俺から電話がかかってきた母が窮地の俺を救う話

「母さん、俺だよ、俺俺」

 受話器をとったら、相手がそんなことを言い出した。ナンバーディスプレイには知らない番号が表示されている。
 うちに息子は一人しかいない。

「タカシかい?」
「ああ。タカシだ。会社の車で事故起こしちまってさ。示談金が必要なんだ。母さんしか頼れないんだ」
「そんな、タカシお前いつのまに……」
「ごめん、すぐ返すから。二百万なんだけど」

 タカシの後ろでは「はよせいやワレェ」「弁償しろ!」などと男たちが怒鳴っているのが聞こえる。なんてかわいそうなタカシ。私が救ってあげなきゃ。

「タカシ。母さんすぐに用意するから一旦電話を切るわね」
「あ、あぁ。すまない。○●駅西口で待っているから。十四時に来てくれ」

 電話を切った私はすぐに受話器を持ち上げる。
 母として、我が子にしてやれる最善の策だ。

「すみません、タカシが怖い人に脅されているんです。タカシですか? お恥ずかしい話ですけどね、もう三十年ひきこもっているんです。いま、会社の車で事故を起こして示談金を要求されているらしくて。十四時に○●駅の西口に二百万持ってこいって。ええ。はい。母さんなんて呼ばれたの四十年ぶりよ。いつもはババアって……それにしてもあの子、いつのまに免許なんて取ったのかしら。ああ、タカシの電話番号ですか? 0☓☓の……はい、はい。まあ、助けに向かっていただけるのですか。ありがとうございます」

 タカシの窮状を伝え終えて受話器を置くと、子供部屋からどなり声が飛んできた。

「おいババア、はやく飯出せ!」

 あらまあ、タカシったら。事故を起こしたって言っていたのに、いつ帰ってきたのかしら。
 のんきにご飯を要求できるなら、焦って警察に電話するまでもなかったのね。母さん失敗しちゃったわ。


END


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