一章 セツカと時の鎖

 魔法の使い方なんて知らない。
 けれど、今触れた木の実が芽吹いたのは魔法以外の何物でもない。

 時の鎖をアーノルドさんに託されたあの日、育てていた白薔薇が異常なほど成長していた。

 自分で気づいていなかっただけで、もうあのときには時の魔法が目覚めていたんだ。


 ーー時が来てしまった。

 時の森に返す時期が来た。そういうことだったんですね、アーノルドさん。

「おれの親父をもとに戻せ時の神子! できないとは言わせないぞ!」
「兄貴の時間を返せ!」

 男たちの怒声が響き、胸ぐらを掴まれる。

 ああそうだ。
 泣いている場合じゃない。
 エレナさんや神官を救うのは時の神子ーー僕にしかできないんだ。



 “生きている限り道はある。
 前を向いて活路を開け”
   がいつも言っていた。 
 剣術も勉学も、あらゆることを僕に教えてくれたけど、ただ一つ教えなかったことがある。

 それは、諦めること。
 諦めるという道は教わっていない。
 だから考えろ。
 わからないなら聞けばいい。
 この場で一人だけ、魔法に詳しい人がいる。


「アイセ。僕はどうすればいい。教えてくれないか。君なら魔力の扱い、魔法の使い方わかるだろ。時の魔法でなくても、基礎は同じはずだ」

 まっすぐにアイセを見上げる。
 アイセは目を細めて微かに口角を上げ、時の鎖を僕の手に乗せる。

 手のひらを介して、あたたかなものが流れ込んでくる。

「今送ったのが魔力。同じようにして、体の中を流れる力を手のひらに集める。そして時の鎖を通して神さまに祈って」

 アイセは部屋の奥、魔法陣が描かれた場所を指す。

「ここは時の遺跡の中でもっとも時の神さまに近い場所。時の神子の祈りなら、時の神さま届く」

 これまでのような冷たい響きは一切ない、演技も含まれない、あたたかな優しい声音。
 きっとこれがアイセの本質、根っこなんだ。
 出会った日に聴いた歌と同じ。
 心は音色や歌声に現れる。

「あはは。ボクのこと優しいなんて言う人、きみが初めてだよ。騙して、こいつらを使って無理やりここに連れてきたってのにさ」
「優しいだろ。リーンを逃してくれたんだから」

 この男たちの怒りぶり、リーンごと斬り捨てかねないほどの憎しみを感じる。
 僕を袋叩きにする計画を提案することで妥協させたんだろう。


 僕が普通の人として育った時間の裏に、アイセが町中の憎しみを肩代わりしてきた時間がある。
 神官たちを救い、本来責められるべき僕が憎まれるのがせめてもの罪滅ぼしだ。

 ゆっくりと歩き、魔法陣の中心にひざまずく。

 時の鎖を握りしめ、時の神に祈る。


「時の神さま。力を貸してください。エレナさんを、神官を、アイセを、みんなを救う力をください」


 足元の魔法陣が、淡く銀の光を放つ。
 手のひらの中で止まったままだった秒針が動き出す。

 部屋全体に、光が広がった。


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