中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
月曜日、出社するなり田中さんが言った。
「倉井さん、どんな人が好み?」
「こ、好み、とは?」
「恋愛対象にするなら、どんな人がいいか聞いてるんだよ」
なんでそんなこと聞かれるんだろうと疑問に思う。
話が聞こえていたらしい。向かいの机にいた先輩女性社員たちが色めき立つ。
「え、田中くん最近倉井さんによく話しかけていると思ったら……きゃーーーー! おとなしい子と明るいやんちゃ君って定番のカップリングよね。いいわ、すごくいい。ね、仲野 さん」
「彼女作らない理由ってそっちだったのね!? そっかー、倉井くんかあ。どっちが攻めかしら。アタシは田中君に一票入れるわ。小田 さんはどう?」
ええええええ……、いつのまにカップリングされてんの僕。しかも田中さんと。
僕らの名前を出してキャイキャイいっているから、田中さんもあらぬ勘違いをされていることを悟った。
「あ、ち、違うからな、オレが知りたいんじゃない。妹! オレはノーマル! そっちの気はねえ!! 勝手に変な期待すんな」
「わかった、誤解なのね。でも、結婚式には呼んでね。アタシたち、ご祝儀奮発するから!」
「ぜんっぜんわかってないっすよね先輩。結婚式なんてしないから!」
田中さんが顔を引きつらせている。
先輩二人、小田 さんと仲野 さん。
恋バナが大好物みたいで、ちょっと親しげに話す二人がいれば彼女たちの中でカップリングが成立する。
仲よさそうなのが女性同士なら百合カップル、男同士ならBL妄想トークが始まるのだ。
ときには支社長と課長(どちらも既婚男性)、またあるときは受付嬢と訪問の営業さん。
妄想するだけなら自由だけど、言葉にするのは自重した方が良いと思う。
「って。かなみさんに、頼まれたんです?」
「そ。好物を覚えててくれたのがすごく嬉しいってさ。推しから神に昇格したらしいぞ倉井さん。かなみが好きなものなんて、オレも知らなかったんだけど」
「覚えてるよ、最初のころ来てくれる人って、すごく少なかったから」
配信を始めたばかりの頃は、そりゃほとんど人が来なかった。
当然と言えば当然。もとの僕と大差ないくらい口下手だったから。
ライバーになって三日目くらいだったか、ビュッフェがテーマの曲を歌ったとき。好きな食べ物は何かって話になった。
フォロワーがまだ五人しかいなくて、かなみさんはいのいちばんに「鎌倉屋のチーズケーキ、無限に食べられる」と教えてくれた。
ゆっちがコージーのイチゴショート、えびのしっぽがえび天ぷら、タケSubがくりごはん、ちゃん天使がレモンスカッシュ。
忘れたくなくて、すぐ手帳にメモしたんだ。
それからすこしずつフォロワーが増えて、今のようになった。
毎日枠に来てくれて、なにげないコメントをくれる彼らの存在は、ライブ配信を続ける支えになった。
みんながいてくれなかったら、半年も続けてこれなかった。
「それにしたって、ネットの知り合いなんてオフ会でもしないかぎり直接会うことなんてないだろ。相手がSNSやめたらそれっきりだし、好物を覚えていたってなんもないと思うのに。律儀だな」
「うん。たまたま、役に立ったね」
それにしても好きなタイプね……。
高校の黒歴史以来、そういうことを考えた覚えがない。
僕が好きになるかどうかではなく、相手が好きになってくれるかどうか。
「……マナーを守れる、優しいがいい人かな。たまに、お店ですごく態度の悪い人っているでしょう? ああいうのは嫌」
「あー。たしかに。レジで小銭投げつけるオッサンとか、禁煙区域でたばこふかしてるおばさんとか、見ててすっげー気分悪いもんな」
この前のカラオケボックスで見かけた三人組。ああいうのは男友達としてすら無理。
他人が迷惑するって考えないところとか、女の子を罵って笑ってるところとか。
「かなみのことはどう? 兄のひいき目かもしれんが、良い子だぞ」
僕と会った上でそういうことを聞いてくれるっていうことは、チビでも気にしないってことだよね。
それに、一言発しただけで僕がクライスだって見抜いた。
口下手なだけで、本当はすごく明るい子なんだって、この半年配信で交流していたからわかる。
恋愛対象として見ろっていわれると、どうなんだろう。
僕はかなみさんと恋人になれるのかな。
「……まだ1回しか会ってないから、わからないや」
「そっか。ならもう1回会ってみないか? 七夕にスケジュール空いてる?」
田中さんが鞄からA4サイズのビラを取り出す。
7月7日、○○駅前商店街七夕祭。裏にはイベントマップで出店配置図とそれぞれのお店の紹介が書いてある。 これ、初田ハートクリニックがある商店街だ。
好きなタイプを聞いたのより、こっちが本題?
