ユーメシ! 〜ゲーム実況ユーチューバーの異世界メシテロ〜

 スライムを食べたあとは家の裏手に出た。
 雑草だらけのこじんまりした畑を前にして、ミミから古びたクワを渡された。
 木製の柄の先端に平たい鉄板、まごうことなきクワ。

「これは」
「のうぐ、しらない?」
「知ってるよ。触ったことないけど、日本にもこういう農具はあった。この世界にもあるんだなって思っただけ」
「しってるなら、はなしはやい。はたけをたがやす、たねをまく。みずやり。やさいは、じぶんでそだてる」
「よっし! 任しときな! 働かざるもの食うべからずって言うからな。食った分働くぜ」

 ミミのようなちびっこじゃ農作業はきついだろうし。力仕事はオレがやろう。
 雑草を引っこ抜いて土が柔らかくなるよう耕す、種まきと水やり。楽ショーだぜ! 1時間もいらねー。


 ──と思っていた30分前の自分を殴りてぇ。
 しゃがむ姿勢なんて普段あまりしないから、膝の裏とふくらはぎが痛い。足の筋肉全体が悲鳴を上げている。
 くそう。ゲームで見てるときはAボタンやXボタン押すだけだったのに。
 そうだよな。これはゲームじゃなくて現実なんだよ。

 まくりあげた袖の形にそって、腕が日焼けしている。日差しも強えな。服に汗がしみて肌に張り付く。
 うん、金を稼げるようになったら肌着を買おうか。

「キムラン、おつかれさま」
「ありがとな、ミミ!」

 ミミがうすく紅色のついた水をコップに入れて手渡してくれた。
 飲んでみると、舌先にほんのり岩塩に似た塩味を感じる。汗で失われた塩分が戻ってくる。異世界版スポーツドリンクか。

「いどみずに、ハルルのみつと、しおいれた。つかれたときにいい」
「そっか。美味いなこれ」

 スポドリを飲み干して、次は土を耕そう。

「クワってどう持って振るのが正しいんだ?」

 とりあえず牧場ゲームで見たみたいに高く振り上げて振り下ろしてみるけど、目当てのところじゃない方向に刺さってしまってうまくいかない。
 農家の皆さん、農業を侮っていてごめんなさい。これからはもっと生産者に感謝して食べます……。

 いつまでも耕すのが進まない。みかねたらしい隣の住人が出てきた。
 10才そこそこで小柄な、金髪の少年だ。

「お兄さん。こうやって持って、斜め上から土に刺して、土を手前に持ち上げるようにしてください。あんまり大きく振り上げると手元が狂うので、この高さで」
「そうなのか。知らなかったよ。ありがとう。助かる!」

 年齢にそぐわぬ穏やかな口調の少年にレクチャーされ、初心者のオレでも、ある程度土を耕すことができた。
 ここまでくれば残るは種まきと水やりだな。あとは自分でがんばろう。
 ひと通り教えてくれたあと、少年が言う。

「自己紹介がまだでしたね。ぼくはナルシェ。隣の家で従姉のオリビア姉さんと暮らしています。
 貴方のことは、村長さんから聞きました。貴方がミミちゃんの保護者になってくれるって。みんなミミちゃんの今後を心配していたので、助かります」

 本当はミミが「わたしがキムランをやしなう」って言ったんだけど、ゴルドさんはオレの世間体を気にして“オレが保護者役になると言い出した”ということにしてくれたらしい。

「そういうことになってるのか………」
「へ?」
「あ、いや、こっちの話。オレはキムラン。この世界について知らないことも多いから、また何かあったら頼ると思う。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」

 うう、なんて礼儀正しい子だ。お兄さん感動しちゃったよ。実家の弟なんて反抗期でクソ兄だの邪魔だの言ってたのに。泣けるわー。
 話し込んでいると、ナルシェの家から女性の間延びした声が聞こえてきた。

「ナルシェくーん、お肉入れたらスープが変な色になったの〜」
「うわあああああ!! 駄目! 頼むから姉さんは鍋に触らないで!!」

 ナルシェが真っ青になって家にかけ戻る。


 入れ替わるようにして、20歳そこそこの女性が出てきた。
 背中まである緩やかな銀髪に水色の瞳、おっとりした雰囲気の人だ。日本にいたら超モテるね。

「あら、ちょうどいいところに! ミミちゃんの親戚のキムランさんですよね。お引越し祝いにスープを作ったんです。ミミちゃんと食べてくださいな」

 女性が自信満々にフタを開けた鍋の中身は…………………。


 え、なにこれドブ川の水?
 焦げて黒ずんだ液体に、ドロドロに溶けた何かが浮いている。鍋からは、腐った生ゴミみたいなエグい臭いも漂ってくる。
 オレの本能が『これはゲテモノだ。食うな』と警鐘を鳴らしている。

「ええと、これはいったい」

 もしかしたらこの世界の一般的な料理かもしれないから、念の為聞いてみる。

「オリビア姉さん、頼むから料理作るのやめてって言ったでしょう!!」
「えぇ〜。ナルシェくんひどい! わたしは純粋にお隣さんが増えたお祝いを」
「頼むから! 祝う気があるなら洗濯と掃除以外何もしないで。一生のお願い!!」

 ぷぅ、とほほをふくらませてスネるオリビアさんに、ナルシェが懇願した。



 1時間ほどして、ナルシェがまともなスープを持ってきてくれた。多分あのゲテモノスープの製作者は………。心労を察するぞ、少年。

 使った肉は、森に出る鳥型モンスターのものだという。
 さっきのスライムといい、この世界では普通にモンスターを料理するんだな。

 透明度の高い黄金色のスープに、一口大に切られた肉が沈んでいる。スプーンですくい上げていただく。

「おおお……肉の歯ごたえはぷりぷり。弾力があるが軽くかみちぎれる。きちんと下処理もしているからこそか。このいい香りの野菜はなんだろう」
「しろいホクホクのはマルイモ。あかいのはニンジャ。においけしのやさい」

 ミミ先生の解説が光る。ニンジャは忍法の忍者じゃないわね。

「なるほどこいつは香味野菜なんだな。ふふふ。野菜が肉の臭みを打ち消して相乗効果を発揮し、えーと、つまりなんていうか、この料理めっちゃうまい!! 少年を嫁にほしい!」

 はっはっは。異世界メシについてかっこいいこと言おうと思ったが、オレにはグルメ番組のリポーターみたいなのは無理だった。
 まあ、とにかくこのスープは美味い。

 ミミがスプーンをくわえてジト目になる。

「……キムランは、だまってたべられないのか」
「あ、それオレがウルサイって言ってる?」
「おお、わかるか」

 ウルサイと言いつつも、ミミは笑顔だ。
 長らく独り暮らししていたから、こうしてごはんをともにする相手がいるっていうのも久しぶりだ。
 やっぱり、誰かと一緒にごはんを食べるのは楽しいんだな。




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