中の人にも祝福を!〜リアルで口下手すぎるライバーは、自分を変えたくて奮闘する〜
「かなみ はさ、クライスの配信がどんなに楽しいか、すごく嬉しそうに話してくれたんだ。あんなにはしゃぐかなみを見たの、久しぶりなんだ。クライスに会えるなら、外に出られるんじゃないかなって思うんだ」
「……え、あ、あの、クライスを高く買ってくれているのは、嬉しい、けど……。僕、こんなちっちゃいし……会ったら、かなみさんの理想像が壊れるよ」
悲しいかな、映画館に行くと中学生料金を提示されるし、午後六時以降カラオケに行こうとすると「未成年は保護者様が同伴でないと」と言われる。
成人済みであるのを証明するため、免許証を提示したのに偽造と疑われたときのショックはハンパじゃない。
免許証の件以降、そのカラオケボックスには行っていない。
毎回同じ店員に当たるとは限らないから、そのたびに説明しないといけないのは骨が折れる。
駅から遠くても、やや基本料金が高くても、馴染みの店に限る。
僕、今月末で24歳になるからね!?
14歳じゃないから!
店員さんは無自覚に僕のメンタルをボコボコにしていることに気づいて。
たなかかな?ーーかなみさんは最古参のフォロワーだけど、推しているのはあくまでクライス。
ファンに囲まれて華やかな場所にいるのは、僕でなくクライスだ。
クライスの中の人が僕みたいな冴えないチビだとわかったら、フォローをやめてしまうんじゃないかな。
明るくて話が面白い子だから、ライブ越しとはいえ会えなくなってしまうのは悲しい。
そして現実の僕とかけ離れたイケメンアバターをまとって配信していたのを聞かれてしまい、恥ずかしさと気まずさで頭が沸騰しそうだった。
この気持ち、何に例えれば伝わるだろう。
中学の授業参観に母親がビラビラのフリルスーツを着て現れたときの気持ち?
コミケで同人誌を買っているときに同僚にばったり会ってしまったときの気まずさ?
田中さんは首をかしげる。
「倉井さんって、なんでリアルだとそんな自信ないんだ? 配信のときはすごく楽しそうなのに」
「あああああ、す、すみません、ごめんなさい、そ、そのはなし、会社ではナイショで」
田中さんにバレただけでも頭が真っ白なのに、他の人にまでばれたら恥ずかしすぎて死ねる。
始業時間になってしまったから、話はそこでいったん打ち切られた。
ありがとう始業ベル。
隣の席だから完全に逃げられるわけもなく、昼休憩の時間になってすぐ、田中さんに捕まった。
会社そばの牛丼屋につれて来られ、僕の前には牛丼並盛りたまごトッピングの味噌汁セットが置かれている。(田中さんのオゴリ)
「で、続きなんだけど。かなみも人と話すのがそんなに得意じゃないんで、別にそこまで気負わなくていいんだ」
田中さんは特盛り牛丼つゆだくだくに箸をツッコミながら話し始める。
「僕と妹さんを合わせるのを、諦めるっていう選択肢はないんですね、田中さん……」
ひきこもってしまった妹が、外に出られるようになるかもしれない。そう思ったらいてもたってもいられないんだな。
「えと、僕は妹さんが嫌いなわけじゃないんです。そこだけは勘違いしないでください」
「思わないさ。倉井さんって、そういう嘘をつけそうにない」
僕ってそんなにわかりやすいのか……。
休憩時間には限りがあるから、僕も割り箸を割って食べ始める。
「あの、僕は昔、いろいろあって、人の顔を見て話すのが、できないんです。かなみさんに会っても、顔を見れないから、かなり、失礼な態度になっちゃう」
今だって田中さんの顔を直視できず、のど元に視線が行っている。
社会人として人の顔を見て話せないのは大きなマイナスポイントだというのはわかっているけれど、でもできない。
どうしても、告白をバカにされた日の光景が頭をよぎる。
僕を見下ろして嘲笑する、あの目がちらつく。
「……うーん。そういや入社してから倉井さんと目があった記憶がないな。唐突な挨拶運動をはじめるまで、嫌われてるのかと思ってたよ。もしくは極度な人間嫌い」
「あ、はは……もしかして、僕、……皆さんにも同じように、思われていますか……」
そりゃ飲み会にも誘われないよね。自分のこと嫌ってると思ってる相手を誘わないよね。
「……嫌いなんじゃなくて、人の目を見るのが、怖いんです」
「あー、ホントにかなみみたいになこと言ってる」
