中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
「暑気払い……?」
週明け。出社すると課長から一枚のプリントを渡された。
『連日の暑さを乗り越えるため、そして親睦を深めるために宴の場を設けました。参加希望の方は七月十二日までに幹事の仲野・田中いずれかに連絡をお願いします』
予定日は7月下旬となっている。
うちの部署、20人はいるんだよなあ。自分が新人の頃、新入社員歓迎会ですごく居心地悪かったのを覚えている。
酔っ払った先輩にからまれ、ビールを一気飲みするよう手拍子ではやし立てられ、ほんとうにあの雰囲気は苦手だ。
みんなと気軽に話せるようになりたいけれど、……飲み会のノリについていけない人間には辛いだけ。
詳細に目を通す気になれなくて鞄に押し込むと、田中さんに見とがめられた。
「はよ。倉井さんそれもらったならちゃんと読んでくれよな。オレが幹事だからさー、参加してくれたら嬉しいんだけど」
「おはようございます、田中さん。あ、あの……」
言葉を濁して気持ちを察してくれ、なんてこと思っても無駄だ。
言わなきゃ何も伝わらないのは、24年生きてきて理解している。失礼を承知で正直な気持ちを伝える。
「僕、飲めないわけじゃないんですけど、……無理矢理お酒を飲まされるような空気は、どうにもなじめなくて……」
「今それをやったらパワハラで訴えられるって。飲めない人に無理に酒を飲ませるの止めてくださいねって参加連絡もらった時点で釘をさしてるから大丈夫だよ。
それに、今回は会場をカラオケにしたんだ。これなら倉井さん、みんなと話すきっかけになるんじゃないか? ほら、好きな歌手の話とか、映画の主題歌なら映画の話しとか、けっこう盛り上がるじゃん」
もしかして田中さん、僕が参加しやすいように幹事をやってくれたのかな。なんて、考えすぎか。
ここまでしてくれているのに出たくないって言うのもなんだよな。
「……わかりました。それじゃあ、参加希望でお願いします」
「おお、その気になってくれたか! ありがとな!」
テンションが上がった田中さんが、肩をバンバン叩いてくる。
「え、倉井くん参加してくれるの?」
「仲野先輩、倉井さんは歌めっちゃ上手いから期待しとくといいですよ」
「あああああ、ハードルあげないでくださいいいいいい」
「恥ずかしがるなよ。あのノリでいけば人気者間違いなしだって! ビンゴ大会も企画してるから。一番乗りの賞は商品券3万円分だ!」
クライスのノリになれるのは顔出ししない配信だからであって、毎日顔を合わせる人間を前にして歌うのはわけが違う。
事前に期待値を上げられてしまったら、期待外れだと思われたときにどうなるか。
最初から何の期待もされてないならいっそやりやすいのに。
参加するって言ったことを後悔した。
夜になり、ゆっちとの定期連絡で会社の飲み会がカラオケだという話をした。
僕が参加しやすいように会場をカラオケボックスにしたり、お酒を勧めるのを禁止してくれたのはありがたい。
けど、田中さんってたまに善意がから回るんだよな。
かなみさんに買い物ミッションを課したこととかね。
「あははは。行くって言っちゃったなら、行くしかないですね、クライスさん」
「もう腹をくくるしかないと思ったよ……」
「あたしもがんばらないと。9月に学園祭があるんです! マンガでよくあるけど、そういうときって準備や打ち上げで話すキッカケがあると思うんですよね」
ゆっちは両手をぐっと握ってやる気満々。
「たしか、服飾の学校なんだっけ。服を展示するのかな」
「二年生なので、出し物はファッションショーなんです。1年半で習った全てを注ぎ込んで仕上げた服を、一人一着、ショーで見せるんです。司会や裏方も今のうちに決めて、下準備をします」
自分の服屋を作るのがゆっちの夢だから、学園祭でたくさんの人に作品を見てもらえるのはとても嬉しいことだろうな。
「そっか。がんばって。応援するよ」
「はい、ありがとうございます! あ、そうだ。クライスさんってANが使っているのとおんなじ機材をそろえたんですよね。教えてもらっても良いですか? あたしも、全部一気に買うのは無理だけど一個ずつ買っていこうかなって思うんです」
配信沼にはまったみたいで、ゆっちはコラボ配信以降は週3日30分くらいずつ、配信をしている。
僕の枠に来なくなる、というわけではなく、僕が配信しない時間帯を選んで配信して、僕の配信にも毎回顔を出してくれる。
がんばる人って応援したくなるよね、ほんと。
「うーん。マイクもオーディオインターフェースも高いから、分割払いにしても財布のダメージが大きいと思うよ。同じメーカーの少し安いやつでもいいかな」
「……ちなみに、高いっておいくらですか? 社会人のクライスさんが言うくらいだから、数千円じゃないんですよね」
「マイクは6万円以上、オーディオは4万円くらい。あとマイクスタンド、ヘッドホンとケーブルもそろえると、13万円を軽く超えるね」
驚きのあまり、アバターのリリーがかくかくしている。
「じゅ、じゅ、じゅうさんまん、えん……!? 無理です無理です。あたしには無理です。学費だって奨学金借りてるのに」
「あ、うん。やっぱり学生さんにはきつい金額だよね。同じメーカーのお手頃価格のやつ、リンク送るよ。社会人になって余裕が出てきてから買うといいよ」
「おねがいしますー……」
こっちの安めのセットなら全部合わせて1万円ちょっとだから、学生でもバイト代を捻出すればなんとかなる。
