一章 セツカと時の鎖
「アイリーン、おい、ぼーっとするな、アイリーン!」
「は、はい!」
顔を上げると、スイレン先生が腕組みして怖い顔をしていた。
いけないいけない。授業中なのに。
「今がなんの授業かわかるか?」
「歴史です」
「お前が広げている教科書はなんだ」
「え?」
物理学の教科書だった。
二時間前の授業の。急いでカバンから歴史の教科書を出して、黒板に書かれている範囲を出す。
「アイリーンまた怒られてる」と友だちが笑っていて、恥ずかしくなった。
「……授業が終わったら指導室に来なさい。他の教師からもお前が授業中上の空だという話が何件もきている」
ため息まじりに言われ、頷くしかなかった。
授業が終わって、指導室に急いだ。
教務室の隣にあって、ソファ二つとテーブルのセットしかないような殺風景な部屋。
そこでスイレン先生と向き合って座った。
「最近まったく集中していないな」
「すみません」
「時期を考えると、お前が小旅行に出たあとセツカが神子に選ばれたあたりからか」
スイレン先生がテーブルに新聞を投げ、私の前に滑ってくる。
【当代時の神子の地位に就いたのは、マーズ家の使用人として働いていた青年。魔法事故により封じられていた七人の封印を解き、現在は時の森で魔法の訓練をーー】
庶民育ちのセツカが神子になった。
秋から各地を賑わせているトップニュースだ。
クラスメートにあれこれしつこく聞かれたけど、「私は何も知らない」と嘘を通した。
旅立った日は、こんなことになるなんて思わなかった。
屋敷に帰ればセツカが薔薇の手入れをしていて、おかえりと言ってくれた日々が遠い昔のよう。
セツカはちゃんとごはんを食べているかな。魔法を扱えるようになったのかな。
母様と手を繋いで歩くとき、サンドイッチを食べるとき、ふと考えてしまう。
触れることができないって、どんなに辛いだろう。
何もしてあげられないのがもどかしい。
それに、セツカの家族はもういないって言ってた。
「時の神子さまが十五年空位だったんじゃなくて、そこはもともとセツカのための席なんですって。時の神子は生まれて十五年経たないと魔法が目覚めないから」
「アーノルドはすべて知った上でセツカを預かっていたということか」
「うん。陛下から預かっていたって」
最初からセツカが時の神子さまだって知っていたら、母様を助けられるのはセツカにしかできないって知っていたら、私はきっと勝手に期待を押し付けてセツカを追いつめてしまっていたと思う。
何も知らないからこそ、セツカと幼なじみでいられた。
「またその顔をする。そうやってうつむいてばかりいても、何も解決しないだろう」
「でも」
ひんやりした手が私の頭に乗った。
「セツカのために何かしたいと思うなら道を探せ。お前はまだ生きていて、自由になる両手も両足もある。アスターは右腕を焼き落とされたって、セリに立ち向かった」
扉が開いて、足音が遠ざかっていく。
そう、だよね。
考えすぎて立ち止まるなんて、私らしくなかった。
もうすぐ感謝祭がくる。
今必至にがんばっているセツカのためにできることが何かあるはず。
フェンさんに頼めば、届けてくれるかもしれない。
両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。
「よーーし! そうと決まったら父様と母様と相談しましょう!」
スイレン先生にも、明日会ったらちゃんとお礼を言わなきゃ。
「は、はい!」
顔を上げると、スイレン先生が腕組みして怖い顔をしていた。
いけないいけない。授業中なのに。
「今がなんの授業かわかるか?」
「歴史です」
「お前が広げている教科書はなんだ」
「え?」
物理学の教科書だった。
二時間前の授業の。急いでカバンから歴史の教科書を出して、黒板に書かれている範囲を出す。
「アイリーンまた怒られてる」と友だちが笑っていて、恥ずかしくなった。
「……授業が終わったら指導室に来なさい。他の教師からもお前が授業中上の空だという話が何件もきている」
ため息まじりに言われ、頷くしかなかった。
授業が終わって、指導室に急いだ。
教務室の隣にあって、ソファ二つとテーブルのセットしかないような殺風景な部屋。
そこでスイレン先生と向き合って座った。
「最近まったく集中していないな」
「すみません」
「時期を考えると、お前が小旅行に出たあとセツカが神子に選ばれたあたりからか」
スイレン先生がテーブルに新聞を投げ、私の前に滑ってくる。
【当代時の神子の地位に就いたのは、マーズ家の使用人として働いていた青年。魔法事故により封じられていた七人の封印を解き、現在は時の森で魔法の訓練をーー】
庶民育ちのセツカが神子になった。
秋から各地を賑わせているトップニュースだ。
クラスメートにあれこれしつこく聞かれたけど、「私は何も知らない」と嘘を通した。
旅立った日は、こんなことになるなんて思わなかった。
屋敷に帰ればセツカが薔薇の手入れをしていて、おかえりと言ってくれた日々が遠い昔のよう。
セツカはちゃんとごはんを食べているかな。魔法を扱えるようになったのかな。
母様と手を繋いで歩くとき、サンドイッチを食べるとき、ふと考えてしまう。
触れることができないって、どんなに辛いだろう。
何もしてあげられないのがもどかしい。
それに、セツカの家族はもういないって言ってた。
「時の神子さまが十五年空位だったんじゃなくて、そこはもともとセツカのための席なんですって。時の神子は生まれて十五年経たないと魔法が目覚めないから」
「アーノルドはすべて知った上でセツカを預かっていたということか」
「うん。陛下から預かっていたって」
最初からセツカが時の神子さまだって知っていたら、母様を助けられるのはセツカにしかできないって知っていたら、私はきっと勝手に期待を押し付けてセツカを追いつめてしまっていたと思う。
何も知らないからこそ、セツカと幼なじみでいられた。
「またその顔をする。そうやってうつむいてばかりいても、何も解決しないだろう」
「でも」
ひんやりした手が私の頭に乗った。
「セツカのために何かしたいと思うなら道を探せ。お前はまだ生きていて、自由になる両手も両足もある。アスターは右腕を焼き落とされたって、セリに立ち向かった」
扉が開いて、足音が遠ざかっていく。
そう、だよね。
考えすぎて立ち止まるなんて、私らしくなかった。
もうすぐ感謝祭がくる。
今必至にがんばっているセツカのためにできることが何かあるはず。
フェンさんに頼めば、届けてくれるかもしれない。
両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。
「よーーし! そうと決まったら父様と母様と相談しましょう!」
スイレン先生にも、明日会ったらちゃんとお礼を言わなきゃ。