一章 セツカと時の鎖

「お願いします神子さま、一言だけでいい。過去に言葉を届けたいんです。アスターと喧嘩して、そのまま会えなくなってしまったの」

 ーーこれは、過去の映像か。
 今は動かない神官たち、半透明の人々が動き話している。

 必死に懇願するエレナさんに、神官たちの目は冷たい。
 銀髪の女性ーー先代時の神子は両手を重ねてうつむき、エレナさんに告げる。

「わたしには時を止める力しかない。過去に言葉を伝える魔法はないの。せめてできることといえば、冥福を祈ることだけ」
「ほんの一言だけでも、できませんか」

 男性神官たちは神子を守るように立ち、剣に手を乗せる。

「用件がそれだけならお引き取りを」
「貴女は、自分の願いが何を意味するのかわかっておいでか。その願いは罪に当たる」

「亡くした人に一言謝りたい、そう願うことすら罪だと言うのですか。彼にひどいことを言って、傷つけて、アスターは戦死してしまった。悔やんでも悔みきれないの」

 男性神官の言葉に、エレナさんは涙をこぼす。
 女性神官たちは同情しているようで、エレナの肩に手を添える。

「あたしも戦争で伯父を亡くしたわ。気持ちはわかるけれど、どうにもならないこともあるの」
「ここに来れば、時の神子さまにならできるかもしれないって、思ったのに」

 エレナさんを見ていて、時の神子は迷った。

「ねえみんな。何か方法はないかしら。こんなに悲しんでいるんだもの。なんとかしてあげたいわ。わたしが知らないだけで、どうにかできるかも」
「そんな方法あるならみんなとっくにやっています。貴様、神子さまを惑わすな。いくら貴族といえど許せん……」

 男性神官の中で老齢の男が剣を抜いた。

「時の改変は重罪。ほんの一言でも過去を変えれば今が変わる。お前の言葉がどれほど罪深いか理解しているのか。そして、その願いが神子さまの命を脅かすものだと理解しているのか」
「……!」

 剣を向けられ、エレナさんは怯んだ。
 自分の願いが叶えば時の神子の命は失われる。そんなこと知るはずもない。


「みんな、剣をとれ。貴族の女、神子さまの害となるなら、ここで切り捨ててやる。今すぐに出ていけ!」

 男性神官たちはそれに従い剣を抜いた。

「お願いグレイ、やめて! 傷つけないで。みんなも、とめて、お願い、やめて!」

 時の神子が泣き叫び、魔法が暴走する。部屋に銀の光が迸る。



 神子以外の全員が、止まった。
 呼吸一つしない、蝋人形のように。


「そんな、わたし、こんなつもりじゃ。どうしたらいいの」

 うずくまって両手で顔をおおい、泣く。



 どれほど経ったのか、誰かの走る足音が聞こえてきた。
 部屋に飛び込んできたのは、アーノルドさんだ。

「なんだ、これは……エレナ、エレナ! なんでみんな動かないんだ」

 困惑するアーノルドさんは、部屋の奥で座り込んたまま泣く神子をみつけた。
 膝をついて神子に呼びかける。

「そのお姿。時の神子さまですね。何があったんですか」

 神子はアーノルドさんを見て涙を流す。

「ごめんなさい、ごめんなさい……魔法が暴走して、みんな動かなくなってしまったの。今のわたしに近づいたら、あなたまで止まってしまう」
「心配いらない。俺に魔法は効かないから。エレナたちを救う方法があるなら教えてくれませんか」

 アーノルドさんは妻が止まったままになったことを責めたりせず、ただみんなを救うことだけを望む。
 救う道がないか聞かれ、神子は天を見上げる。

「わたしが、……わたしが死ねば次の神子が生じます。その子が時を進める力を持つ子であったなら。でも、時の神子は十五才にならないと魔法が覚醒しないの」

 時を進める魔法でなかったら、十五年は無駄に終わる。暗にそう告げる。

「初対面の貴方にこんなことを背負わせるのは悪いと思う。けど、他に方法がないの。次代の神子、時節司る者を貴方に託します。神子の魔法が目覚めたら、神子の証を渡してください」

 アーノルドさんは神子の手から時の鎖を受け取り、深く頷いた。

「はい」

 神子はグレイと呼んだ老齢の神官の手から剣を抜き取り、目をつむる。


「時節司る者。貴方は成長したら、時の鎖でこの光景を観るでしょう。貴方に全ての罪を負わせてごめんなさい。わたしの代わりに、みんなを救って」

 自らの胸を剣で突き、神子の体は散って光に消えた。


 散り散りになった銀の光はまた集まり、小さな男の子を形作る。

 アーノルドさんの前に、三才ほどの男の子がいた。

 男の子はまばたきし、アーノルドを見上げる。
 袖で涙を拭って、アーノルドさんは男の子に手を差し伸べる。



「おいで、セツカ」



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