中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
ファッションショー当日。
田中さん、かなみさんとクリニックに行って初田先生と合流してから学校に向かうことになっている。
初田先生は僕の元同級生、根津美 さんと婚約したそうで、10月末に入籍予定なんだとか。
にいさん、と呼んでいるから兄妹なのかなと思っていたら、実際ははとこ だという。
根津美さんに見送られ、四人で東京行きの電車に乗り込んだ。
「兄貴、なんでついてくるかなあ……」
「ひでえな。お兄ちゃんが妹の心配をするのは普通だろう。それに、良 ちゃんが元気でやってるか見て来いっておばさんに言われてんだよ」
「私が見てくればそれでいいじゃん」
「まあまあ二人とも」
二人をいさめる僕の横で、初田先生はシートにすっぽり収まって医学書を開き、我関せず。
「先生とめなくていいんですか」
「口げんかなんてものはね。いつでもどこでも、どんな家庭でも発生するものです。殴り合いにならない限りは放っておいても問題ありません」
「えええ……。それお医者さんが言っちゃいますか」
「うちの両親も、離婚するまで毎日何時間もケンカをしていたものです。つまり、今ここで倉井さんが止めても二人は帰ればケンカします。つまり無駄なことです。わたしは無駄なことに時間を割きません」
僕は一人っ子だから兄妹げんかなんか起こりようもなかった。両親もわりと仲がよかった。だから、誰かがにらみ合うようなこういう空気に耐えられない。
すっぱりと止めるだけ無駄だと言い切られた田中兄妹は、それぞれ気まずそうに視線をそらした。
学校に着いて、僕は教員室に向かう。
綿貫先生からタイムスケジュールと原稿を渡され、出演する生徒一覧に目を通すとあの三人の名前がなかった。
人数が減ったな、と思ったのが顔に出てしまったようで、綿貫先生が申し訳なさそうに頭を下げる。
「その節は教えていただいてありがとうございます。あのあと彼らが提出した作品は確かに既製品のつなぎ合わせた服で、一からデザインと縫製のし直しを命じました。間に合わなければ留年だと」
ここに名前がないと言うことは、作り直しに間に合わなかったということだ。
ほかの生徒が全員、一からデザインと縫製をしたことを思うと、制作を一からやり直し、もしくは留年で済んだのはまだ優しい対処だ。
「それではクライスさん。本日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、精一杯務めさせていただきます」
間違いがないよう、舞台スタッフの皆さん、先生方と綿密に打ち合わせをする。名簿に載る生徒の名前は一人一人にルビを振られているから助かる。最近って特殊な読みの子が多いんだよね。
「すいません、お手洗い借ります」
離席して控え室を出ると、隣の教室の扉が半分開いていた。人の声がかすかに聞こえてくる。
「まったくもう。私に恥をかかせないで。貴方がこんなことをする子だと思わなかったわ!」
「うっせえ。あんたがここの講師なんてしてなけりゃ、俺はこんな学校こなかったんだ。俳優めざしたいって言ったのにあんたらが『そんな選ばれた人以外は名無しのエキストラしかないようなものになりたいなんて、由緒ある九頭家の人間と認めない』なんて言うから」
「親に向かってなんて口のききかたを」
そうか。九頭って、本当の夢があったのに親の都合で無理矢理ここに入学させられていたのか。
誰かにとっては夢を叶えたくて飛び込んだ学校。
九頭にとっては自分を縛る足枷。
自分の夢を否定されて、学びたくもないことを押しつけられるって、つらいよな。
彼らがかなみさんにしたことは絶対に許されないけれど。
カラオケで見た姿、祭で見た姿、そして今の彼の声を聞いて複雑な気持ちになる。
控え室に戻り、最終確認をしてからショーの司会をするために会場に向かう。
今日はスペシャルゲストとしてモデルのRinaもくることになっているから、舞台袖から見える観客席は超満員で、満員電車もかくやというくらい混雑している。
これだけの人がいる前で司会をするなんて、前の僕じゃできなかったと思う。
ゆっちの相談に乗って、いろんな人と話すようになって、前より緊張しなくなったし、話すのに勇気を持てるようになった。
大丈夫。僕はクライス。
いつものライブ配信のように、みんなに楽しんでもらうことだけを考えよう。
スタッフの合図でマイクのスイッチを入れ、画面にクライスが映し出される。
「ごきげんよう、皆様。Sファッションデザイン専門学校学園祭にようこそ。僕は本日司会を仰せつかりました、執事ライバーのクライスです。どうぞよろしくお願いします。これから、学生たちが主役のファッションショーを開会します!」
会場にクライスの声が響く。
盛大な拍手や歓声とともに、ゆっちや生徒たちの夢の舞台が幕を開けた。
校長の挨拶、ゲストのRina登場に湧き上がる人々。自分もこのショーを作り上げている一員なのだと思うと、胸が熱い。
「今回は名簿の順番での出演となります。1組の──」
呼んだ順で生徒が前に出て、服を披露する。
「続いては、花森 百合花 さん。服のコンセプトは日本のファッションと民族衣装の融和」
名前を呼ばれて前に出たのは、ゆっち。
フリルのブラウスに、スペインの民族衣装のような鮮やかな色合いのベスト。ゴシックドレスのような真っ黒でふわりと広がるスカート。
ゆっちの明るい雰囲気にとてもよく似合っている。
ひときわ大きな拍手をあびて、ゆっちは心から嬉しそうだ。
観客席の隅には、加須と阿久井の姿もちらりと見えた。
遠いから表情まではわからないけれど、俯いてベンチに座っていて、あまり楽しそうには見えない。
