中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 オフ会当日。
 僕は待ち合わせ場所である緑のパンダ前に、予定の30分前についていた。
 予定の10時まで道行く人を眺めながらじっと待つ。
 上野駅前には美術館や公園なんかがたくさんあるから、この時間でもすでに人であふれている。

 来る途中の電車の中で、なんて挨拶しようかずっと考えていた。
 はじめましてクライスです?
 話し方もクライスっぽく言った方がいいのかな。
 あれはネットだからいいけど、実際やったら浮かない?

 お互いわかりやすいよう服装を事前にメッセージで伝えている。

 僕はウニで買った水色のポロシャツに、ワイドパンツ、白いキャップをかぶっている。

 ゆっちはノースリーブのブラウスにフリルスカート、ベレー帽をかぶっているらしい。

 スカートなら女の子だろう……なんて安心はできない。
 男のかもしれないじゃないか。もしくは女装趣味のガチムチオッサン。
 最近SNSにその手の漫画の広告が流れてきてたからな。
 かわいいアカウントの中身はだいたい男。

 道行く人をじっと観察する僕は、たぶんものすごい不審者。

「あの、クライスさんですか」

 話しかけられて振り返ると、そこには20歳前後に見える女の子がいた。
 事前に聞いていた服装に、明るい茶に染められたツインテール。
 僕よりちょっと背が高くて、ぽっちゃりさんだ。なだらかな眉、えくぼがかわいらしい。

 男の娘でもなくオッサンでもないことに心底安心してしまったのを許して。

 準備していた言葉、ええと、ええと。

「ぼきゅ、……ぼ、僕がクライス、です。あなたがゆっちですか」

 噛んだ――――――!!
 穴があったら入りたい。
 緊張しすぎて美味く声が出なかったとかダサすぎて泣きそう。

「初めて会うんだもの、緊張しますよね」

 僕は喋る代わりに、赤べこばりに高速でうなずく。
 数回深呼吸して、仕切り直した。

「初めまして、ゆっち。僕がクライスです」
「ゆっちです。忙しいのに、アタシのわがままにつきあってくれてありがとうございます」

 ゆっちは挨拶して、深々おじぎをする。
 ああ、ネット上だけでなく実際に誠実でいい子なんだな。この短い会話でわかる。
 配信でゆっちと会話するときの感じを意識しながら、声を絞り出す。

「ま、まず喫茶店かな」
「はい。アタシ、お金はちゃんと自分で払うので安心してください!」
「あ、はい」

 反射的に返事してしまってから後悔する。
 もしかしてこれ、「僕がおごるよ」って言うべきだった?
 でも自分で払うって言ってるのを遮るのは、ゆっちに失礼では。

 喫茶店ってどういうところに入ればいいんだろ。
 たぶんゆっちは学生か新社会人だし、そんなに高くないところがいいよな。
 いくら安くても、コンビニのカフェスペースはナシか?

 こんな些細なことでもぐるぐる悩みながら、駅チカ喫茶店でググって、近くの店に入った。

 テーブル席に案内されて、ゆっちと向かい合う形で腰を落ち着ける。

 内装がオシャレすぎる!!
 革張りソファに小粋なランプ。テーブルセットは見るからに高そうな木製。

 牛丼屋のカウンターに慣れた僕には場違いとしか思えない。

 デカフェってなんだ?
 ビッグサイズのカフェオレ? ジョッキで出てくるのかな。
 コーラ一杯で700円ってなに。スーパーで売ってるコーラと何が違うんだ。

 メニュー表を開いて硬直してしまった。ゆっちはあまり悩まず決めて、僕に聞いてくる。

「アタシ、紅茶のホットにします。クライスさんは決めました?」
「あ、えと……同じ物で」

 無難な選択肢、相手と同じ物を頼む。飲み物の名前がそもそもわからない、不慣れすぎる自分を殴りたい。
 紅茶が運ばれてきて、本題に入る。

「相談があるんだよね?」
「はい。毎日配信を聞いてて、クライスさんなら茶化したりせず真剣に聞いてくれるって思ったんです」

 僕をそんなに買ってくれているなら、力になりたい。
 ゆっちは大きく息を吸い、乗り出し気味に言った。

「専門学校の同級生に告白したいんです。あまり、話したことはないんですけど。告白しようにもアタシ、女子校出身で男友達がいないしイトコも女の子しかいなくて、同年代の男性がどんな女性を好むのかわからないんです。だからクライスさんから男性目線のアドバイスがほしくて」

 だから僕に付き合っている人がいないか確認したんだ。
 彼女やお嫁さん持ちの人にこんなこと頼んだら、勘違いされて修羅場になりかねないもんな。

 女の子が思う男の理想とする女性像と、男が実際に抱く理想像ってぜったい合致しない。
 ゆっちは必死に考えて、僕に相談しようと思い立った。

 SNSじゃ本来の姿がわからなくてアドバイスしようもないから、こうしてオフ会という形になったんだ。

 ゆっちが真剣に悩んでいるから、僕もしっかり考えて答える。

「えっと、人によって多少価値観が違うけど、ゆっちは言葉遣いが丁寧だし礼儀正しいし、僕から見て印象がいいと思う」
「じゃ、じゃあ、服装や、見た目は。ちょっと太ってるから……ダイエットはしてるんです。告白するまでに痩せるつもり」

 自分でも気にしているようで、ゆっちは自分のおなかの肉を見下ろす。

 容姿の好みって、それこそ人それぞれだからなあ。
 モデル級の均整取れた体型が好みの人もいれば、アスリートみたいなガッシリした女性を好む人もいる。

「好きになれば容姿なんて関係ないんじゃないかなって、僕個人は思うんだけど…………そこは僕、あんまり役に立つことを言えない。ほら、僕はこのとおり、小さいから……」

 初対面の子、それもクライスのフォロワー相手に自虐するのは申し訳ない。
 申し訳ないと思うけれど、僕の経験上、見た目でゴメンナサイする人は少なからずいる。

「高校のとき、クラスメートに告白したら「せめてあと15㎝背が高くなってから言って」って……」

 つまり、チビは論外。
 あのときの告白は、今でも黒歴史である。

 中学生に間違われるし、背が低くてよかったことは無い。
 恋愛結婚なんて一生縁が無いかもしれない。

「そんなことないです。クライスさんはライバーしてるときと同じで、優しくて素敵です。オフ会を断ることだってできたのに、こうして時間を作って来てくれたんだもの」

 ゆっちはものすごく真剣な目をしている。同情でもフォロワー目線の贔屓でもなく。

 ゆっちは良い子だな。この子の恋が成就するよう、心から応援したい気持ちがわいてくる。

「ゆっち。僕、できる限り応援する」
「ありがとうクライスさん。アタシも、なにかクライスさんのためにできることあったら協力するから」

 とても頼もしい言葉をもらい、こんな風にまっすぐになれたらいいなと思う。
 だから僕は、素直に打ち明けた。

「あの、さ、今日、会ってわかったでしょう。僕、人前だとこんなで。だからクライスになって、練習してるんだ。その、リアルで緊張せず喋るコツを、おしえてもらえると……」
「なら、テレビ電話みたいのから試しません? 画面越しで慣れてきたら、直接でも緊張しにくくなるんじゃないかな」

 渡りに船とはこのことか。
 僕はゆっちの恋愛成就のために手助けをして、ゆっちも僕の口下手克服のためにできることをしてくれる。

 こうして僕らはお互いの目的のために、協力し合うことになった。




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