二章 アイセと声無き少女

 まずはお互いの進捗を伝えることになった。
 開けた場所にテントが張られていて、一番大きな拠点は急ごしらえの簡易テーブルが設えられている。

 日がすっかり落ちて、町からも遠く離れている場所だから、明かりはカンテラの光だけ。 団長さんとウルさん、ヤマト、僕で話をする。
 野営用のカップに水を用意してくれたから、ありがたくそれで喉を潤す。ここの集落は一応井戸があって、村の生活用水は井戸でまかなっていたようだ。

 マーガレットの名前と、犯人が金髪だったことはすでにせっちゃんが報告書を送っているから、騎士団は知っている。それ以降にわかったことを話す。

「まずはこっちでわかっていることだけど、マーガレットは自分が貴族であることを知らない。兄のシオンも同様に。それと、ノーゼンハイムの学校教育を受けていないんだって。家族の誰も、ノーゼンハイム文字を読み書きできないって言っていた」
「あの子は言葉を話せないのでは? それとも、あちらの医者に診せて良くなったのですか」

 ウルさんが怪訝そうな顔をする。

「いや。喋れないままだよ。医者の話だと生まれつき話せないのではなくて、襲われたときの精神的ショックによるものではないかって。…………僕の魔法は相手の心を読むものだから、マーガレットの心の声を聞いたんだ」

 港町の人間は、心を読めるなんて気持ち悪いといって僕に近寄らなかった。だからここで自分の魔法のことを口にするのは気が引けた。でも、協力し合うならそうも言っていられない。

「心を読む魔法か。すごいですね。じゃあ今アーノルドが考えていることわかります?」
「お前なぁ。なぜ自分でなく俺のことを……」

 いきなり自分に飛び火して、団長さんがウルさんの頭を小突く。幼い頃からのやりとりだってよくわかる。貴族なのに、貴族らしくない。それは庶民として孤児院で育ったからなんだろうな。

「ガキの頃から変わってねーな。って思ってるね」
「おお、当たってる当たってる。ウルがガキのときにその魔法を使えたら、絶対いたずらに使ってたよな」
「使えなくてもアーノルドは顔や態度に出るからね。隠し事できないタイプ。20点のテストを机の中に隠していた時なんて……」
「あーあー、それはおいといて、こっちでわかったことを報告します」

 ウルさんの言葉を遮って、団長さんは居住まいを正す。後方に座っていたヤマトが笑いをこらえて震えている。この人たち放っておくとコントみたいなやりとりになるもんね。

「まず、首都に戻って戸籍をあたったが、マーガレットとシオン両名の名前は記載されていなかった。つまり、兄妹はノーゼンハイム国籍を持っていない。他国の戸籍については調べてもらっている最中です。それから、村人たちの死因は刺殺、と報告していましたが、シオン君は外傷がなく、低体温によって死亡したと鑑定されました。亡くなった集落の人間全員に言えることですが、栄養失調状態にあったようです」

 被害者の写真が並べられて、一瞬目を背けたくなった。
 九年戦争で戦場に立っていたから、普通に生活している人間よりは人の死を見てきた。でも、それを差し引いても気分がいいものじゃない。

「それと、シオンは魔力枯渇状態にあった。普通は亡くなっても、体に魔力は残るものです。まるで、根こそぎ吸い取られたかのようだと監察医が不信がっていました」

 事件が起きたのは深夜。全員、眠っている間に胸をひと突きにされている。
 たしかにシオンだけ刺された痕がない。防寒着の類いを身につけていなくて、そして右手には木刀を握りしめていた。かなり使い込まれていて、刀身は傷だらけ。

「……あれ、木刀? まるで、誰かに襲撃されるのがわかっていたみたいじゃないですか? それに、なんで深夜に起きていたんでしょう。いきなり襲われたなら、逃げるのに必死で上着をはおっている暇なんてないですよね」

 ヤマトが写真を見て指摘する。
 確かに不自然だ。襲撃に備えて武器と防寒着を用意しているなんて。

「そういえば、マーガレットが言っていた。シオンの天気予報は必ず当たるって。もしかしたら、未来予知の魔法でも持っていたのかもしれない」
「そんな魔法、あるんですか?」
「二十七年神子やってきて、一度も聞いたことがないね。ボクが知らないだけで、あるのかもしれない。そうでないと説明がつかない」

 シオンは黒髪なら、なにかしら“自然の魔法”を持っていたはずだ。
 貴族に使えるのは自然の魔法だけなんだから。


image

ツギクルバナー
9/11ページ