二章 アイセと声無き少女
マーガレットはせっちゃんの説明を聞いて、一応はボクへの警戒をといてくれた。
けれど、なんであんなに怖がられたのかよくわからない。
旅先でボクを愛の神子だと知らない子どもには懐かれるほうなのだ。
こっちの気も知らないで今はせっちゃんの横にちょこんと座っている。
「なんでマーガレットはボクのこと怖がったの」
『村を襲った人と同じ色だった』
「なにが同じ色?」
『かみ』
……この世界にどれだけの人数、金髪の人間がいると思っているのか。
せっちゃんに訳して伝えると、せっちゃんはどうりで、と納得して自分の髪をつまんだ。
『騎士にも金髪の人が多いから、僕に保護させるっていうアーノルドさんの判断は正しかったわけだ。僕と同じ色の人間なんて、世界中探したっていない。マーガレットの保護役にぴったりだったわけだ』
こういう形で時の神子特有の色が役立つ日が来るなんて思ってもみなかっただろう。
「マーガレットはなんでいきなり飛び出してしまったんだい?」
穏やかな声音で聞かれて、マーガレットはハッとして自分のケープやマントをひっくり返しはじめた。
『そうだ、にいちゃんとおかあさんの、かたみ』
ボクの言葉を無視して、マーガレットは部屋を飛び出していった。
「ちょ、マーガレット! アイセ、マーガレットはなんだって?」
「ボクにもよくわからない。形見がないって。詳しく聞く前に行っちゃった」
「……形見を探しているのか。とにかく、はやくマーガレットを見つけないと」
マーガレットが戻ってきたとき入れ違いにならないよう神官二人が遺跡に残り、他のみんなで森に出る。
「マーガレット、どこだ! 返事し」
返事しろと言いかけて、言葉を飲み込む。返事しようにもマーガレットは今しゃべることができない。
魔法の範囲を広げ、うまく心の声を拾えることを祈りながら走る。
森の中はせっちゃんたちが探してくれるとして、問題は港町に出てしまった場合だ。
あそこは常に人がごった返している。金髪の人間もたくさんだ。
つまり、マーガレットにとっては敵味方の区別がつかない場所。
「しかたない。……探してみるしかないか」
駆け足で港町に出る門をくぐった。
ボクの姿を見るなり、港町の住人たちが害虫でも見たような顔をする。
心の声も聞くに堪えない。けれど魔法を使わないと、人混みに紛れるマーガレットを探せない。
日が傾いてきたから急がないと。
はらわたが煮えくり返る思いで町の中を走った。
広場にはいない。商店街にもいない。
走りすぎて息が苦しい。
マーガレットの声を拾えないままで、聞こえてくるのはボクを憎む連中の心の声ばかり。
くそ、魔法の使いすぎで頭が痛い。
道の端に座り込んだボクに、誰か話しかけてきた。
「アイセ! どうしたの? もしかして具合悪い?」
ボクに声をかけてきたのは、ふわふわの栗毛に、空色の瞳を持つ女の子ーーアイリーン・マーズだ。
正義感にあふれていて世話焼きな子。
心の声から、せっちゃんの仕事を手伝うつもりで港町に来たのが聞き取れた。
そうだ、この子なら絶対力になってくれる!
