ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜
作戦室では、王国軍がスラムを捜索していることが議題に上がった。
王都の調査に出たメンバーからは、スラムにいた頃ヨハンの診療所に出入りしていた男が、王城内部の見取り図を提供してくれたこと。
リダを筆頭に、スラムの人間は決起するなら力を貸してくれることを話す。
ファジュルたちからは、ハインリッヒ伯が武器と資金を提供してくれることを伝える。
話し合いの合間に、サーディクが手を挙げて質問を挟む。
「なー、そのハインリッヒって人、一介の貴族にすぎないんだろ。戦争に加担するのに本国の……ルベルタの王様の指示を仰がなくていいわけ? そもそも辺境伯ってなんなん?」
今は家出中とはいえ、イーリスは王女。専門書を読み上げるかのような答えを返す。
「ルベルタのように国土が広い国の場合、国王一人が辺境まで管理するのはとても大変なの。そういうときは王都から遠い辺境の貴族に統治権を与えて、施政の代行を頼むのよ」
「へー」
「真面目に聞く気がないなら質問しないでよサーディク。出資してくれる人のことくらい覚えな。ここで毎日ごはんを食べられるのも、出資者がいてこそなんだからね」
「へーへー」
貧民生まれ貧民育ちのサーディクは、貴族の誰が偉いだのなんだのという話は雲の上の話。イーリスとディーが真面目に教えてくれても、話半分だった。
ヨハンがファジュルの意向を確認してくる。
「ファジュル様。スラムを探っている兵たちはどう対処しますか」
「あと五日ほどで武器がこちらに届く手はずになっている。届き次第スラムに向かい、兵を撤退させよう。話し合いできるならそれに越したことはない」
ファジュルの父は、ガーニムの手により一方的に殺されてしまった。話し合いの余地もなく。
「ガーニムの配下も、全員が全員ガーニムに忠誠を誓っているわけではないだろう。アムルのように脅されている者が、まだいるかもしれない。そういう人までひとくくりにガーニム軍として排除したくはないんだ」
「敵に対しても優しいのは立派だけどねー、兄さん。説得できない兵のほうが多いよ。そうなったら戦闘に突入。ボクらの中でどれだけの人数がまともに戦えると思うのさ」
ディーは話し合いで解決する道を否定する。
戦うと言うのは簡単だが、現在反乱軍の戦力になる人間は片手の数より少ない。
一番戦えるのは、兵として日夜訓練していたアムル。
剣舞と武術をたしなむディー、同じ剣舞と武術を学んでいたヨハン。
それから喧嘩上等で生活していたサーディク。
ファジュルはまともに戦えるうちに数えられないし、子どものユーニス、右腕が動かないラシードも戦いの場には足手まといになるだろう。
スラムの中で協力を申し出てくれている者に武器を貸与しても、武器の扱いを教える時間的な余裕は無い。
戦闘の心得がある五百の兵と、武器を持っただけの一般人ニ千人が対決したとして、一般人が勝てる見込みは薄い。それが現実だ。
イーリスは意見する。
「なら兵を雇いましょう。王国軍に属さない、商人や旅人の護衛などをして生活する傭兵がいる。この世で一番数が多いのは、中立の人間よ!」
「世間知らずのわりに機転が利くねー」
「何かおっしゃいまして?」
風の速さで後頭部を叩かれたディーが、目尻に涙を浮かべ頭をおさえる。
「いたたた、傭兵を雇いたいなら城下町に行かないとね。城下町のスラム寄り、平民ならまず近寄りたがらない盛り場。彼らは平民の多い明るいところより、ワケアリの人間が多い暗いところを好む傾向にある」
「そうなんですね。では武器が届く前に、傭兵たちを雇って、仲間に引き入れましょう。今から出立すれば夜になる前に城下に着くと思うの」
イーリス自ら話をつけにいく発言に全員が凍りついた。
「いけません姫様。姫様のような身分の方が行くところではありません。行くなら私が」
「そうでございます、姫。アムルの言うとおり、そういうことは配下に任せるのです」
アムルとナジャーが、暴走するイーリスをたしなめる。
「この反乱軍は私とファジュルが旗頭なのですよ。お願いする立場の頭が行かずして話し合いが成りますか!」
