中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 自分でもあまりに口下手がすぎると思ったから、暑気払いの下準備として本を買うことにした。

【大人のための会話術】
【さよなら口下手、会話が弾む人になる!】
【会話上手になるための10の方法】

 うーん。こういう系の本が多すぎるからどれがいいのかわからん。
 ネットで買おうとしたらシンヤに

「通勤途中にある本屋に行け。口下手直す本なのに店員と会わずに買う方法選ぶなや」

 というごもっともなことを言われてしまったから、暑気払いが決まった日の仕事帰りに本屋によった。
 ついでに【神奈川のオススメ静かなスポット】という観光ガイドブック。
 とりあえず店員の一押しPOPが貼ってあったから選んだ。
 どれがいいかなんて、僕が店員だったとして聞かれても困るもん。
 店内に何千冊もある本の中身を全部覚えるなんて、人間には無理だ。

 セルフレジにいくと僕は成長できないから、店員のいるレジに並んで買った。
 帰りの電車で開いてみる。

「できるだけ相手の目を見て話しましょう、きちんと相づちを打つこと、口下手を言い訳にしてはいけません……ああ、書かれていること全て刺さる……痛い」

 痛いけど、職場でも円滑に会話できるようになりたいし、そのほうがきっと他の人も仕事しやすいだろうし、ちゃんと読んで実践しないと。


 そして週末。
 今日はかなみさんと植物園に行くと約束した日だ。
 本屋で買ったガイドブックも持ってきた。次回以降、この中からかなみさんが行ってみたい場所を選んでもらう。
 一度来て場所を覚えたから、今回は田中さんの迎え無しでも着くことができた。

「あ、ありがとうございます、倉井さん。つきあわせちゃって、すみません」
「気にしなくていいよ。僕が提案したんだし」

 前回ので帽子があった方がいいと思ったみたいで、かなみさんはつばが広い帽子をかぶっている。
 半袖シャツにデニムパンツ。ショルダーバッグもデニム生地。動きやすいボーイッシュな服装が好みなのかな。
 まだまだ外に出るのは緊張するみたいで、胸の前で握った手が震えている。

 田中さんいわく、この一週間はゴミ出しや玄関先の新聞を回収するなど、一日数分の外出で慣らしていたらしい。
 一歩も出られなかったことを考えると、かなり勇気を出している。

「今日も手を繋いでおく?」
「そ、そうしてもらえると助かります……」

 かなみさんを心配して玄関まで出てきたクロに見送られながら、前回と同じルートで駅に向かう。
 閑静な住宅街という言葉を具現化したようなところで、電線にとまったスズメの鳴き声がBGM。

 相手の目を見て、落ち着いて、話を聞く。頭の中で本の内容を鬼リピートして歩く。

「あ、あの、倉井さん」
「なにかな」
「月末に、会社でカラオケ飲み会、するんでしょう。兄貴が、迷惑かけてごめんなさい。なんか、倉井さんが参加してくれる! って、すごく張り切ってたから、迷惑、してないですか」

 歩きながら、かなみさんは小さな声で言う。お兄さんの性格をよく知っているから、暴走してないか気にして小さくなっている。

「カラオケのことは腹をくくるしかないからね……。この先働いていれば職場の飲み会って何回もあるし、慣れるしかないのは、わかっているんだ」

 嫌だと思って後回しにし続けたから、口下手は直らないし人間嫌いだと思われるし、悪循環だ。

「……私も、外に出るの、慣れるしかないって、わかってはいるんです」
「こういうところ、僕らは似ているね」
「そう、ですね」

 進まないとだめだってわかっていても、尻込みして、足が止まってしまう。
 改札をくぐり座席について、かなみさんは視線と手元に落としたままつぶやく。

「私、こうして会うまで、クライスはいつだってクライスなんだって思ってました。明るくて話し上手で、自然と人を気遣えるすごい人だって」
「僕と会ったらびっくりしたでしょ。クライスのときと真逆で」

 自己嫌悪に陥るくらいに、内向的で口下手で、僕はそんな自分が苦手だった。
 かなみさんは首を左右に振った。

「そういうのと、違って、ええと、なんて言えば良いのかな。その、ほっとしました。クライスにも、苦手なことがある、私と似たところもあるんだって。自分が、許されたような、気がして」
「わかるよ」

 口下手で、人の顔色ばかり気にしてしまう。自分と同じような弱い部分が他の人にもあると思うと、悩んでいるのは自分だけじゃないと思える。

 同じような気持ちを抱えているからか、かなみさんとはあまり話さなくても、沈黙の時間が心地良いと思える。
 それから特別会話をするでもなく、植物園についた。

 季節の花祭のコーナーにはコスモスが植えられていた。

 ピンクと白、そして青空のコントラストがとてもきれいだ。

「お昼はどうする? ここのカフェ、ランチメニューもあるみたいだよ」

 前回券売機を見たときに、ホットドッグやサンドイッチといった軽食もあったように思う。

「あ、あの、おべんとう、もってきました」

 かなみさんはさげていたバッグを開けた。
 お弁当サイズの、黒猫柄風呂敷に包まれている。
 田中家のお弁当、と聞いて田中さんの話を思い出した。
 女児向けアニメのかわいらしい妖精をモチーフにしたキャラ弁のせいで、あだ名がハートちゃんになったアレだ。
 こ、これはお母さんの特製キャラ弁ということかな……?

 かなみさんは必死に言葉を続ける。

「ちゃんと味見もしたので。練習、したから、焦がしてないし、えと……、キャラ弁じゃないから、だいじょうぶ、です!」

 かなみさんが作ってくれたのかな。今日のために練習してくれたなんて、なんか照れくさい。

「ありがとう。いただこうかな」

 あいているテラス席を借りて、お弁当を広げる。
 ほんのり茶色い玉子焼き、かにの形になったウインナ-、おにぎりはちょっといびつな形。そして片耳がないウサギリンゴ。
 見た目は豪快だけど味は繊細。玉子焼きは甘くて美味しい。
 配信のとき、玉子焼きは甘いのが好きだと言ったことを覚えていてくれたんだ。
 こういう些細なこと覚えていてくれるの、嬉しいな。


「すごくおいしいよ。誰かにお弁当を作ってもらうなんて、高校卒業して以来だな」
「そう、なんですか?」
「うん。僕ひとり暮らしだし、いつもコンビニ弁当か牛丼屋なんだよね」

 見た目中学生なのに食生活は中年のオッサンみたい、なんて思われそうだ。
 クライスのイメージを壊すような発言をしてゴメン。

「あの、お弁当、作りましょうか」
「ん? ええと?」
「あ、いえ、その、すみません、忘れてください。なんでもないです、ごめんなさい、彼女でもないのに、出過ぎたまねを……」

 かなみさんは両手で顔をおおって下を向いてしまった。

 …………もしかして、市販の弁当ばっかりだって言ったから、僕の弁当を作りましょうかっていうこと、かな?
 僕が勝手に自分の都合の良いように解釈しただけ、勘違いの思い上がりかもしれないけど。

「うーんと、それじゃあ、次どこかに行くときも、お弁当作ってもらえたら嬉しいかも。ほら、このあたりのガイドブック買ってきたんだ」
「は、はい。作ります!」

 ガイドブックを広げて、かなみさんの体力で行けそうな範囲のスポットを探していく。
 ここはどうかな、こっちは珍しいアイスの店だよ、と話して、いつの間にか、かなみさんも僕と話すのにあまり噛まなくなっていた。打ち解けてもらえたってことかな。
 少しずつ慣れて、いつかこのガイドの範囲より外まで旅できるようになったらいいよね。
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