中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 7月末になり、ついに会社の飲み会が開催された。
 部署の全員が一室に入れるパーティールーム。
 カラオケにはちょくちょく来るけど、こんな大部屋に入るのは初めてだ。
 土曜開催だから、みんな私服。いつも顔を合わせているときはスーツかオフィスカジュアルだから、とても新鮮だ。スーツのときは大人しそうなのに、バリバリのロックな格好をしている人もいる。
 僕、浮いてない、よね……? ウニコーデにしているから、年齢不相応ということはないはずだ。

 ドリンクが行き渡ったところで、田中さんがノリノリで腕を振り上げる。

「それではこれから事務課の暑気払いをはじめまーーす! 司会はわたくし、田中日向が務めさせていただきます!」

 部署のみんなが拍手をすると、課長が薄い頭をなでながらディスプレイの前にでてきた。

「えー、今年の夏は暑くなりそうだと連日ニュースで言っていますが、我々事務課も日々の激務で……」

 あ、これ話がめちゃくちゃ長くなるパターン。小学校のときにうんざりしていた【校長先生のためになるオハナシ】と同じ空気を感じる。
 もう一人の幹事、仲野さんがさりげなく話をそらしにかかる。

「もー。課長ってば今日は堅苦しいのはナシって言ったでしょ。新入社員のみんなが引いちゃいますよ。はい、乾杯の音頭おねがいします。北酒場も入れてありますから!」
「う、うん、そうか。そうだな。では、かんぱーい!!」

 みんなその言葉に合わせてグラスを持ち上げ、乾杯する。
 さっとマイクを押しつけられた課長は、ビールの泡を口のまわりにつけながら北酒場を歌い出す。

「さささ、二番手は倉井さんよろしく」
「え、ちょ、本気ですか田中さん」

 田中さんがデンモクとマイクを僕の手に持たせる。この流れで嫌だなんて言える雰囲気ではない。
 倉井さんが歌うのか-。何歌うんだろうねって話してるのが聞こえてきて、胃が痛い。

「こういうのはリレーと一緒だぞ倉井さん。リレーってアンカーの方が責任重大だし、後になれば自分の番がまわってくるまで緊張が解けないだろ。最初に歌っちゃえば後はもう聞き役に徹するのでもいいからさ」
「さ、さすが体育会系」

 想像してみたら、田中さんの言う通りかもしれない。
 みんなと会話がなくて空気みたいなもんだから、僕に多大なる期待を寄せる人もそうそういないだろうし。
 期待してないなら失望なんてしようがない。
 でも会社の飲み会って、何歌えば良いんだろうな。
 アニソンはアウトだろうし、しんみりした雰囲気の曲は好かれないって話をよく聞くし。


「何歌うか決まらないなら、ホトリミよろ!」
「それ昨日の配信のやつ」

 真夏の海での恋愛をテーマにしたアツい一曲。公開から20年経つ今でも年間カラオケランキングの100位以内にランクインする定番だ。えびのしっぽからのリクエストで歌った。
 それでいいと言う前に田中さんは送信ボタンを押してしまった。

「はーいそれじゃ課長の次は倉井さんがいくよー!」

 背中を押されてディスプレイの前に立つと、みんなの視線が集まる。
 冷や汗が止まらない、でも覚悟を決めるしかない。
 疾走感のあるイントロが流れはじめた。

 これは配信、配信と同じ。僕はクライス。
 ここにいるみんなはリスナー。いつも同接30人はいるんだ。それより少ないから大丈夫。
 深呼吸して歌い出す。

 
 意外、という顔をする人たちの中、田中さんがルームに置かれていたタンバリンを鳴らして手拍子する。

「いいぞークライス!」

 ここでその名前を出されるとは思わなかった。部署のみんなクライスがなんなのか分からないだろう。
 分かってなくても、田中さんの声に合わせて手拍子する。
 配信と一緒だ。みんなの応援が画面に流れるあの感じ。
 勇気が出て、クライスのときと同じように二番も歌い切れた。

 曲が終わると全員から拍手が贈られる。
 とくに仲野さんのテンションが高い。

「倉井くんすごーい! うっま! 98点なんて初めて見た! 田中くんが言ってたことほんとなんだね! もしかして普段から二人ってよくカラオケ一緒にくるの?」
「いえ、ご一緒したことはないです」
「え、それじゃなんで田中くんは倉井くんの得意な歌を知ってるの」

 僕がライバーで田中さんはリスナーです、って言いづらいなあ。

「ダメだよ仲野さん、そんなこと聞いちゃ。もしかしたら二人だけの秘密のデートかもしれないじゃない!」

 小田先輩のナナメ上の妄想が飛んできた。

「あ、そうか。そうよね。小田さんの言うとおり。ごめんね二人とも。愛を育むのは秘密の時間よね」
「いいわね、誰にも言えない秘密って萌えるわぁ。やっぱり田中くんが攻めじゃ……」

