一章 セツカと時の鎖

 急こしらえで神子の寝室が整えられ、せっちゃんは眠りについた。
 魔力をかなり消耗していたから、横になると同時に眠りに落ちた。


「愛の神子さま、神子さまに仕える身としてこのようなことをお願いするのは心苦しいですが、一つ頼まれてほしいことがあるのです」

 せっちゃんがソレイユと贈名した神官が神妙な面持ちで切り出した。
 ソレイユの心にあるのは、せっちゃんを心配する思いだけ。
 ノーゼンハイムの人間だろうに、ボクが愛の神子だと知っても嫌う心はない。

「なに?」
「あのアイリーンという子、神子さまと親しいのでしょう。あの子が落ち着いたらでいいので、神子さまの食の好みなど聞いてほしいのです」
「なるほど。今のせっちゃん、食事もまともに取れないものね」

 普通の魔法士でも魔力の制御を覚えるまでは長い。
 ましてや、せっちゃんは触れたものが片っ端から劣化する状態。体力が尽きるのが先か魔法を扱えるようになるのが先か。

 ようやく何か口にできるようになっても、嫌いな食べ物ばかり並んでいたら食も進まない。
 そういう配慮だ。



 お嬢ちゃんたちはまだ町にいて、宿を引き払う手続きをするところだった。
 フェンネルと騎士のお兄さん、お嬢ちゃんのお母さんも一緒だ。

 宿の主に怯えた目で見られ、こめかみがひくつく。
 十五年前からこの姿だから、町の人間の半分は、ボクが神官たちを封印して若さを保っていたなんていうトンデモな勘違いをしている。
 面倒なことだ。

「どうなさったのですか、愛の神子さま」

 騎士のお兄さんは敬礼して頭を下げてくれる。この人はまともに話を聞いてくれそうだ。

「せっちゃん、今まともに食事も取れない状況だからさ、せっちゃんの好き嫌い知ってたら教えてほしいって神官さんが」
「……セツカが、好きな食べもの?」

 泣きはらしてうさぎみたいな目になったお嬢ちゃんが、顔を上げた。

「そう。ここにいる人でせっちゃんのこと詳しいの、お嬢ちゃんしかいないでしょ。修行に身を入れてもらうためにも、しっかり食べられるようにならないと」
「うん、わかった」

 紙とペンを渡すと、隙間がわからないくらいびっしり書き出してくれた。幼なじみってすごい。

 それから好き嫌いのリストとは別に、手紙をしたためる。
 封をして、ボクの手に勢い良く押し付けてくる。


「こっちの手紙は、セツカがいつか魔法をちゃんと使えるようになったら渡して」
「わかった」

 だいぶ泣いていたけど、突き放されたことを責める気持ちはないようだ。

『どうか一人になることを選ばないで、一人は寂しいよ、悲しいよ。全部一人で背負うなんて、辛いだけだよ』

 お嬢ちゃんの心には、せっちゃんを案じる想いだけがある。
 そうだよ、
 こんなにも大切にしてくれる人がいるのに、全部捨てて一人になろうとするなんて、馬鹿だよ、せっちゃんは。

「チビ、セツカくんのこと任せたよ。ボクもこっちの処理が済んだらすぐ会いに行くから」
「伝えとくよ」


 お嬢ちゃんたちが首都に向かう馬車に乗るのを見送ってから森に戻る。

「愛の神子さま!」

 幾人かの声に呼ばれ、振り返るとそこには家族の元に帰ったはずの神官五人がいた。

「時の神子さまのもとに向かうのでしょう。わたしたちも行きます」
「……せっかく家族に会えたのに、いいの?」

 みんな一様に頷く。

「家族を説得しました。わしは当代時の神子さまにお仕えしたい。神子さまが救ってくれた命、精一杯恩返ししたいのです」
「ぼくもです」
「あたしも!」

 街の人たちに恨まれるだけだとせっちゃんは言ったけれど、そんなことはない。

「あいにく、ボクには時の神子の神官を選ぶ権利はない。自分たちでせっちゃんに頼みなよ」
「はい!」

 少なくとも、こうしてそばにいたい、支えたいと言ってくれる人がいる。
 十五年の罪を全部自分一人で背負うことはないのだと、気づいてくれるかな。


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