一章 セツカと時の鎖
買い物を終えて屋敷に戻ると、フェンさんはもう帰ったあとだった。
頼まれていたものがすべて揃っているのを確認して、アーノルドさんのいる書斎に届ける。
書斎には数年前に亡くなった先代当主、シャムロックの蔵書がそのままにされている。
世界各地から集められた本は……失礼かと思うが悪趣味なものばかり。
義父の遺品だから捨てずに置こうと残しているアーノルドさんを尊敬する。
「失礼します、アーノルドさん。これ、頼まれていたものです」
「ありがとな、セツカ。助かるよ」
「アクセサリーは、鈴蘭のイヤリングにしてみました。リーンは花が好きだから」
選ぶときに本人がずっと横にいて、「これ可愛い」と言っていたから、さすがに他のアクセサリーのように投げることはしないはずだ。
「面倒なこと頼んですまなかったな」
「俺は使用人ですから、気を使わなくてもいいです」
「セツカ。他の使用人達の目があるから使用人という形になっているだけで、俺にとってセツカは我が子同然だ。寂しいことを言わないでくれ」
アーノルドさんが俺の頭を撫でる。拾われた頃は見上げるばかりだったけれど、今は目線が同じ高さ。
時の流れを感じずにはいられない。
「……こんなにも早くこれを渡す日が来てしまうなんて思わなかったよ」
アーノルドさんはどこか悲しそうな目をしながら、俺の手に銀色の懐中電灯を握らせた。
手のひらにすっぽり収まるが、懐中時計にしては鎖が長い。一メルテ(※1)はありそうだ。
蓋には天球儀に似た文様が刻まれていて、なぜか蓋は開かない。
色味からしてたぶん銀製。真鍮 や金 ではない。
かなり使い込まれていて、年季が入ったものだとひと目でわかる。
「これは」
「十五年前、セツカを俺に託した人から預かった。然るべき時が来たら渡すようにと言われていた」
誰かが、俺をアーノルドさんに託した。
この不思議な時計とともに。
その人は俺の家族なんだろうか。
なんの目的で、手放したんだろう。
「セツカはずっと自分の過去を知りたがっていただろう。その時計を持って、時 の森 を目指せ」
「……そこに行けば、俺がなくした記憶の手がかりも見つかる?」
アーノルドさんは是とも否とも言わない。
「アーノルドさん。ひとつ、聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「俺を貴方に託した人は、今どこにいますか」
その人に聞きたい。
なぜ俺を手放したか。
然るべき時とは何なのか。
アーノルドさんは言い淀んで視線を落とし、それから意を決したように俺を見た。
「……もう、いない。お前と時計を俺に託したあと、光に溶けて消えてしまった」
人間がそんなふうに失われるわけがない。
光魔法にしても、そんな術があるなんて聞いたことがない。
「もしかしてその人は、禁術を使った?」
この世界には二大禁忌とされるものがある。
死者の蘇生と、時の改変。
禁忌に触れた者は神の罰を受けると、遙か昔から語り継がれている。
例えばその人が俺の親だったとして、死んでしまった我が子を蘇生させようとして、神の怒りに触れて消えてしまった、とは考えられないか。
俺の体を構成する色が普通の人と違うのも、禁術による影響?
アーノルドさんは首を左右に振る。
「すまないセツカ。俺は魔法学を受けていないからわからない」
「そう、ですか」
今は何もわからないけれど、時の森に行けばきっと、手がかりがあるはずだ。
※1長さの単位
1メルテ=1メートル
頼まれていたものがすべて揃っているのを確認して、アーノルドさんのいる書斎に届ける。
書斎には数年前に亡くなった先代当主、シャムロックの蔵書がそのままにされている。
世界各地から集められた本は……失礼かと思うが悪趣味なものばかり。
義父の遺品だから捨てずに置こうと残しているアーノルドさんを尊敬する。
「失礼します、アーノルドさん。これ、頼まれていたものです」
「ありがとな、セツカ。助かるよ」
「アクセサリーは、鈴蘭のイヤリングにしてみました。リーンは花が好きだから」
選ぶときに本人がずっと横にいて、「これ可愛い」と言っていたから、さすがに他のアクセサリーのように投げることはしないはずだ。
「面倒なこと頼んですまなかったな」
「俺は使用人ですから、気を使わなくてもいいです」
「セツカ。他の使用人達の目があるから使用人という形になっているだけで、俺にとってセツカは我が子同然だ。寂しいことを言わないでくれ」
アーノルドさんが俺の頭を撫でる。拾われた頃は見上げるばかりだったけれど、今は目線が同じ高さ。
時の流れを感じずにはいられない。
「……こんなにも早くこれを渡す日が来てしまうなんて思わなかったよ」
アーノルドさんはどこか悲しそうな目をしながら、俺の手に銀色の懐中電灯を握らせた。
手のひらにすっぽり収まるが、懐中時計にしては鎖が長い。一メルテ(※1)はありそうだ。
蓋には天球儀に似た文様が刻まれていて、なぜか蓋は開かない。
色味からしてたぶん銀製。
かなり使い込まれていて、年季が入ったものだとひと目でわかる。
「これは」
「十五年前、セツカを俺に託した人から預かった。然るべき時が来たら渡すようにと言われていた」
誰かが、俺をアーノルドさんに託した。
この不思議な時計とともに。
その人は俺の家族なんだろうか。
なんの目的で、手放したんだろう。
「セツカはずっと自分の過去を知りたがっていただろう。その時計を持って、
「……そこに行けば、俺がなくした記憶の手がかりも見つかる?」
アーノルドさんは是とも否とも言わない。
「アーノルドさん。ひとつ、聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「俺を貴方に託した人は、今どこにいますか」
その人に聞きたい。
なぜ俺を手放したか。
然るべき時とは何なのか。
アーノルドさんは言い淀んで視線を落とし、それから意を決したように俺を見た。
「……もう、いない。お前と時計を俺に託したあと、光に溶けて消えてしまった」
人間がそんなふうに失われるわけがない。
光魔法にしても、そんな術があるなんて聞いたことがない。
「もしかしてその人は、禁術を使った?」
この世界には二大禁忌とされるものがある。
死者の蘇生と、時の改変。
禁忌に触れた者は神の罰を受けると、遙か昔から語り継がれている。
例えばその人が俺の親だったとして、死んでしまった我が子を蘇生させようとして、神の怒りに触れて消えてしまった、とは考えられないか。
俺の体を構成する色が普通の人と違うのも、禁術による影響?
アーノルドさんは首を左右に振る。
「すまないセツカ。俺は魔法学を受けていないからわからない」
「そう、ですか」
今は何もわからないけれど、時の森に行けばきっと、手がかりがあるはずだ。
※1長さの単位
1メルテ=1メートル