二章 アイセと声無き少女
「せっちゃん。せっちゃんがマーガレットに文字を教えて意思疎通できるようになるなら、ボクはちょっと犯人捜しのために村に行ってみようと思うんだ」
もしも本当に命の神子が犯人だとしたら。
あの男ならやりかねないという気持ちと、そうであってほしくないという気持ちがごちゃ混ぜになっている。
『もしかして、マーガレットの話で気になる点があったのか?』
心の中で聞いてくる。さすがせっちゃん、察しがいい。ボクは深く頷く。
「なら、任せる」
「うん。任せて」
マーガレットはボクらの話がなんなのか理解できていないから、目をぱちくりさせている。
「村で騎士団のみんなが犯人の手がかりを探している。だからボク手伝いに行ってくるんだよ」
事件のことを思い出したのか、マーガレットは青ざめた。
事件からかなりの日数が経っていて向こうからなにも出てないっていうのも不可解だ。
『あぶない』
「ボクは他の誰にも知られずに、この情報を持って行かなきゃいけない。ボクに神官はいないから、そうだな……せっちゃんの神官さんから誰か一人、つけてくれる? 見た目平民と変わらないせいで、村の調査を手伝いに来たって言っても騎士に怪しまれかねないからさ」
「そうだな。あと一筆したためておこうか」
「さすがせっちゃん、気が利くー」
せっちゃんが神官を呼び、ボクが村の調査に行くこと、誰か補佐として同行して欲しいと言うと、ヤマトが名乗り出てくれた。
ソレイユは申し訳なさそうに頭を下げて謝る。
「村を襲った犯人が魔法士であるなら、魔法士である私が行くのが順当なのでしょうが、申し訳ありません。私の魔法は雷魔法……木々が生い茂る場所、木造のものが多い場所では二次災害を起こしてしまいます」
「あー、たしかに。落雷で森林火災がおきるって話よく聞くもんね。護衛どころか自分たちごと森が燃えちゃう」
そんなわけで、ヤマトひとりだけをつれて村に向かうことになった。
港町に降りて騎士団の駐屯所で馬を借りる。
もう十八年は前に、式典のために乗れるようになっとけって、マリアにしつこく、しつっこく習わされたから一応乗馬できるよ。
こんなところで役立つなんて思わなかった。
ヤマトの方を見ると、難なく乗りこなしている。
「あんたも乗れるの? 神官になるのに必須条件だったりする?」
「いえ。出身が東国なので」
「なるほどねぇ」
東国は地形上、山が多く、ほぼ平野なエンジュやノーゼンハイムのような馬車移動が確立されていない。
山間部の集落に行くのは徒歩か馬の二択だ。
途中途中の町で馬を休ませながら、五日。
ようやく目的地の林までたどり着いた。
「こんなとこに集落なんてあるの……? 地図には載ってないけど」
「騎士団の話では、確かにここです」
よくよく見れば、人工的に木々の枝を伐採した跡がどこかに向かって続いている。
調査のために騎士が何度も往復するから、そのために拓いたようだ。
これなら馬でも進める。
大分進んだ先で道が開けて、湖のそばに煮炊きするための広場があった。
置いてある鍋やヘラはけっこう年季が入っているから、マーガレットがいた集落の人たちが生活するために作った場所だとわかった。
騎士団が一時的に駐留するなら、こんな大規模なものにしない。
付近には円状に白くて細い花びらが並ぶ花が咲いていて、せっちゃんが好きそうだななんてふと思う。
「神子様が好きそうですね」
「あ、君もそう思う? そうだよね。一輪摘んで持って行こうかな。それに、たぶんこの辺でしょ、騎士団が調査にあたっているのって」
馬を降りると、馬も湖に近づいて水を飲み始めた。
ボクも休息がてら花を摘んで、手帳のあいだに入れておく。
「じゃあここに馬をつないで……っと」
このあたりに騎士団がいることがわかっているなら、盗賊の類いだって近寄ってこない。
ヤマトと二人で、地図の印がついた場所に向かう。
ボロい小屋が数件と、騎士団の制服を着た男たちが見えた。他のところに数名調査に行っているのかな。いまここには四人いる。
「すみません、騎士団のみなさん」
ヤマトが声をかけると、騎士は一斉に剣を抜いて振り返った。
「何者だ!」
警戒心をむき出しにしていて、しかも数名、『まさか犯人が現場に戻ってきたのか』『これだけの事件を起こしたんだから複数犯もうなずける』なんて早とちりをしている。
「ちょっとまって、まって! ボク、調査に来た人だから! 伝書、届いているよね!?」
「ぼくも補佐で来ました、時の神子様の神官でヤマトと申します」
剣を抜いた騎士たちを制止したのは、背が高い金髪の男性だった。
隊長の腕章をしている。
「やめなさい。その方が着ているのは確かに時の神子様の神官服。そこの彼も、祈願祭で顔を見た覚えがあります」
あ、そういえば時の神子の神官に扮していたよねボク。そのときこの隊長さんも警備にあたっていたのか。
ボクってば運がいい!
