一章 セツカと時の鎖

 アイセに先導されて森を進むと、石造りの巨大な遺跡が見えてきた。
 遺跡まで石畳が敷かれていて、足音が硬質なものへと変わる。
 石畳を挟むように、等間隔に石柱が立っている。

 重く荘厳な雰囲気に圧倒された。
 

 十五年ここにいたというだけあって、アイセは迷うことなくどこかに向かって歩いていく。

「おら、立ち止まるんじゃねえ」

 後ろを固める男たちに剣先を当てられ、歩調を早めた。
 本当にリーンを町に送り返してくれているのか、心配でならない。
 恨まれるのが俺だけなら構わないけれど、ついてきてしまったことでリーンまでとばっちりを受けたらかなわない。

「“追いかけてきたらせっちゃんを殺す”って言伝といてくれるから、今ごろ震えながら帰りの馬車に乗ってるんじゃない?」
「いや。そういう脅しをかけると、リーンは追いかけてくる。お前をぶっ飛ばすために」
「ハハッ。まさかぁ」

 勝てる勝てない関係なしに立ち向かう。それが俺の知るアイリーンという女の子だ。

 遺跡内部も真っ白な石で造られていて、音が反響する。
 

「さぁ、見るといい。ここが悪魔の森と呼ばれる原因だ」

 アイセが振り返り、俺を広間に引きずりこむ。


 目に入った光景に、息がつまった。



 人がいた。
 神官の服を着た人間が六人。
 そして、ドレスを着た貴族の女性が一人。
 エレナさんだ。写真を見せてもらったことがある。

 何か言い争っていたのか、神官のうち数名の男たちは剣を持ち、エレナさんに斬りかかろうとしている。
 神官の女性がそれを止めようとしている。


 全員、息一つせず停止していた。



 悪魔の所業と呼ばれても、しかたのない恐ろしい光景がここにあった。


「きみの先代神子は時を止める魔法を持つ者。止めることはできても、動かすことはできない。だからこの十五年、ずっとこのまんまだった」

 貴族も神子も、使える魔法は生まれ持った一種だけ。とアイセは補足する。

「お前の先代がこんなことをしたんだ。責任を取れこの悪魔が! 親父を返せ! 元に戻せよ!」
「この神官はおれの姉さんだ。結婚だって決まっていたのに、こんなことになって。時の神子が全部ぶち壊したんだ!」

 男たちが十五年降り積もった怒りと憎しみを叩きつけてくる。
 泣き叫び、声を荒らげる。

 元に戻せと言われても、俺は魔法を使えない。どうすればいいんだ。

「いいや。気づいてないだけで、きみの魔法は目覚めている」

 アイセが手に持っていた何かを俺の手のひらに落とした。
 かさをかぶったどんぐりだ。何の変哲もない、ただのどんぐり。

 そのどんぐりが、パキ、と音を立て手の中で動いた。

「なっ!?」

 驚いて取り落としたどんぐりは、芽吹き双葉となり、一瞬にして若木に成長した。

「これは時を進める力。ボクらが待ち望んでいた力だ」
「なんで、こんな突然」

 これまで十五年、こんなことなかったのに。

「時の神子だけは特殊な性質があってね。生まれて十五年経たないと魔法が発現しないんだ。どんな魔法が使えるようになるかは、十五年経ってみないとわからない」
「そして、……この人たちを救うのは、俺にしか、できないと」

 悲しいのか怖いのかわからない、ただ胸が苦しい。

 なんでアーノルドさんは十五年、黙っていたんだ。
 なんで、自分の妻をこんな風にした人の後継者を、我が子のように育てられたんだ。

 教えてくれたら、知っていたら、もっと。
 涙が頬を伝った。


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