舞台に立つ資格を持つのは、本当に努力をした子だけだ。
留年決定となり、彼らが今後どうするのか僕には知りようもない。
けれど服飾を学びたい気持ちがひとかけらでもあるのなら、心を入れ替えてがんばって欲しい。
田中さん、かなみさんとクリニックに行って初田先生と合流してから学校に向かうことになっている。
初田先生は僕の元同級生、
にいさん、と呼んでいるから兄妹なのかなと思っていたら、実際は
根津美さんに見送られ、四人で東京行きの電車に乗り込んだ。
「兄貴、なんでついてくるかなあ……」
「ひでえな。お兄ちゃんが妹の心配をするのは普通だろう。それに、
「私が見てくればそれでいいじゃん」
「まあまあ二人とも」
二人をいさめる僕の横で、初田先生はシートにすっぽり収まって医学書を開き、我関せず。
「先生とめなくていいんですか」
「口げんかなんてものはね。いつでもどこでも、どんな家庭でも発生するものです。殴り合いにならない限りは放っておいても問題ありません」
「えええ……。それお医者さんが言っちゃいますか」
「うちの両親も、離婚するまで毎日何時間もケンカをしていたものです。つまり、今ここで倉井さんが止めても二人は帰ればケンカします。つまり無駄なことです。わたしは無駄なことに時間を割きません」
僕は一人っ子だから兄妹げんかなんか起こりようもなかった。両親もわりと仲がよかった。だから、誰かがにらみ合うようなこういう空気に耐えられない。
すっぱりと止めるだけ無駄だと言い切られた田中兄妹は、それぞれ気まずそうに視線をそらした。
学校に着いて、僕は教員室に向かう。
綿貫先生からタイムスケジュールと原稿を渡され、出演する生徒一覧に目を通すとあの三人の名前がなかった。
人数が減ったな、と思ったのが顔に出てしまったようで、綿貫先生が申し訳なさそうに頭を下げる。
「その節は教えていただいてありがとうございます。あのあと彼らが提出した作品は確かに既製品のつなぎ合わせた服で、一からデザインと縫製のし直しを命じました。間に合わなければ留年だと」
ここに名前がないと言うことは、作り直しに間に合わなかったということだ。
ほかの生徒が全員、一からデザインと縫製をしたことを思うと、制作を一からやり直し、もしくは留年で済んだのはまだ優しい対処だ。
「それではクライスさん。本日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、精一杯務めさせていただきます」
間違いがないよう、舞台スタッフの皆さん、先生方と綿密に打ち合わせをする。名簿に載る生徒の名前は一人一人にルビを振られているから助かる。最近って特殊な読みの子が多いんだよね。
「すいません、お手洗い借ります」
離席して控え室を出ると、隣の教室の扉が半分開いていた。人の声がかすかに聞こえてくる。
「まったくもう。私に恥をかかせないで。貴方がこんなことをする子だと思わなかったわ!」
「うっせえ。あんたがここの講師なんてしてなけりゃ、俺はこんな学校こなかったんだ。俳優めざしたいって言ったのにあんたらが『そんな選ばれた人以外は名無しのエキストラしかないようなものになりたいなんて、由緒ある九頭家の人間と認めない』なんて言うから」
「親に向かってなんて口のききかたを」
そうか。九頭って、本当の夢があったのに親の都合で無理矢理ここに入学させられていたのか。
誰かにとっては夢を叶えたくて飛び込んだ学校。
九頭にとっては自分を縛る足枷。
自分の夢を否定されて、学びたくもないことを押しつけられるって、つらいよな。
彼らがかなみさんにしたことは絶対に許されないけれど。
カラオケで見た姿、祭で見た姿、そして今の彼の声を聞いて複雑な気持ちになる。
控え室に戻り、最終確認をしてからショーの司会をするために会場に向かう。
今日はスペシャルゲストとしてモデルのRinaもくることになっているから、舞台袖から見える観客席は超満員で、満員電車もかくやというくらい混雑している。
これだけの人がいる前で司会をするなんて、前の僕じゃできなかったと思う。
ゆっちの相談に乗って、いろんな人と話すようになって、前より緊張しなくなったし、話すのに勇気を持てるようになった。
大丈夫。僕はクライス。
いつものライブ配信のように、みんなに楽しんでもらうことだけを考えよう。
スタッフの合図でマイクのスイッチを入れ、画面にクライスが映し出される。
「ごきげんよう、皆様。Sファッションデザイン専門学校学園祭にようこそ。僕は本日司会を仰せつかりました、執事ライバーのクライスです。どうぞよろしくお願いします。これから、学生たちが主役のファッションショーを開会します!」
会場にクライスの声が響く。
盛大な拍手や歓声とともに、ゆっちや生徒たちの夢の舞台が幕を開けた。
校長の挨拶、ゲストのRina登場に湧き上がる人々。自分もこのショーを作り上げている一員なのだと思うと、胸が熱い。
「今回は名簿の順番での出演となります。1組の──」
呼んだ順で生徒が前に出て、服を披露する。
「続いては、
名前を呼ばれて前に出たのは、ゆっち。
フリルのブラウスに、スペインの民族衣装のような鮮やかな色合いのベスト。ゴシックドレスのような真っ黒でふわりと広がるスカート。
ゆっちの明るい雰囲気にとてもよく似合っている。
ひときわ大きな拍手をあびて、ゆっちは心から嬉しそうだ。
観客席の隅には、加須と阿久井の姿もちらりと見えた。
遠いから表情まではわからないけれど、俯いてベンチに座っていて、あまり楽しそうには見えない。
舞台に立つ資格を持つのは、本当に努力をした子だけだ。
留年決定となり、彼らが今後どうするのか僕には知りようもない。
けれど服飾を学びたい気持ちがひとかけらでもあるのなら、心を入れ替えてがんばって欲しい。