「これ、せっちゃん……じゃなくて、時の神子様からの手紙です。調査の協力をするようにと」
「確かにあずかりました。今アーノルドは王都へ報告に行っていて不在でして。今日中に戻る予定なのでお待ちいただければと思います」
とても丁寧な物腰の人だなあ。って、
「あれ、アーノルドって、騎士団長さんを呼び捨て? 見たところ隊長さんは部下だよね」
隊長さんは笑って種明かしをしてくれた。
「僕はウル。騎士団参謀を務めています。アーノルドとは同じ孤児院で育ったきょうだいみたいなものなので、敬語を使うと泣いちゃうんですよ。「お前にそんな扱いされるのは気分悪いからやめてくれ」って」
「おいこら。俺がいつ泣いた。言ってみろウル」
ボクとヤマトの後ろから声がして、そこに団長さんが立っていた。仏頂面をしていたけど、ボクに気づくと最敬礼してその場に膝をつく。
「……! これは愛の神子様! このたびはご協力感謝いたします」
他の騎士たちは一様に驚いている。
「あ、愛の神子!? この男が!?」
「貴色じゃないのに!?」
しつれーしちゃうなあ。
魔法を使える=貴色は当てはまらないって、せっちゃんの存在で学んだだろうに。
「どーも。こんな色だけど愛の神子だよ。時の神子に頼まれて協力してるから、敵じゃないからね。そこんとこよろしく」
ボクが愛の神子だとわかったとたん、団長さんとウルさん以外の騎士全員が、ものすごく複雑そうな顔になった。愛の神子のせいで九年戦争になったっていう戦後の教育を受けた人たちだからね……、この反応すっごく傷つくなあ。
なにはともあれ、騎士団の調査部隊と合流できた。
もしも本当に命の神子が犯人だとしたら。
あの男ならやりかねないという気持ちと、そうであってほしくないという気持ちがごちゃ混ぜになっている。
『もしかして、マーガレットの話で気になる点があったのか?』
心の中で聞いてくる。さすがせっちゃん、察しがいい。ボクは深く頷く。
「なら、任せる」
「うん。任せて」
マーガレットはボクらの話がなんなのか理解できていないから、目をぱちくりさせている。
「村で騎士団のみんなが犯人の手がかりを探している。だからボク手伝いに行ってくるんだよ」
事件のことを思い出したのか、マーガレットは青ざめた。
事件からかなりの日数が経っていて向こうからなにも出てないっていうのも不可解だ。
『あぶない』
「ボクは他の誰にも知られずに、この情報を持って行かなきゃいけない。ボクに神官はいないから、そうだな……せっちゃんの神官さんから誰か一人、つけてくれる? 見た目平民と変わらないせいで、村の調査を手伝いに来たって言っても騎士に怪しまれかねないからさ」
「そうだな。あと一筆したためておこうか」
「さすがせっちゃん、気が利くー」
せっちゃんが神官を呼び、ボクが村の調査に行くこと、誰か補佐として同行して欲しいと言うと、ヤマトが名乗り出てくれた。
ソレイユは申し訳なさそうに頭を下げて謝る。
「村を襲った犯人が魔法士であるなら、魔法士である私が行くのが順当なのでしょうが、申し訳ありません。私の魔法は雷魔法……木々が生い茂る場所、木造のものが多い場所では二次災害を起こしてしまいます」
「あー、たしかに。落雷で森林火災がおきるって話よく聞くもんね。護衛どころか自分たちごと森が燃えちゃう」
そんなわけで、ヤマトひとりだけをつれて村に向かうことになった。
港町に降りて騎士団の駐屯所で馬を借りる。
もう十八年は前に、式典のために乗れるようになっとけって、マリアにしつこく、しつっこく習わされたから一応乗馬できるよ。
こんなところで役立つなんて思わなかった。
ヤマトの方を見ると、難なく乗りこなしている。
「あんたも乗れるの? 神官になるのに必須条件だったりする?」
「いえ。出身が東国なので」
「なるほどねぇ」
東国は地形上、山が多く、ほぼ平野なエンジュやノーゼンハイムのような馬車移動が確立されていない。
山間部の集落に行くのは徒歩か馬の二択だ。
