中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜

 祭当日になり、田中さんの家に向かった。
 普段着で会うのは初めてだから、なんて言われるかな。
 Vネックシャツにデニムパンツ、テーラージャケット。日差しが強いからキャスケットをかぶる。
 使うか分からないけど、折りたたみの日傘も買ってみた。最近は男が使っても良いらしい。
 ネットを参考にして組み合わせてみたけれど、変じゃない、よね。シンヤに「俺にきくなや」って言われているから調べてみたけど、自信がない。

 一度訪問しているからなんとなくでしか覚えていない。
 田中さんにラインすると、駅まで迎えに来てくれた。

「やー、悪いな。すぐそこだから」
「あ、いえ、ありがとう、ございます」

 うん、ありがとうでいいんだよね? こういうとき。
 家に向かう間、田中さんがなにか話をして、僕は相づちを打つだけ。気の利いたこと言えなくてスミマセン。 家に着くと、田中さんはチャイムも押さずいきなり玄関を開けて家の中に向かって声を張り上げる。

「かなみー、倉井さんきたぞ!!」

 さすが元運動部。声がでかい。
 かなみさんはこれから戦場に行くのかっていうくらいブルブルしながら部屋の扉を開けた。

 太ももまであるワンピースパーカー、レギンスっていうのかな、をはいている。玄関でスニーカーをはいて出てきた。

「お、はよう、ございます、わ、私なんかのために、ごそくろうを……」
「おはよう、かなみさん。そこまで緊張しなくても大丈夫だよ」
「すみませ、外に出るの、2年、ぶりで。ごきんじょ、さんに……なんておもわれる、か」

 そんなに出ていないのなら、確かに散歩すら怖いかもしれない。

「これをかぶっていたらまわりから顔が見えにくくなるから、怖いの半減しないかな」

 僕がかぶっていたキャスケットをかなみさんの頭にかぶせる。うん。ちょっと大きめだけど、良い感じだ。

「そ、そんな。これ、倉井さん、の」
「かぶっててよ。今日は日差しも強いからさ」


 かなみさんは戸惑いながらもうなずいた。

「そいじゃ、土産よろしくー」
「え、田中さんは行かないの?」
「オレこれからチームでサバイバルしないとだから」

 そういえば仕事の休憩時間、オンラインゲームにはまっていると言っていた。
 僕はあんまりゲームをしないからよく分からないけど。

「わかりました。それじゃあ、夜までには送りますので」
「たのんだ」

 田中さんに見送られて、僕とかなみさんは祭に向かった。

 かなみさんはあたりを気にしながらゆっくりと歩く。
 何を話すべきかな。気を紛らわせるような楽しい話があればいいんだけど。
 家と職場の往復以外はカラオケくらいしか行かない。そんな僕の話題の引き出しは、とても少ない。

 もっと本を読むとかドラマを見るとかして、引き出しを増やしておくべきだった……。

「えと、かなみさん、大丈夫?」
「……すみません、薬、のんだんです、けど。倉井さん一人なら、もうとっくに、駅についてますよね」

 かなみさんは何度も謝る。
 本当に、外に出るだけでも怖いんだな。表情が硬くて、汗がひどい。
 なんでもいいから、不安を和らげられたら。
 僕にできそうなこと、なにか。

 少し前方に、小さな子を連れた家族が歩いているのが見えた。
 お母さんが女の子の手を引いている。
 小さな頃、僕もああやって親に手を引いてもらっていたことを思い出す。
 すごく安心したんだよな。

 考えてから、右手を差し出す。

「かなみさん、手を繋ごう。ほら、駅周辺は混雑しているから、はぐれちゃったら、大変だし。どう、かな?」

 会うのはこれが二回目。手を繋いで歩こうなんて、出過ぎた真似だと自分でも思う。
 家族どころか友だちと呼んで良いのかもわからない距離なのに。

「……い、いいん、です、か」

 ワラにもすがるといった感じで、かなみさんは僕の手を取った。
 本当にすごく怖かったんだな。手が汗でじっとり湿っている。

「うん。かなみさんのペースに合わせるから、ゆっくりいこう」

 かなみさんの歩調に合わせて歩くと、景色を楽しむ余裕ができた。
 ふだん目的地に向かうだけだから、町並みを見渡そうなんて考えないんだよな。
 電線に止まっているスズメたち、道の脇から出てくる野良猫。イヌの散歩中のおじいさん。
 家の軒下のプランターではヒマワリがつぼみを作っている。

