一章 セツカと時の鎖

 誰も、何も言わない。
 僕の嗚咽だけが部屋に響く。

 涙がとまらない。
 時を止められた六人に、その家族に、アイセに……。僕は、どれだけの人に謝ればいいんだろう。

 そして、いくら家族を探しても見つからなかったわけだ。
 僕はあの日、アーノルドに拾われたあの瞬間に生まれたのだから。



 魔法の光が消えた。

「……あ、れ……私、一体」
「何が、起きたんだ?」

 止まっていたエレナさんが、神官たちが動き出す。

「親父! オレがわかるか!?」
「姉さん!」

 男たちが武器を投げ出し、神官に駆け寄る。
 神官は何が起きたのか理解が追いついていない。

「カイン、なのか」
「リック? そんな、リックはまだ十才で……」

 神官は戸惑いながらもあたりを見まわし、あることに気づいた。

 六人の視線が僕に集中する。

 この状況を説明できるのは、僕しかいない。
 アイセの手を借りて立ち上がり、頭を下げる。

「……僕は、時の神子【時節司る者】。先代様の魔法が暴走したことにより、あなたたちは十五年、止まったままだった。ごめんなさい。謝って済むことでないのはわかっています」

 神官の男、グレイは歯を食いしばり落ちていた剣を拾った。

「お前さえ、お前さえ来なければ、神子さまは!!」
「待ってくれグレイ! 先代様はそんなこと望んでいない。エレナさんを責めないでくれ」

 エレナさんを背にかばい叫ぶ。
 せっかく目覚めたのに、ここでエレナさんを失ったらリーンが、アーノルドさんが悲しむ。

「あ、う……」

 息が。
 苦しい、呼吸が、いくら息を吸っても空気が入ってこない。

 立っていられなくなり膝をつく。
 髪が伸び、床につく。
 つけていた手袋が劣化し、粉々になる。

「魔力の暴走ーー、誰か、エリクサーを! 薬を持っていないか! せっちゃん落ち着いて。感情をおさえて」

 アイセが僕の背に手を添える。

「さ、わるな、いま、僕に触れたら、君まで」

 木の実に触れただけで芽吹くこの力が暴走したら、何年分老いることになるのか。
 下手をしたら赤子も一瞬で老人となる。
 自分の力に怖気がはしる。
 僕のせいでアイセが老いて死んでしまったら。

「大丈夫。覚醒した愛の神子は不老だから。ボクは十五年前からこの姿。何十年先もこの姿。だから、気にしないで」

 ああ、やっぱり。アイセは優しい。
 通路をかける足音が響いてきた。音はどんどん近づいて、部屋に飛び込んでくる。
 フェンさんだ。

「神子! これをセツカくんに!」
「グッドタイミングだよフェンネル! 貸して!」

 アイセがフェンさんの手から薬をひったくり、瓶を開けてボクの口にねじ込んだ。

 すごく苦い、けど、ようやく、まともに息ができるようになった。


「アイセ、今、フェンネルって言った?」
「気づかなかったの? こいつはフェンネル。この国の国王でボクをここに遣わしたバカだよ」

 親指でフェンさん、いやフェンネル陛下を指して、アイセが顔をしかめる。
 陛下はそんな反応をされてもどこ吹く風。

「バカはひどいなぁチビ。育て親に向かって」
「うっさいチビって言うな! お前なんかバカでもほめ過ぎだ!」
「生まれたときはチビだったからチビでいいじゃない」

 ああ、やっぱり二人は喋り方が同じだ。

「一緒にしないでって言ったでしょ! しかたないだろ。戦時中のノーゼンハイムで、こいつ以外ボクを育てようなんてバカはいなかったんだから!」

 たしかに、敵国の神子の教育係なんてなりたがる人いない。
 アイセに食事の作法など貴族の基本が身についていることを考えると、陛下がどれだけ大切にアイセを育てたかわかった。

 陛下がふと、思い出したように言う。

「あ、そうだ。気をつけてね愛のチビ。もうそろそろ来るから」
「は? 気をつけるって何に」

 アイセが聞き返すと、イノシシのような何かが突っ込んできた。

「助けに来たわよセツカ!! アイセ、覚悟しなさい!」
「ぎゃー!」

 拳を固めたリーンがあらわれ、アイセに殴りかかったのだった。


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