一章 セツカと時の鎖
魔法の訓練をするようになってひと月。
今日は魔法の訓練が休みだから、私室にこもっている。
本当は毎日時間の許す限り訓練したいのに、ソレイユ先生がそれを許してくれない。
「神子さまはご自分の限界をわかっていないので、きちんと休みの日を決めないといけません」と言われている。
「訓練がおやすみの日はボクの授業だからね〜」
アイセが隣でグリューワインを飲みながら笑う。
「時の鎖で自分が生まれたときのことを見たからもうわかっているだろうけど、ボクら神子は人間じゃない。輪廻転生を繰り返すエルフなのさ」
アイセは折り紙で人の形を折り、テーブルに乗せて説明する。
「エルフという空っぽの人形に、神さまが選定した人間の魂が宿ることにより、神子が顕現する。死ねば体は散り、新たな魂に合わせて再構築される。つまり神子に死体というものは存在しないんだ」
折った人形をといて裏返し、新たな人形を折る。
「なんて、ボクが先代時の神子から教わった話だけどね」
僕も銀のカップを持ち、グリューワインに口をつける。
この器は、銀器なら劣化しにくいからと、神官たちが用意してくれた。
薄くスライスしたドライレモンとオレンジが沈んでいて、甘酸っぱさが疲れた体にしみる。
人間として暮らしてきたときと変わらない食事だ。
この体はエルフだと聞かされたあとだから、なんだか不思議な気持ちになる。
「僕たちは人間に近いけど似て非なる器、か」
アイセがふっと目を細め、息を吐く。
「そうだ。時の鎖で過去を見てからかな。せっちゃん言葉遣いが変わったよね。最初は自分のこと俺って言ってたじゃん」
「こっちが元々。アイセは読んだことあるか、勇者さまと神子さまが悪魔と戦う絵本」
絵本には勇者さまと神子さま、そして勇者の息子が出てくる。
「あ、わかるわかる。四才のときフェンネルが読んでくれたなー」
懐かしげに笑うアイセに、僕も笑う。
「アーノルドさんが勇者さまなら……僕は勇者さまの息子に、アーノルドさんの息子になりたいと思っていた」
アーノルドさんの言葉遣いを真似たら、息子になれるかもなんて子どもじみたことを考えていた。
バカみたいだ。
神子になんてなれなくていい。なれるなら、アーノルドさんの息子になりたかった。
家族がほしかった。
「わかるよ」
ぽんぽんと、アイセの手が僕の頭に乗せられる。
「ボクも少しは救われていたんだ。絵本を読んでもらえて。ノーゼンハイム城の人間たちはボクを悪魔と呼んだけど、フェンネルは言ってくれた“神子は勇者さまと力を合わせて悪魔を倒す英雄なんだ。だからお前は悪魔じゃない”ーーって」
そのあたたかい言葉に、どれだけアイセが救われたことだろう。
陛下が陛下で良かった。
「神子さまがた。お体が冷えるでしょう。カイロをお持ちしました」
軽やかなノックのあと、神官になると申し出てくれた男性、トーマスが入ってくる。
厚手のひざ掛けとカイロを持ってきてくれた。
僕の分だけでなくアイセの分も。
「ありがとう。助かるよ」
本当はこの部屋に暖炉があるけれど、僕が火を苦手としているからと、熱した石を使ったカイロを用意してくれる。
細やかな心配りに感謝しかない。
「神官のみんなには、火が苦手って伝えた記憶ないんだけどな」
「せっちゃんは観察眼が鋭いのに鈍感だね」
「意味がわからない」
「なんでわからないかなぁ」
アイセがクックと喉を鳴らして笑う。
「じゃあ宿題にしよう。その答えは、次の授業までに考えておいてよ」
今日は魔法の訓練が休みだから、私室にこもっている。
本当は毎日時間の許す限り訓練したいのに、ソレイユ先生がそれを許してくれない。
「神子さまはご自分の限界をわかっていないので、きちんと休みの日を決めないといけません」と言われている。
「訓練がおやすみの日はボクの授業だからね〜」
アイセが隣でグリューワインを飲みながら笑う。
「時の鎖で自分が生まれたときのことを見たからもうわかっているだろうけど、ボクら神子は人間じゃない。輪廻転生を繰り返すエルフなのさ」
アイセは折り紙で人の形を折り、テーブルに乗せて説明する。
「エルフという空っぽの人形に、神さまが選定した人間の魂が宿ることにより、神子が顕現する。死ねば体は散り、新たな魂に合わせて再構築される。つまり神子に死体というものは存在しないんだ」
折った人形をといて裏返し、新たな人形を折る。
「なんて、ボクが先代時の神子から教わった話だけどね」
僕も銀のカップを持ち、グリューワインに口をつける。
この器は、銀器なら劣化しにくいからと、神官たちが用意してくれた。
薄くスライスしたドライレモンとオレンジが沈んでいて、甘酸っぱさが疲れた体にしみる。
人間として暮らしてきたときと変わらない食事だ。
この体はエルフだと聞かされたあとだから、なんだか不思議な気持ちになる。
「僕たちは人間に近いけど似て非なる器、か」
アイセがふっと目を細め、息を吐く。
「そうだ。時の鎖で過去を見てからかな。せっちゃん言葉遣いが変わったよね。最初は自分のこと俺って言ってたじゃん」
「こっちが元々。アイセは読んだことあるか、勇者さまと神子さまが悪魔と戦う絵本」
絵本には勇者さまと神子さま、そして勇者の息子が出てくる。
「あ、わかるわかる。四才のときフェンネルが読んでくれたなー」
懐かしげに笑うアイセに、僕も笑う。
「アーノルドさんが勇者さまなら……僕は勇者さまの息子に、アーノルドさんの息子になりたいと思っていた」
アーノルドさんの言葉遣いを真似たら、息子になれるかもなんて子どもじみたことを考えていた。
バカみたいだ。
神子になんてなれなくていい。なれるなら、アーノルドさんの息子になりたかった。
家族がほしかった。
「わかるよ」
ぽんぽんと、アイセの手が僕の頭に乗せられる。
「ボクも少しは救われていたんだ。絵本を読んでもらえて。ノーゼンハイム城の人間たちはボクを悪魔と呼んだけど、フェンネルは言ってくれた“神子は勇者さまと力を合わせて悪魔を倒す英雄なんだ。だからお前は悪魔じゃない”ーーって」
そのあたたかい言葉に、どれだけアイセが救われたことだろう。
陛下が陛下で良かった。
「神子さまがた。お体が冷えるでしょう。カイロをお持ちしました」
軽やかなノックのあと、神官になると申し出てくれた男性、トーマスが入ってくる。
厚手のひざ掛けとカイロを持ってきてくれた。
僕の分だけでなくアイセの分も。
「ありがとう。助かるよ」
本当はこの部屋に暖炉があるけれど、僕が火を苦手としているからと、熱した石を使ったカイロを用意してくれる。
細やかな心配りに感謝しかない。
「神官のみんなには、火が苦手って伝えた記憶ないんだけどな」
「せっちゃんは観察眼が鋭いのに鈍感だね」
「意味がわからない」
「なんでわからないかなぁ」
アイセがクックと喉を鳴らして笑う。
「じゃあ宿題にしよう。その答えは、次の授業までに考えておいてよ」