「地図によると、ここから四駅先だって」
「……はい」

 駅のベンチでいったん休憩して、かなみさんにアイスココアを渡す。
 自販機で買ったばかりで、表面に結露がつく。

「勝手に選んじゃったけど、これでよかったかな。確か、配信のときにココアが好きって言っていたような」

 かなみさんは両手でココアの缶を握りしめて何度もうなずく。

「ココアの話を、したの……なんて、だいぶ最初の頃、なのに。覚えてて、くれたんですか」
「うん。僕もココア好きだよ。牛乳が入ってるから、背が伸びるかな-、なんて思って……」

 中学のときから毎日一本は牛乳を飲んで、乳製品を食べるようにしているけど、いまのところ努力は実を結んではいない。
 飲む量が足りないのか。それとも遺伝か。うちの父親もじいちゃんも、160㎝しかないんだよな……。
 父さんとじいちゃんのことは好きだけど、背が伸びないのが遺伝のせいならそこだけは恨めしい。

 かなみさんはクスリと笑ってココアを飲む。

「ありがとう、おちつきました」
「そっか。よかった」

 電車に乗って、目的の駅で降りたら何人か浴衣の人が東口の方に行くのが見えた。
 スマホで地図を確認して、東に向かう。交番がある角を曲がった先が会場だった。
 商店街の入り口に旗が立ててあり、ラジカセから祭り囃子が流れてくる。

 たこやき、わたあめ、やきそばにかき氷、金魚すくいにお面屋、雑貨屋などなどたくさんの出店が出ている。
 かなみさんは賑やかな会場を見渡して、ホウ、と息を吐く。

「お祭って、小学生のとき、いらい」
「僕もそれくらいかも」

 異国情緒あふれるアクセサリーを売る店には背が高い男性がいて、なぜか仮面舞踏会の服装で仮面をつけていた。

 怪しさ満点なのに、その格好がよく似合っている。
 仮面の男性がウサギの形をした風船をさしだした。糸の先に小さいクーポンが結びつけてある。

「ようこそ、かなみさん。よくがんばりました」
「……初田先生?」
「はい。言ったでしょう。かなみさんはやればできる子です。ここに来るまでの間、誰も笑ったりしなかったでしょう」
「うん」

 初田先生、ってことは、この人がかなみさんの主治医。落ち着いた声音で、うっすら微笑みを浮かべている。 かなみさんは白いウサギ風船を受け取って、ちょっとだけ誇らしげだ。

「君が倉井さん? お兄さんから話は聞いているよ」
「あ、はい。倉井です」
「手を繋ぐのはとても良い選択です。一人じゃないと分かると、落ち着きますからね」
「間違えてなかったなら、よかったです」

 先生のお墨付きならちょっと自信がつく。先生にお礼を言って、祭を見て回ることにした。


「かなみさん、ほら、あれ。雑貨屋の店先、七夕の笹が飾ってある」
「あ、ほんと、ですね」

 折り紙を長細く切って作ったわっかを繋げたものを、笹にぐるりとまきつけてある。どこでもやるんだな。
 下がっている短冊には思い思いの願い事が書かれている。
 笹のそばに設置された長机には、マーカーと折り紙の短冊も用意されていた。

「せっかくだから一枚書いていこうか」
「……は、はい」

 僕らも短冊をもらって、ペンを手に取る。
 かなみさんも何か考え込んで、ふつうに外に出られるようになりたい、と書いた。

「倉井、さんは……、あ、すみません、きいちゃいけない、かな」

 うん、こういうところ僕と似ているなあ。すごく微笑ましい。

「大丈夫だよ。僕のはこれ」
「え、えええ。クライスさん、配信で、あれだけ話せているのに」

 口下手を直したいと書いた短冊を読んで、かなみさんが驚いている。
 配信の僕しか知らないとそうなるよね。

「あはは……僕がライバーをはじめたの、口下手を、直したいから、だから。まだ職場の人と、まともに挨拶できないんだ」
「そっか、私と、おなじなんだ」

 安心したように、かなみさんは笑う。緊張でガチガチだった顔が和らいだ。
 そうして笑うときの目元が田中さんとよく似ている。やっぱり兄妹なんだな。
 見ている方が明るくなれるような気持ちの良い笑顔。
 笹に短冊をくくりつけて、かなみさんが言いにくそうに口を開く。