「お嬢ちゃん、力を貸して。実は……」
事情を説明すると、お嬢ちゃんは力強く自分の胸を叩いた。
「そういうことなら任せて。私も探すわ。これだけ人がいるんだからみんなの協力もあおぎましょう」
お嬢ちゃんは道行く旅人に声をかけて頭を下げ、迷子になってしまった子を探したいとお願いするとみんなが快くうなずいてくれる。
あっという間に二十人も協力者を集めてしまった。
「さあアイセ。早くマーガレットを見つけてあげましょう。きっと知らない町ですごく怖い思いをしているから」
「……ありがとう、お嬢ちゃん、みんな」
ボクはどうせ誰も手伝ってくれやしないと、はなから諦めていたのに。
この子の姿勢を見習おう。
商店街や町中は人が多い。人が怖いなら人がいない方に逃げたのかもしれない。
だてに十五年港町にいたわけじゃない。
この町でこの時間帯人がいない場所というと、港倉庫だ。
積み下ろしがあるのは午前中だけだから、夕刻は誰もいない。
「マーガレット! 出てこい!」
倉庫と倉庫の隙間も除きながら走り、物音がする方に目をやると、木箱の陰にマーガレットが泣きながらうずくまっていた。
『こわい、でも、にいちゃんのりぼん』
そっと歩み寄って声をかける。
「いきなりいなくなるんじゃない。みんな心配しているよ」
『アイセ』
ボクを見上げて、マーガレットは物陰から出てきた。
「早く帰るよ」
『でも、リボン』
「リボンってもしかしてこれ?」
森にいたときマーガレットと一緒に落ちてきた、緑色の古びたリボンだ。
マーガレットはリボンを見るなり目を丸くした。マーガレットはリボンを大事そうに両手で包み込む。
『そう、これ。ありがとうアイセ、これ、おかあさんと、シオンのかたみ』
「これが形見」
今回の事件、マーガレットだけが生き残ったんだった。家族との唯一のつながりがこのリボンしかないなんて、そんなの……。
マーガレットを連れて、まずは協力してくれたお嬢ちゃんたちのところに戻る。
「よかった、見つかったのね。無事でよかったわ。はじめましてマーガレット。私はアイリーンって言うの。一緒にセツカのところに帰りましょうね」
お嬢ちゃんが感極まってマーガレットに駆け寄って抱きしめる。
赤の他人のためにここまで心配できるなんて本当に優しい子だ。マーガレットはお嬢ちゃんを見上げて、嬉しそうにお嬢ちゃんに抱きつく。
『リーンさんは、お母さんに似てる。アイセ、つたえて』
「ええぇ……やだよそんなの」
お母さんみたいって、それ褒め言葉のつもりなのかな。十代の女の子が言われて喜ぶ言葉じゃないんだけど。いや、たしかに保護者っぽい雰囲気あるけど。
嫌だと言ったのに、マーガレットはじーーーーっとボクを見上げてくる。
これ通訳するまで許してくれないやつ?
「マーガレットがお嬢ちゃんのこと『お母さんみたい』って」
「よく言われるわ」
にっこり笑ってマーガレットの頭をなで、肩にかけていた鞄からあめ玉を一つ取り出した。
「マーガレット、お腹すいていない? リンゴの飴をあげる」
『ありがとう』
これは通訳しなくても口の動きでわかったみたいだ。
「うんうん。ちゃんとお礼を言えて偉いわね」
マーガレットの頭をなでる姿はまさしくオカン。
「ほんとだ、お嬢ちゃんって年の割におばちゃんみた……」
すかさず、ボクの腹にお嬢ちゃんの右ストレートが炸裂した。マーガレットも同じようなこと言ったのに何でボクだけ。
けれど、なんであんなに怖がられたのかよくわからない。
旅先でボクを愛の神子だと知らない子どもには懐かれるほうなのだ。
こっちの気も知らないで今はせっちゃんの横にちょこんと座っている。
「なんでマーガレットはボクのこと怖がったの」
『村を襲った人と同じ色だった』
「なにが同じ色?」
『かみ』
……この世界にどれだけの人数、金髪の人間がいると思っているのか。
せっちゃんに訳して伝えると、せっちゃんはどうりで、と納得して自分の髪をつまんだ。
『騎士にも金髪の人が多いから、僕に保護させるっていうアーノルドさんの判断は正しかったわけだ。僕と同じ色の人間なんて、世界中探したっていない。マーガレットの保護役にぴったりだったわけだ』
こういう形で時の神子特有の色が役立つ日が来るなんて思ってもみなかっただろう。
「マーガレットはなんでいきなり飛び出してしまったんだい?」
穏やかな声音で聞かれて、マーガレットはハッとして自分のケープやマントをひっくり返しはじめた。
『そうだ、にいちゃんとおかあさんの、かたみ』
ボクの言葉を無視して、マーガレットは部屋を飛び出していった。
「ちょ、マーガレット! アイセ、マーガレットはなんだって?」
「ボクにもよくわからない。形見がないって。詳しく聞く前に行っちゃった」
「……形見を探しているのか。とにかく、はやくマーガレットを見つけないと」
マーガレットが戻ってきたとき入れ違いにならないよう神官二人が遺跡に残り、他のみんなで森に出る。
「マーガレット、どこだ! 返事し」
返事しろと言いかけて、言葉を飲み込む。返事しようにもマーガレットは今しゃべることができない。
魔法の範囲を広げ、うまく心の声を拾えることを祈りながら走る。
森の中はせっちゃんたちが探してくれるとして、問題は港町に出てしまった場合だ。
あそこは常に人がごった返している。金髪の人間もたくさんだ。
つまり、マーガレットにとっては敵味方の区別がつかない場所。
「しかたない。……探してみるしかないか」
駆け足で港町に出る門をくぐった。
ボクの姿を見るなり、港町の住人たちが害虫でも見たような顔をする。
心の声も聞くに堪えない。けれど魔法を使わないと、人混みに紛れるマーガレットを探せない。
日が傾いてきたから急がないと。
はらわたが煮えくり返る思いで町の中を走った。
広場にはいない。商店街にもいない。
走りすぎて息が苦しい。
マーガレットの声を拾えないままで、聞こえてくるのはボクを憎む連中の心の声ばかり。
くそ、魔法の使いすぎで頭が痛い。
道の端に座り込んだボクに、誰か話しかけてきた。
「アイセ! どうしたの? もしかして具合悪い?」
ボクに声をかけてきたのは、ふわふわの栗毛に、空色の瞳を持つ女の子ーーアイリーン・マーズだ。
正義感にあふれていて世話焼きな子。
心の声から、せっちゃんの仕事を手伝うつもりで港町に来たのが聞き取れた。
そうだ、この子なら絶対力になってくれる!
