二章 アイセと声無き少女

 翌朝。
 ボクは騎士団に挨拶して村の跡地を発った。
 ヤマトは東国文字の読み書きができるから、拠点に残って遺留品の解読を手伝うのを頼んだ。
 ウルさんが馬で送ってくれると言うから、サウザン北端の村まで頼んだ。
 馬に揺られながら、手綱を握るウルさんが心配そうにいう。

「やはり僕たちの誰かが護衛をしたほうが良いと思うのですが」
「ボク、見た目はこの通りただの吟遊詩人だからね。神子だと話したって信じちゃもらえないよ。そのほうが都合がいい」

 見た目は吟遊詩人なのに騎士を何人も従えているほうが悪目立ちする。
 
「……そうですか。どうかお気をつけて。僕たちはまだしばらく現地調査をするので、なにか進展がありましたらあの拠点にお願いします」
「わかった」
 
 村の外で下ろしてもらい、サウザンの村に入る。
 まだ昼前だから、人通りも多い。

 大荷物を積んだ行商人を見つけ、声をかける。

「ねぇ、おじさん。ボク首都に行きたいんだけど、乗せてってくれる? 片道だけでいいからさ」
「おう。百ジェムでどうだね」
「おっけ。交渉成立ね」

 商人にジェムコインを渡して荷車の隙間に腰を落ち着ける。
 乗り心地はあまりよろしくないが、徒歩で荒野と砂漠を抜けるなんて自殺行為だ。
 
 話し相手が欲しかったのか、商人はあれこれとりとめない話しをする。
 情報収集になるから、ボクは耳を傾ける。

「そういやぁ兄ちゃん、命の神子様を知っているかい。どんな怪我も魔法で治してくださるんだ。この間なんて市場が火事で焼けちまってな、たくさんの人が大火傷で病院にかつぎこまれて、虫の息だったんだ。それを神子様はパパっと治した。癒やしの魔法ってのはすごいもんだ」
「へぇ。そんなすごいんだ」

 言われなくても知ってるし、何度も会っている。
 無愛想で相性も良くないから嫌いだけど。
 ヤツの心は混線しているというか、十人の声を一度に聞いているみたいにこんがらがっていて聞き取りにくい。

 マーガレットの村を襲ったかもしれない奴なのに、国民から大絶賛されているのを聞くとなんかムカつくなぁ。
 シオンだって、他の人たちだって、もっと生きたかったはずなのに。 
 治癒魔法の使い手が人を殺して回る理由がわからない。


「この前って、いつ頃の話?」
「そうさな、ノーゼンハイムで野盗が村を襲ったとかなんとか、そんな事件があっただろ。あの少し前だよ」
「え、あー、あの事件かぁ。知ってる知ってる」

 時系列を考えると、サウザンの大火災のあとにマーガレットの集落が襲われている?
 因果関係があるかもしれない。

「あの事件の犯人捕まってないからさ、おじさんも気をつけなよね。あの村ノーゼンハイムの南端だから、サウザンに近いじゃん」
「そういう兄ちゃんも、ひとり旅は危険だろう。だからこの荷車に乗り込んだ」
「襲われたくないんじゃなくて、歩くのが嫌だからだよ。ボクらを襲う理由なくない?」


 |命の神子《犯人》がいまサウザン首都にいるなら、この荷車が襲われることはない。

「大丈夫なんて思っていると危ないぞ。命の神様に旅の無事をお祈りしとこうじゃないか」

 おじさんは右手の平を左胸に当てて目をつむる。

「命の神様。どうか見守っていてください……よし。これで安心だ」

 馬鹿だなぁ人間って。
 この人に限らず、だいたいのやつは心から、祈っとけば大丈夫と思ってる。
 祈ったって、神は助けてくれやしないよ。


 現にボクは……九年戦争のとき戦場ど真ん中で何度祈った。
 鎖で繋がれて、一秒でも早く戦争が終われと願っていたのに、終わるまで九年かかった。

 騎士たちがセリを討ち取ってはじめて終戦が成された。
 祈るだけじゃ意味はない。
 自分で動かなきゃ、何も変わらないんだ。 
 
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