「あの、倉井さん、食べるわけじゃ、ないんですが、食べ物買いたいです。兄貴が、「夕飯用に買ってこい」って」

 かなみさんがポケットから二つ折りのメモ用紙を取り出した。
 田中さんの字で、たこ焼き・焼きそば・ロングポテトなどなど七種類くらいの屋台グルメが書かれている。

「田中さん……なに考えてんだ……」

 人と話すのが苦手だって言っている子にこんなミッションをかすなんて、まったく。
 かなみさんと買い回りをしていると、市内の高校の制服を着ている女子たちが若者三人にナンパされる現場に遭遇した。

 若者三人組のほうに見覚えがある。
 ゆっちとカラオケに行ったとき店に迷惑をかけていた三人だ。
 女の子がジュースの屋台で買い物をしようとしたところを遮って、声をかける。

「君たち暇してるでしょ。俺たちとカラオケ行かない?」
「え、あたしら超忙しいから。ほっといてくれない?」
「つれないこというなって。奢るからさー。おい阿久井あくい加須かす。そっちの子押さえとけ」
「おっけー、カイちゃん」


 嫌がっているのにまだ食い下がる若者たち。
 こういうのって祭の運営に言えば良いのかな、それともお巡りさん?

 どうしようか、隣を見るとかなみさんが震えている。
 家を出るときに緊張していたけれど、その比じゃない。
 緊張じゃない。これは、怯えているんだ。

 あの若者三人を見て、真っ青になっていた。

「かなみさん?」
「……く、くらい、さん、わ、私……」

 様子がおかしい。
 かなみさんの手を引いて、すぐ先生のところに走る。

「先生。かなみさんが」
「どうしましたか」
「わからない、あっちでナンパしている三人を見たら、怯えだしたんです」

 先生は雑貨屋の店先にあるテーブルセットのところまでかなみさんを誘導して、座らせる。
 手首で脈をとり、顔色をうかがう。

「もしかして、その三人というのは診察のときに話していた三人ですか」

 先生に聞かれ、かなみさんは震えながらこくりと頷いた。

「……ここでは落ち着かないでしょうから、いったんクリニックで休んでください。お茶を出しましょう。倉井さんも、どうぞ」
「はい」

 クリニックはすぐ近くにあった。
 先生は待合室の冷房を入れて、奥の部屋に引っ込むとすぐに飲み物を持って戻ってきた。
 お盆にはアイスティーが二つ乗っている。

「すみませんね。ネルさんはいまお昼寝中だからわたしがいれたんです。ネルさんがいれるものには敵わないですが、わたしがいれる紅茶もそれなりにおいしいんですよ」
「ありがとうございます」

 ネルさん、というのは僕の同級生だった子だ。睡眠障害があって、高校の時もよく体調を崩していた。

 冷えた紅茶を飲んで、かなみさんの顔色はいくぶんましになった。

「倉井さん、先生、ごめん、なさい、めいわく、かけて」
「体調が悪い人を救護するのは医者の勤めなので、迷惑をかけたなどと思わなくていいです」
「僕も、迷惑だなんて思ってないから」

 かなみさんは何度か深呼吸したあと、泣きそうな顔で話してくれた。

「私が高校の時、下駄箱にラブレター、みたいなものがはいってて……、放課後校舎裏にって書いてあるから、他の誰かの下駄箱といれ間違えたのかと思って、手紙の差出人に、教えようと思ったんです……」

 そこから先は言葉にされなくてもわかった。

 あの三人が偽のラブレターを出して笑いものにした女の子。
 それが、かなみさんだった。

「あいつら……!」

 頭の中が怒りで燃える。
 僕は生まれて初めて、人を殴りたいと思った。
 かなみさんが傷ついて、家から出ることすら怖いと思うようになった原因。
 いますぐ追いかけて殴りたい。
 偽ラブレターを出すのは法律的になんの罪にもならない。
 罪にならないし罰せられないけど、この子はこんなに苦しんでいる。

「いけませんよ。倉井さん。どんな理由があっても、怒りのままに行動したらあなたが罪を背負うことになります」

 先生は穏やかに僕を諭す。

「…………はい」
「彼らがいなくなったら、そうですね、ここから歩いてすぐのところに植物園があるんです。今の時期はラベンダーが見頃です。きっと落ち着きますよ」

 そうだ、僕がすべきことはあの三人を殴ることじゃない。
 かなみさんが安心して外に出られるようにすること。
 先生の提案で、僕らは祭の会場を離れて植物園に行くことにした。

 クリニックから出たときにチラリと見えたけれど、三人は商店街の法被を着たおじいちゃんに捕まって怒鳴り散らされていた。

 怒鳴られたくらいで反省するタマじゃないのは、カラオケの時点でわかりきっている。

 かなみさんの心の健康のためにも、もう二度と遭遇したくない。


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