一章 セツカと時の鎖

 今日は感謝祭。
 年の瀬で冬も深まり、時の森も雪に覆われている。
 雪深い中でも魔法の鍛錬は継続される。むしろ雪がある今こそ、練習に適しているかもしれない。

「ではこの円の中にある雪だけを溶かしてください」
「わかった」

 森の地面に三メルテほどの円を描き、その中に運んできた雪を置く。
 時間を進め溶かして水にする。
 その水にさらに時魔法をかければ蒸発して消えるのだ。

 溶けるのにどれだけかかるか頭の中で計算して、円の中にある雪にだけ魔法をかける。

 意識を集中して、無事雪は水に変わった。

「とてもお上手でした。それでは神子さま、今日の練習はここまでにしましょう」
「ありがとうございました、先生」

 お辞儀をして、そのまま修練場に座り込む。全身の力を持っていかれるような脱力感がある。
 三つ編みに結んだ髪が地についた。

 足元に届くまで伸びてしまい、絡むのが嫌だと言ったらソレイユ先生が結んでくれるようになった。自分で触れるとうっかり魔法が発動して伸びてしまうからもどかしい。

 魔力を消耗しすぎるとひどく頭が痛くなるし、息苦しくなる。魔法は無限に力が湧くわけじゃない。自分の中にある力を使うのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 うっかり地面に手をついてしまい、土の下にあったらしい木の実が芽吹いた。


「ああ! またやっちゃった」
「ふふっ。私の夫も、“慣れないうちは触れたものすべて氷漬けにしてしまって食事に困った”とよく言っていました」
「ソレイユ先生の旦那さんは氷魔法士なんですか」

 少なくともスイレン先生のような人じゃないと思いたい。
 顔を見るたび喧嘩になるんだよな、あの人とは。

「先代様には学校で習うような語学や物理学などもお教えさせていただきましたが、貴方は学校を卒業されているので、魔法と神事の勉強のみに従事できるんですよ」
「……この上に学校の勉強なんてできる気がしないよ」
「ふふ。お疲れさまです、神子さま。このあとみんなで感謝祭のお料理を用意しているので、楽しみにしていてくださいね」
「ああ。楽しみにしているよ」

 神官のマーシャが、陛下と陛下の護衛を伴ってやってきた。数日前、今日訪問する旨の文書が届いていた。
 急いで立ち上がり、お辞儀する。

「やぁセツカくん。手紙読んでくれた? 相談があるから来たんだ」
「陛下。ご無沙汰していま」
「てーい!」
「ぎゃ!」

 チョップが降ってきた。
 誰かさんと同じことをしている。

「み、神子さま!」
「なんなんですか陛下、あだ!!」

 さらに二発追加された。
 護衛の皆様もあまりのことに青ざめている。

「プライベートではフェンでいさせてほしいなぁ。国を運営する相方である神子きみにまで陛下陛下って呼ばれたら息が詰まるよ」
「わ、わかりました……では、フェンさん」
「うんうん。素直でよろしい」

 護衛の方々には席を外してもらい、私室でフェンさんと二人話をする。


「折りいって話がある、でしたね。どうしたんですか」
「騎士団長が亡くなったのは聞いたね。後任を決めるのに難航しているんだ」
「ああ、なるほど」

 誰が次代騎士団長になるか足の引っ張り合いと派閥抗争がすごいらしい、とは吟遊詩人になりすまして王都を歩いていたアイセからの情報だ。

「今、重役たちの会議で候補にあがっているのは三人。ウラヌス、アルデバラン、それとフォーマルハウト」

 ものすごくつまらなそうにフェンさんは椅子に背を預ける。

「アルデバランはやめたほうがいいですよ」
「愛のチビもおんなじこと言ったよ。レストランで未子に絡まれたんだって? 大変だったね」

 馬鹿息子の思想が「気に入らない民は国外追放してしまえ」なら教育を施した親もそうだろう。
 少なくともアレの親は騎士の統率者に向かない。

「アイセには本当に助けられてます」
「……きみは本当に愛のチビを怖がらないよねぇ。うちの部下たちみんな気味悪がってるのに。心を読まれるのは怖くないのかい」
「愛の先代様のように悪用されないし、誰かの命を脅かすこともない。平和な魔法じゃないですか」

 僕の魔法は一歩間違えば殺戮者になってしまう。
 この魔法が目覚めて以来、誰かに触れたことはない。

 最後にリーンの手を引いたとき、あのとき魔法が目覚めていなくてよかった。
 カラン、とフェンさんがカップを傾けてグリューワインを飲む。
 持ち方や仕草はアイセを見ているようだ。なんだか微笑ましい。

「なんだい? 思い出し笑い?」
「いえ、フェンさんとアイセは本当に似ているなと思って。癖が全く同じだから」

 真似して息子になれたら良かったのに。アイセも心のどこかでそう思っていたんだろう。
 フェンさんはどこか遠くを見るように、窓の外に目をやる。

「オルフェウスが生きていたなら、あいつみたいになっていたかもね。兄弟ができたみたいで喜んだだろうな」

 本当は、マリア様との間に息子がいたそうだけど……貴色がなかった。フェンさんの父、先代国王も選民思想が強いひとで、生まれたその日にオルフェウスを刺し殺してしまったのだという。


「だからボクはきみをアーノルドくんに預けた。庶民として育った彼なら、色で差別せずきみを育ててくれると信じていたから」
「僕とリーンを助けてくれた日、あんなに怒っていたのは、そういう理由だったんですね」

 追放されたらお日様の下を歩けない。
 貴色がないという理由だけで命を奪われてしまったら。そんなに悲しいことはない。

 アイセもまた、色で人を差別したアルデバランに対して強い怒りを見せた。

「……忘れる前に渡しておくよ。これは感謝祭の贈り物。きみを誰よりも大切に思う人たちから」

 フェンさんは真っ白な封筒をテーブルに置く。
 カツン、と紙にしては重く硬質な音がした。

「贈り物、ですか」

 下手に触ると粉々にしてしまうから、後ろに控えていたソレイユ先生に開けてもらい、中身を手渡される。

 それは、見慣れた銀色の鍵だった。
 マーズ家で暮らしていた頃使っていた部屋の鍵。

「贈り主から伝言。“男なら、一度した約束は最後まで守れ”」

 雫が頬を伝い、鍵に落ちた。
 家族で幸せになってって、言ったのに。
 恩知らずな養い子の忘れてくれればいいのに。
 なんで僕のことを気遣うんだろう。


「それで。セツカくんは誰が騎士団長になるべきだと思う?」

 僕は練習に使っている花の種を取り出して、魔法をかける。芽が双葉となり茎となり蕾が開く。

 手の中で咲いた白薔薇を一輪、フェンさんに託す。

「アーノルドさんを……。アーノルド・マーズを推挙します。
 白薔薇の花言葉は【心からの尊敬】一輪なら【あなただけ】。尊敬できる、騎士団長にふさわしい人は貴方だけです」
「あは。それはまた楽しい余興になりそうだねぇ」

 フェンさんは心底楽しそうに笑って、白薔薇を受け取った。


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