中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 10月の下旬。
 田中さんたっての希望で、オフ会が開催される運びとなった。
 古参リスナーに声をかけてみたところ、えびのしっぽとイヌ派、タケ、ムーマも来るという。

 どうせなら他の人も呼んでみよう、と提案したのはなんとかなみさん。

 あまり人と会うのが得意でないように思ったんだけど、僕やゆっちと会って話して、勇気が出たんだって。
 トラウマのせいで、きっと怖がらなくていいことにまで怯えてしまっていたから。

 僕は四人だけでもかまわなかったけれど、かなみさんが一歩踏み出そうと思うなら協力したい。

 待ち合わせ場所は、初めて上野にくるメンバーのことも考えて、上野公園にある緑のパンダ像前。
 上野駅と御徒町駅の中間地点にあるから、どちらの駅からも行きやすい。
 このあたりではわりとわかりやすい目印だ。

 10時の約束で、田中さん、かなみさんと一緒に来た。

 なんと田中さん、スーツ姿なんだ。仕事の時に着るやつでなく、結婚式に参列するような格式高ーいやつで。
 しかも赤薔薇の花束を持っている。

 いくらいろんな国や服装の人が集う上野駅前でも、さすがに目立つ。
 道行く人がちらちらと田中さんを見ながら通り過ぎていく。
 かなみさんは「あれと知り合いだと思われたくない」と言って、離れた場所で他人のふりを決め込んでいる。

 気持ちはわかる。
 僕もできるなら今だけ、赤の他人になりたい。

「あの、クライスさんですか」

 レスラー顔負けのガチムチなおじさんが現れた。頭の上にちょこんと赤いキャップが乗っている。
 僕は目印として青いマフラーをしている、と事前にメッセージで伝えてあるから、マフラーを見て声をかけてくれたみたいだ。
 赤いキャップが目印だと言ったのは、タケだ。

「あなたがタケですか。はい。僕はクライスです。いつも配信にきてくれてありがとう」
「はっはっは、こちらこそ。いつも楽しく聞いてます。あ、これぼくの地元の銘菓です。よかったらどうぞ」
「わあ、ありがとうございます」

 タケは明るくて頼りになるおじさん、というイメージ通りの人だった。とっつきやすい体育の先生みたいな感じ?
 タケから遅れること3分。明るい茶髪をカールにした女性が駆け寄ってきた。パンツもセーターも上から下までカラフルだ。
 ポンポンがついたヘアゴム、さげている鞄には食べ物のぬいぐるみがたくさんついている。
 
「あ、クライスだよね、だよね! えびのしっぽだよ!」
「はい、クライスです。えびのしっぽはリアルでもえびのしっぽだったんだね。食べ物のぬいが好きって言ってたもんね」
「そうなんだよ。これは昨日ゲーセンでゲットしたばかりのエビのお寿司で。クライスの生声!!」

 えびのしっぽは、寿司の形をしたでっかいキーホルダーを見せてくれる。テンションが配信の時と一緒で、感動すら覚える。

「あああ、どうしよう推しが尊い。挨拶していいの? いやでもでも」

 金髪の、ハーフっぽい少年がパンダ像の後ろからこっちをみている。あの子がムーマかな。

「そのマフラー、クライスさんですか、いつもお世話になっていますよ」
「イヌ派さん。こちらこそいつもお世話になっています」

 イヌ派はなんと、うちの母親より年上のマダムだった。
 きれいな紫に染まった髪、白いロングコートを着ていて、物腰柔らか。
 配信の時とギャップがすさまじい。

「本当はポポちゃんも紹介したかったんだけどね、今日はカラオケに行くっていう話だったでしょう。だからポポちゃんは夫とお留守番をしているんです」
「あはは。じゃあポポちゃんに会うのはまた別の機会に」

 イヌ派は柴犬のポポちゃんを溺愛している。アイコンをポポちゃんにしているんだ。月ごとに違う衣装をきたポポちゃんの写真に変わるから、僕は一度も会ったことがないのにポポちゃんのことに詳しくなりつつある。

 かなみさんも配信内とはいえ知っている面々だから、あんまり緊張せずにいられるみたいだ。

「あの、私、たなかかな? です。よろしくお願いします」
「たなかかな! わー。ちっちゃくてかわいい! エビのお寿司いる? それともワサビぬいがいいかな」
「え、ええと、エビで?」
「そっかそっか。じゃあ君にはどっちもあげよう」

 エビ寿司ぬいとワサビキーホルダー、両方進呈されている。勢いに押されてタジタジだ。

「ところであそこで薔薇持っているのって、もしかしてたなか兄?」 

 タケが親指で田中さんを指す。

「たなか兄はゆっちに告白したいそうです」
「あらまあ、いつの間にそんなことに。若いっていいわねえ。ゆっちはまだ来ていないの?」

 イヌ派が頬に手を当てておっとり笑う。
 かなみさんはネクタイを直す兄を白い目で見ている。

「あれ見たらドン引きしてみんなと合流する前に帰るんじゃないかな……。わざわざ今朝早くフォトスタジオでレンタルしてきたんだよ……馬鹿なんじゃない。隣を歩きたくなかったもの」

 田中さんはゆっちが来るかどうかに意識を集中しすぎて、こっちの会話が一切耳に入っていないようだ。
 横断歩道の向こう側に、ゆっちの姿が見えた。僕たちが集まっているのがゆっちからも見えたようで、手を振っている。
 青信号を駆け足で渡ってきて、笑顔になる。

「お待たせしてすみません! もうみんな来てたんですね。あたしはゆっちです」

 みんなが笑顔でゆっちを出迎える中、田中さんも大きく深呼吸して薔薇の花束をずずいっと前に出した。

「ゆっち! 君に惚れた! 俺と結婚してくれ!」

 ここは駅前。人がたくさんいる場所だってことを頭の中から消し飛ばしているのだろうか。
 ゆっちは数秒停止して、それから耳まで真っ赤になった。

「え、ええええええ!? いきなり、け、けっこん、ですか!? おつきあいでなく?」
「あ、間違えた。結婚を前提に付き合ってくれ!」

 言い直しているけれど、内容はあまり変わらない。

「あの、でも、あたしクラスの男子にはデブってからかわれて……。こんなぽっちゃりでもいいんですか」

「俺は何でも美味しそうに食べてくれる子が好みだから! そのまんまのゆっちがかわいいよ。なんならデートはケーキバイキングでも可! ダイエット不要!」

 
 ゆっち、ダイエット食品のCMみたいなトークに笑っちゃってる。
 僕ら以外の通行人も、唐突な公開プロポーズの行方に着目している。
 ゆっちは薔薇の花束を受け取って、右手を差し出す。

「は、はい。よろしく、おねがいします」
「本当に!? いやったぁあぁあああああああああ!!!!!!」

 まわりの拍手をかき消す勢いで、田中さんが両腕をあげて雄叫びを上げた。
31/32ページ