一章 セツカと時の鎖
「はいはい、アイリーンちゃん。ちょっと落ち着こうか。いきなり殴りかかっちゃだめだよ」
「止めないでウルさん。悪い子にはお仕置きしないと!」
「とにかく落ち着こうか。ね?」
ウルさんがリーンを止めに入った。
後ろからリーンの両肩をおさえて、陛下にも苦言を呈する。
「陛下も。護衛を置いて先に行かないでください」
「あはは、ごめんねウルくん」
リーンとウルさんを交互に見て、エレナさんがぽかんと口を開く。
「……リーン? それに、ウル。本当に十五年、経ったのね」
「母様! 生きていたのね!?」
さっきの暴れ馬のような剣幕はどこへやら。
リーンは両手を広げてエレナさんの胸に飛び込む。
エレナさんは強くリーンを抱きしめる。
「ずっと帰れなくてごめんなさい、リーン。大きくなったのね」
「うん。母様、どうしていなくなったときのままなの? それに、セツカのその髪は……」
首を傾げるリーン。
なんと説明すべきなんだろう。
迷う僕の代わりに、アイセがなるべくリーンを傷つけないよう言葉を選ぶ。
「ここにいるみんな、時魔法の事故で封印されていたんだ。…せっちゃんの親はその時亡くなってしまって、時の神子の跡継ぎであるせっちゃんがいま、魔法を解いた。……わかった?」
「そう、なの?」
「そう。で、ボクはせっちゃんの代わりに十五年、ここの管理人をしていたんだ」
エレナさんが原因の一端であることは、リーンに言えるはずもない。
「そうだったのね。じゃあ、セツカが母様を助けてくれたんだ。ありがとう、セツカ」
リーンは僕の前にきて、いつものように笑う。一晩でこんなに髪が伸びてしまったのに、恐れることもない。
来たら殺すと言われても怯まない。
それでこそリーンだ。
「こちらこそ。助けに来てくれてありがとう、リーン」
「セツカのためだもの」
明るく笑うリーンの姿は、葉っぱまみれの泥まみれなのに、どんなきらびやかなドレスを着た令嬢より貴く見える。
「チっ。どんな綺麗事で飾ったところで、お前たち時の神子がおれの家族を封じた事実は変わらない。絶対に、許さないからな」
神官の家族は拳を強く握りしめ、僕を睨む。
そう、どんなに謝っても、何もできず過ぎた十五年という月日は取り戻せない。
陛下が部屋の中央に歩み出て、深く頭を垂れる。
「時の神子を首都で保護するよう命じたのはこの私、フェンネルだ。責めるなら私を責めるがいい。どんなにあがいても、時の神子の力は十五年経たないと発現しないんだ。そなたたちが望む償いはすべてしよう」
「陛下……」
怒り心頭だった男たちは、国王陛下がここまで低姿勢で謝罪する姿を見て、言葉を飲み込んだ。
僕ももう一度頭を下げる。
「先代様の罪は、僕が生涯をかけて償います。ほんとうに、ごめんなさい」
「私も、ごめんなさい。私のせいで、神子さまは……。それにアーノルドも、私を許してはくれないでしょう。どう償えばいいのかしら」
うつむくエレナさんに、僕はアスターさんからのメッセージを伝える。
「アスターさんは、貴女に謝って欲しいなんて思っていなかった。望んだのは、貴女がアーノルドさんと幸せになること」
握りしめていた薬の小瓶を、エレナさんの目線にかざす。
「この薬、魔法士専用のエリクサー。今年に入ってからずっと、アーノルドさんに頼まれる買い物リストに乗っていた。いつ貴女が帰ってきてもいいように」
手の中の瓶が砕け、塵となる。
魔法を制御しきれない。
エレナさんたちを救う力であった反面、生きた凶器にもなりえる。
触れたものすべての時が進み、朽ちてしまう。
もう、セツカとして生きた日々には戻れない。
「どうか、アーノルドさんと、リーンと、家族揃って幸せになってください。それが、アスターさんの願いだから」
エレナさんの瞳に、涙が滲んだ。
「……神子さま。私、許されるなら帰りたい。リーンと、アーノルドのいる家に。愛しい人のいる場所に」
「それがいい。あなたには、帰る場所がある。待つ人がいる幸せを、手放さないで」
