一章 セツカと時の鎖

 平和祈願祭当日。
 騎士団と魔法士団の部隊に護衛された馬車が首都ノーゼンハイム王城前に到着した。

 馬車の窓から群衆が見えていて、震える。こんなに大勢の人に囲まれることになるなんて、神子という役目の重さと大きさをあらためて実感する。
 
 ソレイユ先生とヤマトが先に降りて馬車の扉を開け、僕を促す。
 降り立つと、一目神子を見ようと集まった人々の声がする。

 あれが時の神子
 元庶民って本当か
 なんで庶民なんかが神子に

 等々、善意悪意、様々なものが入り混じって聞こえてくる。
 去年の今頃、ただのセツカが街を歩いてもこんな目で見られたりはしなかったのに。
 神子という肩書きが公になった途端これ。
 僕自身が別の誰かになったわけではないのに。


 騎士と魔法士がずらりと整列し、警備の道を作る。
 

 騎士団長の制服をまとったアーノルドさんが出迎えた。
 団長のみがつけることを許される、国章が刺繍された漆黒のマントを翻して、膝をつき僕に頭を垂れる。

「お待ちしておりました、時の神子さま。私、本日神子さまの案内役を仰せつかった騎士団長、アーノルドと申します」

 アーノルドさんは淡々と、事前に用意された台本を暗唱する。
 これは怒っているな……。
 リーンと同じで素直なアーノルドさんは、笑顔を取り繕うなんて芸当できるわけもなく、感情が顔に出る。


「よろしくお願いします、団長殿」

 僕もまた用意された台詞を口に乗せお辞儀をする。

 アーノルドさんに先導されて、城門をくぐり貴賓控室まで向かう。

「よいのですか、神子さま。家族同然に暮らしていたのでしょう」

 ソレイユ先生が心配そうに僕の顔をうかがう。今、僕はどんな顔をしているんだろう。

「……心配ないよ。一人で、大丈夫だから」

 そう、大丈夫。
 僕一人が全部背負えばいい、アーノルドさんたちを巻き込みたくないから。

 先を歩いていたアーノルドさんの歩みが止まった。

「神子さま、失礼を承知で一言よろしいでしょうか」
「はい」

 こちらを向かないまま、アーノルドさんは続ける。

「昔、俺の夢を話したこと、覚えているか。……お前がいないと家族が揃わないんだからな」
「……っ」

 家族を幸せにするのが夢。
 かつてアーノルドさんが話してくれた。
 僕も幸せにならなきゃだめだと、そう言いたいんですか。涙がこぼれそうになるのをこらえた。



 貴賓控室について、アーノルドさんは「後ほど陛下がいらっしゃいますので、それまでお待ちください」と言い、扉の警備についた。

 僕は先生やヤマトと儀式のための最終チェックをする。
 時の森で一通りの流れと祝詞を練習したけれど、覚えたことが抜け落ちそうだ。

 鏡台の椅子に座るとソレイユ先生が髪や装飾品を整えてくれる。
 軽いノックの音が聞こえた。
 もうフェンさんがきたのだろうか。

「はい、どうぞ」
「やほー、せっちゃん。しけた面してるねぇ〜!」
「アイセ!?」

 なぜかアイセが神官の格好をしていた。
 なんでアイセが? 来る予定だなんて聞いてない。
 ソレイユ先生とヤマトを見ると、不自然に視線を逸している。

「お話の邪魔をしてはいけないので私とヤマトは席を外しますね」
「え、ちょっと、ま……」

 状況を飲み込めない僕をそっちのけで二人は出ていってしまい、控室には僕とアイセだけが残される。
 アイセはテーブルセットのところにあった椅子を持ってきて、僕の隣に置いて座った。

「何しに来たんだ? もうアイセはこの儀式に参加しなくてもよくなったのに」
「せっちゃんに渡すものがあったから」

 アイセは懐から真っ白な封筒を取り出した。

「せっちゃんにって」
「誰から?」
「さあね。でも、儀式が終わったら必ず読んで。気持ちは変わらないからって頼まれたんだ」

 よくわからないけど、受け取っておく。
 鏡台に置いてぼんやり鏡を見る。

「おかしいね。せっちゃんは時を進める神子なのに、あの日からずっと心が止まっている」
「……そんなこと」

 いや、そんなこと、あるのか。
 心が読めるアイセに表面上を取り繕ったって意味がない。

「みんな、きみに歩きだしてほしいんだよ」
「みんなって」
「それは自分で考えなよ。気づかないふりするのはもうやめな」
 
 言いたいことをいうだけ言って、アイセは出ていった。
 入れ替わるようにして、フェンさんが入ってくきた。
 正装のフェンさんは、普段着のときと違って威厳と貫禄を醸し出している。
 仕事とプライベートのオンオフがきっちりできるタイプなのだ。

「セツカくん、用意はできたかい」
「はい。大丈夫です」

 祭事用の杖を取り、控室を出る。
 アイセの言いたいことが何だったのか考えるのはあとにしよう。
 今僕のすべきことは、神さまに祈りを捧げ式典を成功させることだから。


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