途中途中の町で馬を休ませながら、五日。
ようやく目的地の林までたどり着いた。
「こんなとこに集落なんてあるの……? 地図には載ってないけど」
「騎士団の話では、確かにここです」
よくよく見れば、人工的に木々の枝を伐採した跡がどこかに向かって続いている。
調査のために騎士が何度も往復するから、そのために拓いたようだ。
これなら馬でも進める。
大分進んだ先で道が開けて、湖のそばに煮炊きするための広場があった。
置いてある鍋やヘラはけっこう年季が入っているから、マーガレットがいた集落の人たちが生活するために作った場所だとわかった。
騎士団が一時的に駐留するなら、こんな大規模なものにしない。
付近には円状に白くて細い花びらが並ぶ花が咲いていて、せっちゃんが好きそうだななんてふと思う。
「神子様が好きそうですね」
「あ、君もそう思う? そうだよね。一輪摘んで持って行こうかな。それに、たぶんこの辺でしょ、騎士団が調査にあたっているのって」
馬を降りると、馬も湖に近づいて水を飲み始めた。
ボクも休息がてら花を摘んで、手帳のあいだに入れておく。
「じゃあここに馬をつないで……っと」
このあたりに騎士団がいることがわかっているなら、盗賊の類いだって近寄ってこない。
ヤマトと二人で、地図の印がついた場所に向かう。
ボロい小屋が数件と、騎士団の制服を着た男たちが見えた。他のところに数名調査に行っているのかな。いまここには四人いる。
「すみません、騎士団のみなさん」
ヤマトが声をかけると、騎士は一斉に剣を抜いて振り返った。
「何者だ!」
警戒心をむき出しにしていて、しかも数名、『まさか犯人が現場に戻ってきたのか』『これだけの事件を起こしたんだから複数犯もうなずける』なんて早とちりをしている。
「ちょっとまって、まって! ボク、調査に来た人だから! 伝書、届いているよね!?」
「ぼくも補佐で来ました、時の神子様の神官でヤマトと申します」
剣を抜いた騎士たちを制止したのは、背が高い金髪の男性だった。
隊長の腕章をしている。
「やめなさい。その方が着ているのは確かに時の神子様の神官服。そこの彼も、祈願祭で顔を見た覚えがあります」
あ、そういえば時の神子の神官に扮していたよねボク。そのときこの隊長さんも警備にあたっていたのか。
ボクってば運がいい!
「これ、せっちゃん……じゃなくて、時の神子様からの手紙です。調査の協力をするようにと」
「確かにあずかりました。今アーノルドは王都へ報告に行っていて不在でして。今日中に戻る予定なのでお待ちいただければと思います」
とても丁寧な物腰の人だなあ。って、
「あれ、アーノルドって、騎士団長さんを呼び捨て? 見たところ隊長さんは部下だよね」
隊長さんは笑って種明かしをしてくれた。
「僕はウル。騎士団参謀を務めています。アーノルドとは同じ孤児院で育ったきょうだいみたいなものなので、敬語を使うと泣いちゃうんですよ。「お前にそんな扱いされるのは気分悪いからやめてくれ」って」
「おいこら。俺がいつ泣いた。言ってみろウル」
ボクとヤマトの後ろから声がして、そこに団長さんが立っていた。仏頂面をしていたけど、ボクに気づくと最敬礼してその場に膝をつく。
「……! これは愛の神子様! このたびはご協力感謝いたします」
他の騎士たちは一様に驚いている。
「あ、愛の神子!? この男が!?」
「貴色じゃないのに!?」
しつれーしちゃうなあ。
魔法を使える=貴色は当てはまらないって、せっちゃんの存在で学んだだろうに。
「どーも。こんな色だけど愛の神子だよ。時の神子に頼まれて協力してるから、敵じゃないからね。そこんとこよろしく」
ボクが愛の神子だとわかったとたん、団長さんとウルさん以外の騎士全員が、ものすごく複雑そうな顔になった。愛の神子のせいで九年戦争になったっていう戦後の教育を受けた人たちだからね……、この反応すっごく傷つくなあ。
なにはともあれ、騎士団の調査部隊と合流できた。