腕をまくり荷物に手をかけ、一人でも敵地に突っ込んで行ってしまいそうなほどに燃えている。
「うーん。こうと決めたら絶対に譲らない。妙なところがアンナとそっくりだ」
「伯父さん感心してる場合じゃないよ。イーリスのバカを止めて」
「私はバカではありません!」
騒々しくなったイーリスに、ファジュルが物申した。
「俺とアムルだけで行くから、イーリスは武器が届くまでここで待機。どちらか片方が行けば問題ないだろう。それに、傭兵がすでにガーニム側についている可能性も捨てきれない。二人とも討たれたらお終いだぞ」
「う……」
もっともな説得に、イーリスはようやく腰を落ち着けた。
「それと、ルゥの様子を見ていてくれ。なんだかぼんやりしていて、具合が良くないのかもしれない」
「え、そうなの、ルゥルア。ごめんなさい、気づかなくて」
ルゥルアは会議中一度も口を開かなかった。ファジュルの肩に頭をあずけ、ひどく眠そうにしている。イーリスが支えると、イーリスによりかかるようにして眠りに落ちた。
ヨハンもルゥルアの手首に触れ、額に手を当てて目を細める。
「……むくみと、少し体温が高いか。ナジャーさん、ここ数日ルゥルアの食欲はどうでした?」
「ここ七日ほどは、果物と、水を多く摂っていたと思います。果物はマンゴーやデーツと言った味の強い物ですね。そのかわり、パンなどの乾いたものはあまり食べられないようです」
ナジャーは長く王族の乳母をしてきただけあり、誰が何を食べたか、残したかなど把握している。
ルゥルアはこのまま革命を成せば、ファジュルの妻……王妃となる存在。
だからイーリス、ファジュルと並んでルゥルアの食事の子細を気にしていた。
ヨハンとナジャーのやり取りに、ファジュルは不安を覚える。
ただ眠くなっただけではないのだろう。
かと言って、少し前のファジュルのような、過労で倒れるほどの無茶をルゥルアがするとは思えない。
「先生、ルゥは治療しなければならないような状況か?」
「ああ、病ではないのは確かです。心配はいりませんよ。本人から話を聞くのと、何日か様子を見てからでないと確信を持って言えませんが、もしかしたら……」
王都の調査に出たメンバーからは、スラムにいた頃ヨハンの診療所に出入りしていた男が、王城内部の見取り図を提供してくれたこと。
リダを筆頭に、スラムの人間は決起するなら力を貸してくれることを話す。
ファジュルたちからは、ハインリッヒ伯が武器と資金を提供してくれることを伝える。
話し合いの合間に、サーディクが手を挙げて質問を挟む。
「なー、そのハインリッヒって人、一介の貴族にすぎないんだろ。戦争に加担するのに本国の……ルベルタの王様の指示を仰がなくていいわけ? そもそも辺境伯ってなんなん?」
今は家出中とはいえ、イーリスは王女。専門書を読み上げるかのような答えを返す。
「ルベルタのように国土が広い国の場合、国王一人が辺境まで管理するのはとても大変なの。そういうときは王都から遠い辺境の貴族に統治権を与えて、施政の代行を頼むのよ」
「へー」
「真面目に聞く気がないなら質問しないでよサーディク。出資してくれる人のことくらい覚えな。ここで毎日ごはんを食べられるのも、出資者がいてこそなんだからね」
「へーへー」
貧民生まれ貧民育ちのサーディクは、貴族の誰が偉いだのなんだのという話は雲の上の話。イーリスとディーが真面目に教えてくれても、話半分だった。
ヨハンがファジュルの意向を確認してくる。
「ファジュル様。スラムを探っている兵たちはどう対処しますか」
「あと五日ほどで武器がこちらに届く手はずになっている。届き次第スラムに向かい、兵を撤退させよう。話し合いできるならそれに越したことはない」
ファジュルの父は、ガーニムの手により一方的に殺されてしまった。話し合いの余地もなく。
「ガーニムの配下も、全員が全員ガーニムに忠誠を誓っているわけではないだろう。アムルのように脅されている者が、まだいるかもしれない。そういう人までひとくくりにガーニム軍として排除したくはないんだ」
