼女、が他人行儀じゃ、おかしいもの、ね。えと、それでは…………」
かなみさんは大きく深呼吸して、僕を見上げる。
「す、進、さん」
「はい、かなみさん」
僕も笑って答える。
クライスじゃないときだって、僕はもうちゃんと笑って、自信を持って話せる。
雲間からまぶしい光が差しこんで、僕らを祝福してくれているような気がした。
END
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