高校でいじめられて以来、外に出られなくなった、かなみさん。
僕と同じような気持ちを抱えて、一人で部屋にこもっているんだな。
僕がライバーになったときから支えてくれているし、力になりたいとは思う、けど。
「クライスに会えたら、かなみは勇気でないかな。うちに来て、外に出るよう説得してもらえたら」
いったん自分に置き換えて考えてみる。
「お医者様には、頼りました?」
「え、こういうの、医者の管轄なのか?」
「たぶん。成人前なら小児科。成人済なら、精神科医。素人が勝手な考えで、無理やり外に出そうとしたら、逆にかなみさんを傷つけてしまうんじゃないかな……」
辛くて家にこもっているときに、「誰だって辛いときがある。気の持ちようだ」なんて言われて引きずり出されたらますます苦しくなる。
普段からそういう患者に向き合っている、専門医師の判断をあおぐのが一番いいと思う。
「田中さんも、悲しくて辛いとき、無理やり外に引きずり出されたら、苦しいでしょう」
「まあ、そうだけど……。水泳部なんか記録が伸び悩んだときはひたすら泳いでナンボだったからな」
心が傷ついた子にスパルタはよろしくない。
「そういえば、あの子のお兄さんが医者だったような……」
学生時代、東堂がサポートしていた病弱な子。その子のお兄さんが、精神科のクリニックを開業しているという話を成人式で聞いた気がする。
たしか、舌を噛みそうな面白い名前のクリニックだった。
「会うだけならかまわないけど、外に出るよう説得するあたりは……お医者様の判断をあおぐのが一番いいと思います。病院に心当たりがあるので調べますね」
「そう、だな。親父たちにも話してみるよ。悪い。外に出てほしいあまりに、先走って妹を傷つけちまうところだった」
僕はその子とあまり話した記憶がなかったから、東堂にラインで聞いてみる。 ものの数分でクリニックのホームページURLが送られてきた。
それを田中さんに教える。
「へぇ。初田 ハートクリニック。訪問診療も承っています、か。ありがとう。ここならたしかに、外に出られなくてもかなみを診てもらえる」
「かなみさんにとって、いい方向になるよう祈ってますね」
「ああ。治療は治療として病院に連絡するからさ。まず、ただの友だちとして、かなみに会ってやってほしい。クライスと会えたら元気になると思うんだ」
「…………あー、うん、あの、ホント期待しすぎないでほしいな……」
僕と会うことで夢がぶち壊しになって、外に出る気力が失われました……なんてことになったら申し訳無さすぎる。
事前に、中の人はアバターみたいに背が高くないし美男子でもないよって真実を教えといてください……。
「……え、あ、あの、クライスを高く買ってくれているのは、嬉しい、けど……。僕、こんなちっちゃいし……会ったら、かなみさんの理想像が壊れるよ」
悲しいかな、映画館に行くと中学生料金を提示されるし、午後六時以降カラオケに行こうとすると「未成年は保護者様が同伴でないと」と言われる。
成人済みであるのを証明するため、免許証を提示したのに偽造と疑われたときのショックはハンパじゃない。
免許証の件以降、そのカラオケボックスには行っていない。
毎回同じ店員に当たるとは限らないから、そのたびに説明しないといけないのは骨が折れる。
駅から遠くても、やや基本料金が高くても、馴染みの店に限る。
僕、今月末で24歳になるからね!?
14歳じゃないから!
店員さんは無自覚に僕のメンタルをボコボコにしていることに気づいて。
たなかかな?ーーかなみさんは最古参のフォロワーだけど、推しているのはあくまでクライス。
ファンに囲まれて華やかな場所にいるのは、僕でなくクライスだ。
クライスの中の人が僕みたいな冴えないチビだとわかったら、フォローをやめてしまうんじゃないかな。
明るくて話が面白い子だから、ライブ越しとはいえ会えなくなってしまうのは悲しい。
そして現実の僕とかけ離れたイケメンアバターをまとって配信していたのを聞かれてしまい、恥ずかしさと気まずさで頭が沸騰しそうだった。
この気持ち、何に例えれば伝わるだろう。
中学の授業参観に母親がビラビラのフリルスーツを着て現れたときの気持ち?
コミケで同人誌を買っているときに同僚にばったり会ってしまったときの気まずさ?