僕にはない、家族がいるのだから。
「止めないでウルさん。悪い子にはお仕置きしないと!」
「とにかく落ち着こうか。ね?」
ウルさんがリーンを止めに入った。
後ろからリーンの両肩をおさえて、陛下にも苦言を呈する。
「陛下も。護衛を置いて先に行かないでください」
「あはは、ごめんねウルくん」
リーンとウルさんを交互に見て、エレナさんがぽかんと口を開く。
「……リーン? それに、ウル。本当に十五年、経ったのね」
「母様! 生きていたのね!?」
さっきの暴れ馬のような剣幕はどこへやら。
リーンは両手を広げてエレナさんの胸に飛び込む。
エレナさんは強くリーンを抱きしめる。
「ずっと帰れなくてごめんなさい、リーン。大きくなったのね」
「うん。母様、どうしていなくなったときのままなの? それに、セツカのその髪は……」
首を傾げるリーン。
なんと説明すべきなんだろう。
迷う僕の代わりに、アイセがなるべくリーンを傷つけないよう言葉を選ぶ。
「ここにいるみんな、時魔法の事故で封印されていたんだ。…せっちゃんの親はその時亡くなってしまって、時の神子の跡継ぎであるせっちゃんがいま、魔法を解いた。……わかった?」
「そう、なの?」
「そう。で、ボクはせっちゃんの代わりに十五年、ここの管理人をしていたんだ」
エレナさんが原因の一端であることは、リーンに言えるはずもない。
「そうだったのね。じゃあ、セツカが母様を助けてくれたんだ。ありがとう、セツカ」
リーンは僕の前にきて、いつものように笑う。一晩でこんなに髪が伸びてしまったのに、恐れることもない。
来たら殺すと言われても怯まない。
それでこそリーンだ。
「こちらこそ。助けに来てくれてありがとう、リーン」
「セツカのためだもの」
明るく笑うリーンの姿は、葉っぱまみれの泥まみれなのに、どんなきらびやかなドレスを着た令嬢より貴く見える。
「チっ。どんな綺麗事で飾ったところで、お前たち時の神子がおれの家族を封じた事実は変わらない。絶対に、許さないからな」
神官の家族は拳を強く握りしめ、僕を睨む。
そう、どんなに謝っても、何もできず過ぎた十五年という月日は取り戻せない。
陛下が部屋の中央に歩み出て、深く頭を垂れる。
「時の神子を首都で保護するよう命じたのはこの私、フェンネルだ。責めるなら私を責めるがいい。どんなにあがいても、時の神子の力は十五年経たないと発現しないんだ。そなたたちが望む償いはすべてしよう」
「陛下……」
怒り心頭だった男たちは、国王陛下がここまで低姿勢で謝罪する姿を見て、言葉を飲み込んだ。
僕ももう一度頭を下げる。
「先代様の罪は、僕が生涯をかけて償います。ほんとうに、ごめんなさい」
「私も、ごめんなさい。私のせいで、神子さまは……。それにアーノルドも、私を許してはくれないでしょう。どう償えばいいのかしら」
うつむくエレナさんに、僕はアスターさんからのメッセージを伝える。
「アスターさんは、貴女に謝って欲しいなんて思っていなかった。望んだのは、貴女がアーノルドさんと幸せになること」
握りしめていた薬の小瓶を、エレナさんの目線にかざす。
「この薬、魔法士専用のエリクサー。今年に入ってからずっと、アーノルドさんに頼まれる買い物リストに乗っていた。いつ貴女が帰ってきてもいいように」
手の中の瓶が砕け、塵となる。
魔法を制御しきれない。
エレナさんたちを救う力であった反面、生きた凶器にもなりえる。
触れたものすべての時が進み、朽ちてしまう。
もう、セツカとして生きた日々には戻れない。
「どうか、アーノルドさんと、リーンと、家族揃って幸せになってください。それが、アスターさんの願いだから」
エレナさんの瞳に、涙が滲んだ。
「……神子さま。私、許されるなら帰りたい。リーンと、アーノルドのいる家に。愛しい人のいる場所に」
「それがいい。あなたには、帰る場所がある。待つ人がいる幸せを、手放さないで」
僕にはない、家族がいるのだから。