「先生が言うには、人の目が怖いなら、家族でも友だちでもいいから信用できる人と散歩して、少しずつ外に出ることに慣れるといいって。祭に行くのも、リハビリにどうだって提案されたんだ」
「僕が一緒に歩けばかなみさんのリハビリになるってこと?」
「そう。かなみ自身も、外には出たいけど人の目が怖いってのが先に立ってしまうっていうから。頼むよ。外に出る自信が持てたらいつか一人でも歩けると思うんだ」
「お医者さんもそう言っているなら、うん。わかった」
あのときのかなみさんって僕に対してすらすごく萎縮していたんだよな。
ダサいチビでごめんなさいって、言っていた。
僕と同じように、容姿をばかにされたんじゃないかな。
かなみさんが自信を取り戻す手伝いができるなら、一緒に祭に行くのなんてわけない。
「そっかー、よかったよかった。ならかなみにもそう伝えとく」
盗み聞きしている先輩たちの目がなんかキラキラしているんだけど。
「家族に紹介済み……!? やっぱり田中君、そういうつもりで。義兄弟になる算段ね」
「やっぱり結婚秒読み」
……うん、訂正するのも面倒だし、妄想はもう放っとこうか。
昼休みになって、田中さんがコンビニの限定超特盛やきそばパンを頬張りながら聞いてくる。
「ふあ、ほうら。あれも、ひひははっはんら」
「飲み込んでから言ってください」
田中さんはジンジャーエールで一気に流し込んで、口を空にしてから言い直す。
「配信予約にあった、コラボ配信ってやつ。あれなに?」
SNSにあげたお知らせ。
今日の夜、30分だけゆっちとのコラボ配信をする予定だ。
ゆっちのライバーデビューのお手伝い。
コラボ相手は配信するそのときまで秘密、という名目で予約を入れたから、SNSでも予想が飛び交っている。
Bさんですか? ○○さんだよね? などなど。僕と同時期にデビューしたライバーの名前がいくつもあがっている。
まだ一度も配信したことのない新人だなんて誰も予想していない。
ライバーデビューのために、ゆっちは新たにライバー名を作った。
アバターちゃんにも名前がほしいからということで、聞く専はこれまでどおりゆっち。
悩んだ末に決まったライバー名はリリー。好きな花の名前なんだって。
あのアバターに似合う良い名前だと思う。
「他のライバーさんと二人で配信するんです」
「だれと?」
「夜に答え合わせしてください」
僕は自分のサンドイッチを食べ終えて、ささっと逃亡を図る。
仕事が終わったあとも聞きたいと言われたけれど、秘密です、と言い切る。
そして夜。
ついにゆっち……リリーのライバーデビューの時を迎えた。
「倉井さん、どんな人が好み?」
「こ、好み、とは?」
「恋愛対象にするなら、どんな人がいいか聞いてるんだよ」
なんでそんなこと聞かれるんだろうと疑問に思う。
話が聞こえていたらしい。向かいの机にいた先輩女性社員たちが色めき立つ。
「え、田中くん最近倉井さんによく話しかけていると思ったら……きゃーーーー! おとなしい子と明るいやんちゃ君って定番のカップリングよね。いいわ、すごくいい。ね、
「彼女作らない理由ってそっちだったのね!? そっかー、倉井くんかあ。どっちが攻めかしら。アタシは田中君に一票入れるわ。
ええええええ……、いつのまにカップリングされてんの僕。しかも田中さんと。
僕らの名前を出してキャイキャイいっているから、田中さんもあらぬ勘違いをされていることを悟った。
「あ、ち、違うからな、オレが知りたいんじゃない。妹! オレはノーマル! そっちの気はねえ!! 勝手に変な期待すんな」
「わかった、誤解なのね。でも、結婚式には呼んでね。アタシたち、ご祝儀奮発するから!」
「ぜんっぜんわかってないっすよね先輩。結婚式なんてしないから!」
田中さんが顔を引きつらせている。
先輩二人、
恋バナが大好物みたいで、ちょっと親しげに話す二人がいれば彼女たちの中でカップリングが成立する。
仲よさそうなのが女性同士なら百合カップル、男同士ならBL妄想トークが始まるのだ。
ときには支社長と課長(どちらも既婚男性)、またあるときは受付嬢と訪問の営業さん。
妄想するだけなら自由だけど、言葉にするのは自重した方が良いと思う。
「って。かなみさんに、頼まれたんです?」
「そ。好物を覚えててくれたのがすごく嬉しいってさ。推しから神に昇格したらしいぞ倉井さん。かなみが好きなものなんて、オレも知らなかったんだけど」
「覚えてるよ、最初のころ来てくれる人って、すごく少なかったから」
配信を始めたばかりの頃は、そりゃほとんど人が来なかった。
当然と言えば当然。もとの僕と大差ないくらい口下手だったから。
ライバーになって三日目くらいだったか、ビュッフェがテーマの曲を歌ったとき。好きな食べ物は何かって話になった。
フォロワーがまだ五人しかいなくて、かなみさんはいのいちばんに「鎌倉屋のチーズケーキ、無限に食べられる」と教えてくれた。