田中さんは首をかしげる。
「倉井さんって、なんでリアルだとそんな自信ないんだ? 配信のときはすごく楽しそうなのに」
「あああああ、す、すみません、ごめんなさい、そ、そのはなし、会社ではナイショで」
田中さんにバレただけでも頭が真っ白なのに、他の人にまでばれたら恥ずかしすぎて死ねる。
始業時間になってしまったから、話はそこでいったん打ち切られた。
ありがとう始業ベル。
隣の席だから完全に逃げられるわけもなく、昼休憩の時間になってすぐ、田中さんに捕まった。
会社そばの牛丼屋につれて来られ、僕の前には牛丼並盛りたまごトッピングの味噌汁セットが置かれている。(田中さんのオゴリ)
「で、続きなんだけど。かなみも人と話すのがそんなに得意じゃないんで、別にそこまで気負わなくていいんだ」
田中さんは特盛り牛丼つゆだくだくに箸をツッコミながら話し始める。
「僕と妹さんを合わせるのを、諦めるっていう選択肢はないんですね、田中さん……」
ひきこもってしまった妹が、外に出られるようになるかもしれない。そう思ったらいてもたってもいられないんだな。
「えと、僕は妹さんが嫌いなわけじゃないんです。そこだけは勘違いしないでください」
「思わないさ。倉井さんって、そういう嘘をつけそうにない」
僕ってそんなにわかりやすいのか……。
休憩時間には限りがあるから、僕も割り箸を割って食べ始める。
「あの、僕は昔、いろいろあって、人の顔を見て話すのが、できないんです。かなみさんに会っても、顔を見れないから、かなり、失礼な態度になっちゃう」
今だって田中さんの顔を直視できず、のど元に視線が行っている。
社会人として人の顔を見て話せないのは大きなマイナスポイントだというのはわかっているけれど、でもできない。
どうしても、告白をバカにされた日の光景が頭をよぎる。
僕を見下ろして嘲笑する、あの目がちらつく。
「……うーん。そういや入社してから倉井さんと目があった記憶がないな。唐突な挨拶運動をはじめるまで、嫌われてるのかと思ってたよ。もしくは極度な人間嫌い」
「あ、はは……もしかして、僕、……皆さんにも同じように、思われていますか……」
そりゃ飲み会にも誘われないよね。自分のこと嫌ってると思ってる相手を誘わないよね。
「……嫌いなんじゃなくて、人の目を見るのが、怖いんです」
「あー、ホントにかなみみたいになこと言ってる」
高校でいじめられて以来、外に出られなくなった、かなみさん。
僕と同じような気持ちを抱えて、一人で部屋にこもっているんだな。
僕がライバーになったときから支えてくれているし、力になりたいとは思う、けど。
「クライスに会えたら、かなみは勇気でないかな。うちに来て、外に出るよう説得してもらえたら」
いったん自分に置き換えて考えてみる。
「お医者様には、頼りました?」
「え、こういうの、医者の管轄なのか?」
「たぶん。成人前なら小児科。成人済なら、精神科医。素人が勝手な考えで、無理やり外に出そうとしたら、逆にかなみさんを傷つけてしまうんじゃないかな……」
辛くて家にこもっているときに、「誰だって辛いときがある。気の持ちようだ」なんて言われて引きずり出されたらますます苦しくなる。
普段からそういう患者に向き合っている、専門医師の判断をあおぐのが一番いいと思う。
「田中さんも、悲しくて辛いとき、無理やり外に引きずり出されたら、苦しいでしょう」
「まあ、そうだけど……。水泳部なんか記録が伸び悩んだときはひたすら泳いでナンボだったからな」
心が傷ついた子にスパルタはよろしくない。
「そういえば、あの子のお兄さんが医者だったような……」
学生時代、東堂がサポートしていた病弱な子。その子のお兄さんが、精神科のクリニックを開業しているという話を成人式で聞いた気がする。
たしか、舌を噛みそうな面白い名前のクリニックだった。
「会うだけならかまわないけど、外に出るよう説得するあたりは……お医者様の判断をあおぐのが一番いいと思います。病院に心当たりがあるので調べますね」
「そう、だな。親父たちにも話してみるよ。悪い。外に出てほしいあまりに、先走って妹を傷つけちまうところだった」
僕はその子とあまり話した記憶がなかったから、東堂にラインで聞いてみる。 ものの数分でクリニックのホームページURLが送られてきた。
それを田中さんに教える。
「へぇ。
「かなみさんにとって、いい方向になるよう祈ってますね」
「ああ。治療は治療として病院に連絡するからさ。まず、ただの友だちとして、かなみに会ってやってほしい。クライスと会えたら元気になると思うんだ」
「…………あー、うん、あの、ホント期待しすぎないでほしいな……」
僕と会うことで夢がぶち壊しになって、外に出る気力が失われました……なんてことになったら申し訳無さすぎる。
事前に、中の人はアバターみたいに背が高くないし美男子でもないよって真実を教えといてください……。