「お嬢ちゃん、力を貸して。実は……」
事情を説明すると、お嬢ちゃんは力強く自分の胸を叩いた。
「そういうことなら任せて。私も探すわ。これだけ人がいるんだからみんなの協力もあおぎましょう」
お嬢ちゃんは道行く旅人に声をかけて頭を下げ、迷子になってしまった子を探したいとお願いするとみんなが快くうなずいてくれる。
あっという間に二十人も協力者を集めてしまった。
「さあアイセ。早くマーガレットを見つけてあげましょう。きっと知らない町ですごく怖い思いをしているから」
「……ありがとう、お嬢ちゃん、みんな」
ボクはどうせ誰も手伝ってくれやしないと、はなから諦めていたのに。
この子の姿勢を見習おう。
商店街や町中は人が多い。人が怖いなら人がいない方に逃げたのかもしれない。
だてに十五年港町にいたわけじゃない。
この町でこの時間帯人がいない場所というと、港倉庫だ。
積み下ろしがあるのは午前中だけだから、夕刻は誰もいない。
「マーガレット! 出てこい!」
倉庫と倉庫の隙間も除きながら走り、物音がする方に目をやると、木箱の陰にマーガレットが泣きながらうずくまっていた。
『こわい、でも、にいちゃんのりぼん』
そっと歩み寄って声をかける。
「いきなりいなくなるんじゃない。みんな心配しているよ」
『アイセ』
ボクを見上げて、マーガレットは物陰から出てきた。
「早く帰るよ」
『でも、リボン』
「リボンってもしかしてこれ?」
森にいたときマーガレットと一緒に落ちてきた、緑色の古びたリボンだ。
マーガレットはリボンを見るなり目を丸くした。マーガレットはリボンを大事そうに両手で包み込む。
『そう、これ。ありがとうアイセ、これ、おかあさんと、シオンのかたみ』
「これが形見」
今回の事件、マーガレットだけが生き残ったんだった。家族との唯一のつながりがこのリボンしかないなんて、そんなの……。
マーガレットを連れて、まずは協力してくれたお嬢ちゃんたちのところに戻る。
「よかった、見つかったのね。無事でよかったわ。はじめましてマーガレット。私はアイリーンって言うの。一緒にセツカのところに帰りましょうね」
お嬢ちゃんが感極まってマーガレットに駆け寄って抱きしめる。
赤の他人のためにここまで心配できるなんて本当に優しい子だ。マーガレットはお嬢ちゃんを見上げて、嬉しそうにお嬢ちゃんに抱きつく。
『リーンさんは、お母さんに似てる。アイセ、つたえて』
「ええぇ……やだよそんなの」
お母さんみたいって、それ褒め言葉のつもりなのかな。十代の女の子が言われて喜ぶ言葉じゃないんだけど。いや、たしかに保護者っぽい雰囲気あるけど。
嫌だと言ったのに、マーガレットはじーーーーっとボクを見上げてくる。
これ通訳するまで許してくれないやつ?
「マーガレットがお嬢ちゃんのこと『お母さんみたい』って」
「よく言われるわ」
にっこり笑ってマーガレットの頭をなで、肩にかけていた鞄からあめ玉を一つ取り出した。
「マーガレット、お腹すいていない? リンゴの飴をあげる」
『ありがとう』
これは通訳しなくても口の動きでわかったみたいだ。
「うんうん。ちゃんとお礼を言えて偉いわね」
マーガレットの頭をなでる姿はまさしくオカン。
「ほんとだ、お嬢ちゃんって年の割におばちゃんみた……」
すかさず、ボクの腹にお嬢ちゃんの右ストレートが炸裂した。マーガレットも同じようなこと言ったのに何でボクだけ。