一章 セツカと時の鎖
セツカが時の神子になってから季節はめぐり、私は十八才。最上級生となった。
マーズの庭園は今もセツカが植えてくれた白薔薇が咲いているけれど、育てているのは別の人。
庭師の女性はいい人だけど、私はやっぱりセツカにそこにいてほしい。
いってらっしゃい、おかえりって、言ってほしい。
セツカはいつもどこか寂しそうに微笑んでいて、どうしたら心から笑ってくれるだろうって思っていた。
昨日、また時の森から手紙がきた。
セツカの身の回りの世話をしている神官さんが交代で筆を取ってくれている。
まっすぐ家に帰る気にはなれなくて、公園のベンチで手紙を広げる。
新緑の香りがまじる風で髪がなびく。
「神子さまはとてもがんばっておられます。最初の頃はあまり食べられず痩せてしまいましたが、最近では触れたものを朽ちさせることも減ってきました……」
丁寧な文字と文面から、これを書いた人はとても心優しいのだと伝わってくる。
涙がこぼれる。
少しずつ、セツカは魔法を使えるようになってきている。
「来月、神子さまは平和祈願祭に出席します……」
セツカは帰ってきてくれるかしら。
それとも。
「やあお嬢ちゃん、浮かない顔をしてるねぇ」
顔を上げると、目の前にアイセが立っていた。
愛の神子だけど見た目はただの吟遊詩人だから、あちこち自由に動き回っている。
「セツカは、元気?」
「そういうきみは元気なさそうだね」
「元気よ。ちゃんと毎日食べているし」
「体は元気でも、心が元気じゃないでしょ」
ああ、心が読めるんだっけ。
じゃあ当たり障りのない嘘をついたって意味がない。
「せっちゃんは魔法をだいぶ使いこなせるようになったけど、帰れないって言ってるよ」
「私たちのしたこと、迷惑だった……?」
「いいや。迷惑をかけたくないからさ。きみも港町に行ったから覚えてるでしょう。港町の人間が、どれほど先代時の神子を憎んでいるか」
時の森のことを聞くとみんな怖い顔で怒鳴り散らしていた。あそこは悪魔の森だ、悪魔が家族を奪ったって。
「きみたちもあの人たちの憎しみを背負うことになるよ。すごく重いよ」
「分け合うわ。セツカ一人が背負っているもの、みんなで背負えばいいの。辛いこと悲しいこと嬉しいことを分け合うの。それが家族というものでしょう」
綺麗事だと笑われるかもしれない。
それでも、私は背負いたい。
セツカが背負わされることになった重いもの。
だから、神子装束のデザインを頼まれたときも、天使様のような翼をつけた。
あなたの帰る場所はここにあるよって、気づいてほしくて。
「アイセ。私の気持ちは変わらないわ。あの日たくした手紙。その時が来たらセツカに渡して」
「任されたよ。ボクもせっちゃんには笑顔になって欲しいからね。お嬢ちゃんはせっちゃんが心配しなくて済むよう、心から元気になっといてよ」
「そうね。そうするわ」
手をひらひらを振って、来たときと同じように風のように去っていった。
セツカが神子になった日、私たちを見送るときアイセは言った。
「ずっと時の神子の代理をさせられていたから、会うまでは大嫌いだった。けど、いざ会って人となりを知ってしまったら憎めなくなった」って。
私も、最初は失礼なことばかり言ってくるからアイセに対して腹が立っていたけど。
セツカのためにこうして動いてくれているのを見たら嫌いきれなくなった。
口は悪いけど悪い人ではない。
そんなふうに、港町の人たちも、セツカのことアイセのこと、悪魔じゃないってわかってくれたらいいのに。
涙を拭って、手紙をたたむ。
セツカがいつ帰ってきてくれてもいいように、笑顔を忘れずにいよう。
私はずっと、ずっと、信じて待っているから。
だからセツカ、また会えるよね。
マーズの庭園は今もセツカが植えてくれた白薔薇が咲いているけれど、育てているのは別の人。
庭師の女性はいい人だけど、私はやっぱりセツカにそこにいてほしい。
いってらっしゃい、おかえりって、言ってほしい。
セツカはいつもどこか寂しそうに微笑んでいて、どうしたら心から笑ってくれるだろうって思っていた。
昨日、また時の森から手紙がきた。
セツカの身の回りの世話をしている神官さんが交代で筆を取ってくれている。
まっすぐ家に帰る気にはなれなくて、公園のベンチで手紙を広げる。
新緑の香りがまじる風で髪がなびく。
「神子さまはとてもがんばっておられます。最初の頃はあまり食べられず痩せてしまいましたが、最近では触れたものを朽ちさせることも減ってきました……」
丁寧な文字と文面から、これを書いた人はとても心優しいのだと伝わってくる。
涙がこぼれる。
少しずつ、セツカは魔法を使えるようになってきている。
「来月、神子さまは平和祈願祭に出席します……」
セツカは帰ってきてくれるかしら。
それとも。
「やあお嬢ちゃん、浮かない顔をしてるねぇ」
顔を上げると、目の前にアイセが立っていた。
愛の神子だけど見た目はただの吟遊詩人だから、あちこち自由に動き回っている。
「セツカは、元気?」
「そういうきみは元気なさそうだね」
「元気よ。ちゃんと毎日食べているし」
「体は元気でも、心が元気じゃないでしょ」
ああ、心が読めるんだっけ。
じゃあ当たり障りのない嘘をついたって意味がない。
「せっちゃんは魔法をだいぶ使いこなせるようになったけど、帰れないって言ってるよ」
「私たちのしたこと、迷惑だった……?」
「いいや。迷惑をかけたくないからさ。きみも港町に行ったから覚えてるでしょう。港町の人間が、どれほど先代時の神子を憎んでいるか」
時の森のことを聞くとみんな怖い顔で怒鳴り散らしていた。あそこは悪魔の森だ、悪魔が家族を奪ったって。
「きみたちもあの人たちの憎しみを背負うことになるよ。すごく重いよ」
「分け合うわ。セツカ一人が背負っているもの、みんなで背負えばいいの。辛いこと悲しいこと嬉しいことを分け合うの。それが家族というものでしょう」
綺麗事だと笑われるかもしれない。
それでも、私は背負いたい。
セツカが背負わされることになった重いもの。
だから、神子装束のデザインを頼まれたときも、天使様のような翼をつけた。
あなたの帰る場所はここにあるよって、気づいてほしくて。
「アイセ。私の気持ちは変わらないわ。あの日たくした手紙。その時が来たらセツカに渡して」
「任されたよ。ボクもせっちゃんには笑顔になって欲しいからね。お嬢ちゃんはせっちゃんが心配しなくて済むよう、心から元気になっといてよ」
「そうね。そうするわ」
手をひらひらを振って、来たときと同じように風のように去っていった。
セツカが神子になった日、私たちを見送るときアイセは言った。
「ずっと時の神子の代理をさせられていたから、会うまでは大嫌いだった。けど、いざ会って人となりを知ってしまったら憎めなくなった」って。
私も、最初は失礼なことばかり言ってくるからアイセに対して腹が立っていたけど。
セツカのためにこうして動いてくれているのを見たら嫌いきれなくなった。
口は悪いけど悪い人ではない。
そんなふうに、港町の人たちも、セツカのことアイセのこと、悪魔じゃないってわかってくれたらいいのに。
涙を拭って、手紙をたたむ。
セツカがいつ帰ってきてくれてもいいように、笑顔を忘れずにいよう。
私はずっと、ずっと、信じて待っているから。
だからセツカ、また会えるよね。