「敵に対しても優しいのは立派だけどねー、兄さん。説得できない兵のほうが多いよ。そうなったら戦闘に突入。ボクらの中でどれだけの人数がまともに戦えると思うのさ」
ディーは話し合いで解決する道を否定する。
戦うと言うのは簡単だが、現在反乱軍の戦力になる人間は片手の数より少ない。
一番戦えるのは、兵として日夜訓練していたアムル。
剣舞と武術をたしなむディー、同じ剣舞と武術を学んでいたヨハン。
それから喧嘩上等で生活していたサーディク。
ファジュルはまともに戦えるうちに数えられないし、子どものユーニス、右腕が動かないラシードも戦いの場には足手まといになるだろう。
スラムの中で協力を申し出てくれている者に武器を貸与しても、武器の扱いを教える時間的な余裕は無い。
戦闘の心得がある五百の兵と、武器を持っただけの一般人ニ千人が対決したとして、一般人が勝てる見込みは薄い。それが現実だ。
イーリスは意見する。
「なら兵を雇いましょう。王国軍に属さない、商人や旅人の護衛などをして生活する傭兵がいる。この世で一番数が多いのは、中立の人間よ!」
「世間知らずのわりに機転が利くねー」
「何かおっしゃいまして?」
風の速さで後頭部を叩かれたディーが、目尻に涙を浮かべ頭をおさえる。
「いたたた、傭兵を雇いたいなら城下町に行かないとね。城下町のスラム寄り、平民ならまず近寄りたがらない盛り場。彼らは平民の多い明るいところより、ワケアリの人間が多い暗いところを好む傾向にある」
「そうなんですね。では武器が届く前に、傭兵たちを雇って、仲間に引き入れましょう。今から出立すれば夜になる前に城下に着くと思うの」
イーリス自ら話をつけにいく発言に全員が凍りついた。
「いけません姫様。姫様のような身分の方が行くところではありません。行くなら私が」
「そうでございます、姫。アムルの言うとおり、そういうことは配下に任せるのです」
アムルとナジャーが、暴走するイーリスをたしなめる。
「この反乱軍は私とファジュルが旗頭なのですよ。お願いする立場の頭が行かずして話し合いが成りますか!」
腕をまくり荷物に手をかけ、一人でも敵地に突っ込んで行ってしまいそうなほどに燃えている。
「うーん。こうと決めたら絶対に譲らない。妙なところがアンナとそっくりだ」
「伯父さん感心してる場合じゃないよ。イーリスのバカを止めて」
「私はバカではありません!」
騒々しくなったイーリスに、ファジュルが物申した。
「俺とアムルだけで行くから、イーリスは武器が届くまでここで待機。どちらか片方が行けば問題ないだろう。それに、傭兵がすでにガーニム側についている可能性も捨てきれない。二人とも討たれたらお終いだぞ」
「う……」
もっともな説得に、イーリスはようやく腰を落ち着けた。
「それと、ルゥの様子を見ていてくれ。なんだかぼんやりしていて、具合が良くないのかもしれない」
「え、そうなの、ルゥルア。ごめんなさい、気づかなくて」
ルゥルアは会議中一度も口を開かなかった。ファジュルの肩に頭をあずけ、ひどく眠そうにしている。イーリスが支えると、イーリスによりかかるようにして眠りに落ちた。
ヨハンもルゥルアの手首に触れ、額に手を当てて目を細める。
「……むくみと、少し体温が高いか。ナジャーさん、ここ数日ルゥルアの食欲はどうでした?」
「ここ七日ほどは、果物と、水を多く摂っていたと思います。果物はマンゴーやデーツと言った味の強い物ですね。そのかわり、パンなどの乾いたものはあまり食べられないようです」
ナジャーは長く王族の乳母をしてきただけあり、誰が何を食べたか、残したかなど把握している。
ルゥルアはこのまま革命を成せば、ファジュルの妻……王妃となる存在。
だからイーリス、ファジュルと並んでルゥルアの食事の子細を気にしていた。
ヨハンとナジャーのやり取りに、ファジュルは不安を覚える。
ただ眠くなっただけではないのだろう。
かと言って、少し前のファジュルのような、過労で倒れるほどの無茶をルゥルアがするとは思えない。
「先生、ルゥは治療しなければならないような状況か?」
「ああ、病ではないのは確かです。心配はいりませんよ。本人から話を聞くのと、何日か様子を見てからでないと確信を持って言えませんが、もしかしたら……」