一章 セツカと時の鎖

 せっちゃんが慌てて駆け出すのを見届けて、城の中庭でのんびりひと心地ついていると、騎士団長さんが歩み寄ってきた。
 地面に膝をついて深く頭を下げてくる。

「愛の神子さま、ありがとうございます。セツカのために協力していただいて。妻と娘からあなたのことは聞いています」
「変わり者だねぇ団長さん。ボクが愛の神子だと知ってその態度を取れるなんて」

 団長さんの心は澄んでいて、ただただボクに対する感謝しかない。
 愛の神子は悪魔だという認識をする者が多いノーゼンハイムにおいて珍しい。
 せっちゃんから聞いた話だと、この人は九年戦争で最前線に立っていたらしい。
 そして戦いの中でたくさんの仲間や友達を失った。

「セツカが碑文を訳したとき、聞きました。先代愛の神子さまは利用されただけ。マリア様を解放しようとしていた優しい人なのだと」

 先代様の死を悼んでくれる人もいるんだ。あたたかな心が伝わってくる。
 この人がせっちゃんを育てたんだと納得できた。

「団長さんも、仕事が終わったら会って話してあげてね。本当は帰る場所と家族がいないのは寂しいって、心が泣いていたんだ。あんたたちマーズの人間なら、家族になってあげられるだろ」
「はい」
 
 神子だとか王から教育係を任されただとか、そういうめんどくさい理屈全部取っ払って、この人は心から願っている。
 せっちゃんが真実、息子であったなら、と。

 さてと。
 手紙を届けたことだし、ボクもただの吟遊詩人に戻ろう。

 城下におりてあつものローブに袖を通し、三日月の琴を抱えて公園のベンチに座る。
 思いつくまま歌えば、近くで遊んでいた子どもたちが集まってくる。

「そうだ。今日は作ったばかりの歌を歌おうか。身寄りのない使用人の男の子と、仕えている屋敷のお嬢様が恋に落ちる話」

 は? 御託はいいからさっさと結末だけ教えろって?
 最近のガ……おっと。子どもは情緒ってもんを理解できないのかい。

 いいかい。二人はねーー




 果て無く続く恋の歌 END



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