ゆっちが機材をそろえて本格的にライバー活動をはじめるなら、楽しみだな。
週明け。出社すると課長から一枚のプリントを渡された。
『連日の暑さを乗り越えるため、そして親睦を深めるために宴の場を設けました。参加希望の方は七月十二日までに幹事の仲野・田中いずれかに連絡をお願いします』
予定日は7月下旬となっている。
うちの部署、20人はいるんだよなあ。自分が新人の頃、新入社員歓迎会ですごく居心地悪かったのを覚えている。
酔っ払った先輩にからまれ、ビールを一気飲みするよう手拍子ではやし立てられ、ほんとうにあの雰囲気は苦手だ。
みんなと気軽に話せるようになりたいけれど、……飲み会のノリについていけない人間には辛いだけ。
詳細に目を通す気になれなくて鞄に押し込むと、田中さんに見とがめられた。
「はよ。倉井さんそれもらったならちゃんと読んでくれよな。オレが幹事だからさー、参加してくれたら嬉しいんだけど」
「おはようございます、田中さん。あ、あの……」
言葉を濁して気持ちを察してくれ、なんてこと思っても無駄だ。
言わなきゃ何も伝わらないのは、24年生きてきて理解している。失礼を承知で正直な気持ちを伝える。
「僕、飲めないわけじゃないんですけど、……無理矢理お酒を飲まされるような空気は、どうにもなじめなくて……」
「今それをやったらパワハラで訴えられるって。飲めない人に無理に酒を飲ませるの止めてくださいねって参加連絡もらった時点で釘をさしてるから大丈夫だよ。
それに、今回は会場をカラオケにしたんだ。これなら倉井さん、みんなと話すきっかけになるんじゃないか? ほら、好きな歌手の話とか、映画の主題歌なら映画の話しとか、けっこう盛り上がるじゃん」
もしかして田中さん、僕が参加しやすいように幹事をやってくれたのかな。なんて、考えすぎか。
ここまでしてくれているのに出たくないって言うのもなんだよな。
「……わかりました。それじゃあ、参加希望でお願いします」
「おお、その気になってくれたか! ありがとな!」
テンションが上がった田中さんが、肩をバンバン叩いてくる。
「え、倉井くん参加してくれるの?」
「仲野先輩、倉井さんは歌めっちゃ上手いから期待しとくといいですよ」
「あああああ、ハードルあげないでくださいいいいいい」
「恥ずかしがるなよ。あのノリでいけば人気者間違いなしだって! ビンゴ大会も企画してるから。一番乗りの賞は商品券3万円分だ!」
クライスのノリになれるのは顔出ししない配信だからであって、毎日顔を合わせる人間を前にして歌うのはわけが違う。
事前に期待値を上げられてしまったら、期待外れだと思われたときにどうなるか。
最初から何の期待もされてないならいっそやりやすいのに。
参加するって言ったことを後悔した。
夜になり、ゆっちとの定期連絡で会社の飲み会がカラオケだという話をした。
僕が参加しやすいように会場をカラオケボックスにしたり、お酒を勧めるのを禁止してくれたのはありがたい。
けど、田中さんってたまに善意がから回るんだよな。
かなみさんに買い物ミッションを課したこととかね。
「あははは。行くって言っちゃったなら、行くしかないですね、クライスさん」
「もう腹をくくるしかないと思ったよ……」
「あたしもがんばらないと。9月に学園祭があるんです! マンガでよくあるけど、そういうときって準備や打ち上げで話すキッカケがあると思うんですよね」
ゆっちは両手をぐっと握ってやる気満々。
「たしか、服飾の学校なんだっけ。服を展示するのかな」
「二年生なので、出し物はファッションショーなんです。1年半で習った全てを注ぎ込んで仕上げた服を、一人一着、ショーで見せるんです。司会や裏方も今のうちに決めて、下準備をします」
自分の服屋を作るのがゆっちの夢だから、学園祭でたくさんの人に作品を見てもらえるのはとても嬉しいことだろうな。
「そっか。がんばって。応援するよ」
「はい、ありがとうございます! あ、そうだ。クライスさんってANが使っているのとおんなじ機材をそろえたんですよね。教えてもらっても良いですか? あたしも、全部一気に買うのは無理だけど一個ずつ買っていこうかなって思うんです」
配信沼にはまったみたいで、ゆっちはコラボ配信以降は週3日30分くらいずつ、配信をしている。
僕の枠に来なくなる、というわけではなく、僕が配信しない時間帯を選んで配信して、僕の配信にも毎回顔を出してくれる。
がんばる人って応援したくなるよね、ほんと。
「うーん。マイクもオーディオインターフェースも高いから、分割払いにしても財布のダメージが大きいと思うよ。同じメーカーの少し安いやつでもいいかな」
「……ちなみに、高いっておいくらですか? 社会人のクライスさんが言うくらいだから、数千円じゃないんですよね」
「マイクは6万円以上、オーディオは4万円くらい。あとマイクスタンド、ヘッドホンとケーブルもそろえると、13万円を軽く超えるね」
驚きのあまり、アバターのリリーがかくかくしている。
「じゅ、じゅ、じゅうさんまん、えん……!? 無理です無理です。あたしには無理です。学費だって奨学金借りてるのに」
「あ、うん。やっぱり学生さんにはきつい金額だよね。同じメーカーのお手頃価格のやつ、リンク送るよ。社会人になって余裕が出てきてから買うといいよ」
「おねがいしますー……」
こっちの安めのセットなら全部合わせて1万円ちょっとだから、学生でもバイト代を捻出すればなんとかなる。
ゆっちが機材をそろえて本格的にライバー活動をはじめるなら、楽しみだな。