ゆっちがコージーのイチゴショート、えびのしっぽがえび天ぷら、タケSubがくりごはん、ちゃん天使がレモンスカッシュ。
忘れたくなくて、すぐ手帳にメモしたんだ。
それからすこしずつフォロワーが増えて、今のようになった。
毎日枠に来てくれて、なにげないコメントをくれる彼らの存在は、ライブ配信を続ける支えになった。
みんながいてくれなかったら、半年も続けてこれなかった。
「それにしたって、ネットの知り合いなんてオフ会でもしないかぎり直接会うことなんてないだろ。相手がSNSやめたらそれっきりだし、好物を覚えていたってなんもないと思うのに。律儀だな」
「うん。たまたま、役に立ったね」
それにしても好きなタイプね……。
高校の黒歴史以来、そういうことを考えた覚えがない。
僕が好きになるかどうかではなく、相手が好きになってくれるかどうか。
「……マナーを守れる、優しいがいい人かな。たまに、お店ですごく態度の悪い人っているでしょう? ああいうのは嫌」
「あー。たしかに。レジで小銭投げつけるオッサンとか、禁煙区域でたばこふかしてるおばさんとか、見ててすっげー気分悪いもんな」
この前のカラオケボックスで見かけた三人組。ああいうのは男友達としてすら無理。
他人が迷惑するって考えないところとか、女の子を罵って笑ってるところとか。
「かなみのことはどう? 兄のひいき目かもしれんが、良い子だぞ」
僕と会った上でそういうことを聞いてくれるっていうことは、チビでも気にしないってことだよね。
それに、一言発しただけで僕がクライスだって見抜いた。
口下手なだけで、本当はすごく明るい子なんだって、この半年配信で交流していたからわかる。
恋愛対象として見ろっていわれると、どうなんだろう。
僕はかなみさんと恋人になれるのかな。
「……まだ1回しか会ってないから、わからないや」
「そっか。ならもう1回会ってみないか? 七夕にスケジュール空いてる?」
田中さんが鞄からA4サイズのビラを取り出す。
7月7日、○○駅前商店街七夕祭。裏にはイベントマップで出店配置図とそれぞれのお店の紹介が書いてある。 これ、初田ハートクリニックがある商店街だ。
好きなタイプを聞いたのより、こっちが本題?
「先生が言うには、人の目が怖いなら、家族でも友だちでもいいから信用できる人と散歩して、少しずつ外に出ることに慣れるといいって。祭に行くのも、リハビリにどうだって提案されたんだ」
「僕が一緒に歩けばかなみさんのリハビリになるってこと?」
「そう。かなみ自身も、外には出たいけど人の目が怖いってのが先に立ってしまうっていうから。頼むよ。外に出る自信が持てたらいつか一人でも歩けると思うんだ」
「お医者さんもそう言っているなら、うん。わかった」
あのときのかなみさんって僕に対してすらすごく萎縮していたんだよな。
ダサいチビでごめんなさいって、言っていた。
僕と同じように、容姿をばかにされたんじゃないかな。
かなみさんが自信を取り戻す手伝いができるなら、一緒に祭に行くのなんてわけない。
「そっかー、よかったよかった。ならかなみにもそう伝えとく」
盗み聞きしている先輩たちの目がなんかキラキラしているんだけど。
「家族に紹介済み……!? やっぱり田中君、そういうつもりで。義兄弟になる算段ね」
「やっぱり結婚秒読み」
……うん、訂正するのも面倒だし、妄想はもう放っとこうか。
昼休みになって、田中さんがコンビニの限定超特盛やきそばパンを頬張りながら聞いてくる。
「ふあ、ほうら。あれも、ひひははっはんら」
「飲み込んでから言ってください」
田中さんはジンジャーエールで一気に流し込んで、口を空にしてから言い直す。
「配信予約にあった、コラボ配信ってやつ。あれなに?」
SNSにあげたお知らせ。
今日の夜、30分だけゆっちとのコラボ配信をする予定だ。
ゆっちのライバーデビューのお手伝い。
コラボ相手は配信するそのときまで秘密、という名目で予約を入れたから、SNSでも予想が飛び交っている。
Bさんですか? ○○さんだよね? などなど。僕と同時期にデビューしたライバーの名前がいくつもあがっている。
まだ一度も配信したことのない新人だなんて誰も予想していない。
ライバーデビューのために、ゆっちは新たにライバー名を作った。
アバターちゃんにも名前がほしいからということで、聞く専はこれまでどおりゆっち。
悩んだ末に決まったライバー名はリリー。好きな花の名前なんだって。
あのアバターに似合う良い名前だと思う。
「他のライバーさんと二人で配信するんです」
「だれと?」
「夜に答え合わせしてください」
僕は自分のサンドイッチを食べ終えて、ささっと逃亡を図る。
仕事が終わったあとも聞きたいと言われたけれど、秘密です、と言い切る。
そして夜。
ついにゆっち……リリーのライバーデビューの時を迎えた。