二章 アイセと声無き少女
遺跡に帰りつくころには夜になっていた。
神官のグレイがマーガレットにお説教をしはじめて、女性神官が「夕食ができましたよ」と呼びに来なければ一時間は続いていた。
ボクはマーガレットの手からリボンを取ると、指にはめていた神子の証の片割れを結わえ、マーガレットの首もとにむすぶ。
対の指輪と呼び合うこれは、片割れが近くにあると光を発する。
今は暗いから、ホタルみたいだ。
『なにこれ』
「迷子札。君が迷子になったとき、これで少しは探しやすくなる」
せっちゃんが心の中でだけ聞いてくる。
『マーガレットのために、いいのかい。神子の証は一つだけの至宝なのに』
「いいんだよ。ボクの役目を嫌でも教えてくる枷 でしかないから。失くしても、怒られはしないんじゃない」
『まぁ、記録によると、アイセの先代様も片方どこかにやってしまった時期があるらしいし……、前例が無いわけじゃない』
フェンネルから、ボクの先代様は旅好きで自由奔放だったと聞いている。
きっとボクと同じで、役目に縛られるのが嫌だったんだろうな。
マリアに魔法をかけた張本人なのに、フェンネルは心の中ですら一度も先代様を責めたことはない。
子ども好きで、とても心優しい女の子だった、と。
だからこそボクも、先代様を憎んだことがなかった。
せっちゃん、ボク、マーガレット、お嬢ちゃん四人でとる食事は賑やか。
ボクは終始聞き役ーーとはいかず、マーガレットの意思を通訳しつつシチューを食べた。
おかげで食事がいつもよりスローペースだ。
でも、この街に来るといつも屋台で買ったものを一人で食べていたから、誰かとワイワイご飯を食べるなんて久しぶりだ。
前に複数人でご飯を食べたのは、昨年せっちゃんとお嬢ちゃんを罠にかけるためにレストランに入ったとき。
あのときは和気あいあいではなかったから、みんなで楽しい食事っていうのはたぶんこれが初めて。
自分のペースが乱されるけれど、悪くはない。
夕食のあと、お嬢ちゃんとマーガレットはかなり打ち解けた。
「マーガレットは着の身着のままなんでしょう。家に帰ったら、私が昔着ていた服を送るわね。何色が好きかしら」
『はっぱの色』
マーガレットはリボンを持ち上げていう。
お嬢ちゃんは察して頷く。
「緑ね。私も好きよ」
『リーンさんもはっぱの色が好き、いっしょ』
まるで生まれたときから一緒に暮らしていたレベルの仲良しさん。対人スキル高すぎやしないかお嬢ちゃん。ボクなんか蹴られたのに。
寝るときは、女性神官が交代でマーガレットの見張り兼護衛をする。
最初はソレイユという人。
マーガレットは怖い夢を見るから寝つけないとうったえて、ソレイユが困り果てていた。
「眠れないなら私が子守唄を歌いましょうか。アイセ、琴を貸して」
「え、お嬢ちゃん楽器弾けるの? うるさくて目が冴えそ……ゴフ!」
手加減なしの拳が腹にねじ込まれた。
『アイセ……口は禍の門って言葉を知っているか?』
「身を持って知ったよ」
せっちゃんの心のツッコミも容赦ない。気を取り直してお嬢ちゃんに琴を貸す。
お嬢ちゃんは出窓の縁に腰かけて、ゆったりと弦を爪弾く。
愛の歌を、優しく歌い上げる。
ボクの琴は先代様が使っていたものを受け継いだ。
癖があって弾きにくいのに、初めて触るお嬢ちゃんは、もとから自分の琴だったかのように弾きこなす。
あんなに眠れないと訴えていたマーガレットは、一分もしないうちに眠りに落ちた。
『こもりうた、ばあちゃんの、こもりうたと、おなじ』
神官のグレイがマーガレットにお説教をしはじめて、女性神官が「夕食ができましたよ」と呼びに来なければ一時間は続いていた。
ボクはマーガレットの手からリボンを取ると、指にはめていた神子の証の片割れを結わえ、マーガレットの首もとにむすぶ。
対の指輪と呼び合うこれは、片割れが近くにあると光を発する。
今は暗いから、ホタルみたいだ。
『なにこれ』
「迷子札。君が迷子になったとき、これで少しは探しやすくなる」
せっちゃんが心の中でだけ聞いてくる。
『マーガレットのために、いいのかい。神子の証は一つだけの至宝なのに』
「いいんだよ。ボクの役目を嫌でも教えてくる
『まぁ、記録によると、アイセの先代様も片方どこかにやってしまった時期があるらしいし……、前例が無いわけじゃない』
フェンネルから、ボクの先代様は旅好きで自由奔放だったと聞いている。
きっとボクと同じで、役目に縛られるのが嫌だったんだろうな。
マリアに魔法をかけた張本人なのに、フェンネルは心の中ですら一度も先代様を責めたことはない。
子ども好きで、とても心優しい女の子だった、と。
だからこそボクも、先代様を憎んだことがなかった。
せっちゃん、ボク、マーガレット、お嬢ちゃん四人でとる食事は賑やか。
ボクは終始聞き役ーーとはいかず、マーガレットの意思を通訳しつつシチューを食べた。
おかげで食事がいつもよりスローペースだ。
でも、この街に来るといつも屋台で買ったものを一人で食べていたから、誰かとワイワイご飯を食べるなんて久しぶりだ。
前に複数人でご飯を食べたのは、昨年せっちゃんとお嬢ちゃんを罠にかけるためにレストランに入ったとき。
あのときは和気あいあいではなかったから、みんなで楽しい食事っていうのはたぶんこれが初めて。
自分のペースが乱されるけれど、悪くはない。
夕食のあと、お嬢ちゃんとマーガレットはかなり打ち解けた。
「マーガレットは着の身着のままなんでしょう。家に帰ったら、私が昔着ていた服を送るわね。何色が好きかしら」
『はっぱの色』
マーガレットはリボンを持ち上げていう。
お嬢ちゃんは察して頷く。
「緑ね。私も好きよ」
『リーンさんもはっぱの色が好き、いっしょ』
まるで生まれたときから一緒に暮らしていたレベルの仲良しさん。対人スキル高すぎやしないかお嬢ちゃん。ボクなんか蹴られたのに。
寝るときは、女性神官が交代でマーガレットの見張り兼護衛をする。
最初はソレイユという人。
マーガレットは怖い夢を見るから寝つけないとうったえて、ソレイユが困り果てていた。
「眠れないなら私が子守唄を歌いましょうか。アイセ、琴を貸して」
「え、お嬢ちゃん楽器弾けるの? うるさくて目が冴えそ……ゴフ!」
手加減なしの拳が腹にねじ込まれた。
『アイセ……口は禍の門って言葉を知っているか?』
「身を持って知ったよ」
せっちゃんの心のツッコミも容赦ない。気を取り直してお嬢ちゃんに琴を貸す。
お嬢ちゃんは出窓の縁に腰かけて、ゆったりと弦を爪弾く。
愛の歌を、優しく歌い上げる。
ボクの琴は先代様が使っていたものを受け継いだ。
癖があって弾きにくいのに、初めて触るお嬢ちゃんは、もとから自分の琴だったかのように弾きこなす。
あんなに眠れないと訴えていたマーガレットは、一分もしないうちに眠りに落ちた。
『こもりうた、ばあちゃんの、こもりうたと、おなじ』