 訂正するにはライバーであることを暴露しなければならない。
 うーんどうしよう。暴露したらしたで、また変な妄想が始まりそうだなあ。

「ちっがーう! オレはノーマルだから! おっぱいのでかい年上のお姉様が好みだから!」
「私知ってる。そういうこと言う人こそがBLで攻めになるの。マンガでよくある展開よね」
「小田先輩、オレで遊ぶのやめてぇ」

 がんばれ田中さん。
 こういうときは下手に喋らない方が良いってハウツー本に書いてあった。
 先輩たちが飽きるのを待つべし。
 グラスの表面は温度差で汗をかいている。ウーロン茶で喉を潤して、他の人の歌を聴くのに徹することにした。

 いまはなき音楽番組で流れていた歌や、最新のアイドルの歌まで多種多様。
 普段はあまり話す機会が無い男の先輩が、アイスコーヒーを片手に僕のところにきた。

「倉井さん歌うまいなあ。ホトリミおれも好きなんだ」
「ありがとうございます」
「なんかコツがあるのかな? こんど彼女と来るときに聞かせたいから教えて欲しい」

 先輩になにかを教えるってなかなか無い展開だ。

「ええと、サビは思い切り声を出すことでしょうか。メロの部分は音の変化を耳で覚えて、毎日練習」

 僕が歌えるリストは100曲近くあるけれど、季節関係なく2日に1回はホトリミがリクエストされる。
 歌う機会が多いから、必然的に熟練度も上がる。

「あ、ダメですよ|大家《おおや》先輩。倉井くんは田中くんのだから、ツバつけるの禁止!」
「ちがいますよ小田先輩」

 変な噂が広がると困るから、やっぱりちゃんと否定しておこう。ストップBL妄想。


 ビンゴ大会も滞りなく終わり、あとは歌いたい人が好きなように歌うという流れになった。
 酔いが回ってお喋りに熱中する人も多い。

 僕は無事に飲み会が終わりそうなことに安心していた。
 喉元過ぎればというやつかな。会が始まる前は緊張しすぎて吐きそうだったけど、無理矢理お酒を押しつけられることもないし、歌のことで声をかけてもらえるのは、嬉しかった。

「倉井さんオツカレー」
「田中さんもお疲れ様」

 田中さんは取り皿いっぱいにたこ焼きを持ってきて、すごい勢いでほおばる。
 かなみさんへのお使いミッションにもたこ焼きって書いてたな。たこ焼きが好きなのかな。
 大食いチャレンジかってくらいに食べる田中さんを見てふと思う。

「田中さん。かなみさんって、かなり小食なのかな。この前一緒に植物園に行ったとき、お弁当あんまり食べてなかったんだよね。その前に行ったときも、ケーキ食べづらそうにしてたし」

 ヒマワリの種をためこむハムスターみたいになっていたのを飲み込みながら、田中さんは答えた。

「ほんなほほへー、……ングング。あいつも一応乙女だから、気になるんじゃね」
「一応もなにも、女の子でしょう」
「そこじゃなくて、倉井さんには、ガツガツ食う女だって思われたくないんじゃないか。オレは美味しそうにもりもり食べる子って良いと思うけど、そうじゃない男もいるだろ」

 ええと、つまり、僕の目を気にして……我慢して、食べる量を減らしてる?
 それって体に良くないんじゃ。ゆっちも好きな人に告白するためにダイエットがんばるって言ってたし。
 
「次に出かけるとき、かなみさんに話してみようかな。余計なお世話だって言われちゃったらそれまでだけど、ちゃんと食べたほうがいいよって」
「そうしてくれ。オレが言ったって反発するから。……そうやってかなみのことをちゃんと考えてくれるから、オレは倉井さんが義弟になるルートを希望したいな」
「過大評価しすぎでは」

 そんなふうに話していたら、仲野さんが目にもとまらぬ早さでデンモクを操作して、僕と田中さんにマイクを握らせた。
 流れてくるイントロ、画面に映し出されたタイトル。
 あ、わかります。これ、BLの熱愛デュエットソングですよねー。

「やっぱ最後は恋人同士で歌ってしめないとー。私ってキューピッドぉー」
「恋人じゃないですし、酔ってるなら水飲んでくださいよ」
「誰か演奏停止を押せ、デンモク貸せ。二台あるだろ」

 先輩たちがデンモクを持って行ってしまってとめることができず、田中さんと二人でBLソングを歌うことになった。



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挿絵は唄さんにいただいたたなか兄と進、小田先輩たちです。ありがとうございます。
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