一章 セツカと時の鎖

 男たちは俺を時の神子と呼び、剣を向けてくる。

 どういう状況だこれは。
 五人ともから攻撃の意思を感じて、護身用のダガーナイフを抜く。



「あなたたち、なんでセツカを……」

 リーンは座り込んだまま呆然としている。
 男たちはアイセが呼んだんだろう。アイセは眉一つ動かさない。

「これはなんの真似だ、アイセ」
「アイセって誰のことだい? そんな名前の人間はいないよ」

 偽名、か。出会った時点から、嘘をつかれていたんだ。

「お前たちの目的はなんだ」
「冷静だね、せっちゃん。ボクを育てたのが貴族だって、些細な癖で見抜いたことといい。ほんとうにただの庶民として育ったのかい?」

 アイセは感情の見えない平坦な声で言う。
 反対に、男たちは怒りをあらわにしている。

「十五年も経ってから戻ってくるなんて。お前がのうのうと生きている間、オレたちの家族は呼吸ひとつできずにいたのに!! はやく魔法を解け!」
「どういうことだ? 俺は魔法なんて使えな……」
「魔法を解かないと言うなら、使う気になるよう痛い目見せてやる!」


 話し合いにならず、一斉に切りかかってくる。

「やめて、セツカにひどいことしないで!」
「黙ってなよ。きみには関係ないことだから」

 アイセがリーンの襟を掴んで黙らせる。
 理由もわからず殺されるなんて御免だ。

 隙だらけの構えからわかる。この人たちは剣の訓練を受けたことのない一般人。
 武器を取り上げて無力化させるのが最適解だ。

 振り下ろされる剣を避け、腹に蹴りを入れる。

「よくもアレンを!」

 一気に踏み込み、向かってきた男の目線ギリギリに刃を止める。

「ひっ」

 手首にナイフの柄を叩き込んで剣を奪う。怯んだところでうなじに手刀を入れて気絶させる。

「なんだこいつ、本当に魔法士か!?」
「俺は魔法士じゃないって言ってるだろ」

 向かってきた三人を一気に蹴散らし、残るはアイセだけ。

「ありえない。そこらの騎士より戦場慣れしてるじゃん」
「今日初めて顔色を変えたな」

 俺が襲撃者を全員潰すと予測してなかったのか、アイセは口元を引きつらせている。

 アイセの足元には、座り込んだままぼんやりしているリーンがいる。
 なんだかすごく眠たそうだ。いくら疲れているからって、命の危機が迫っているのに。

「水に仕込んでいた眠り薬が効く時間なんだよ。きみは舐めただけでやめたから効いてない。あまり味がしない薬を選んだんだけど、気づくなんて味覚まで鋭いんだね」
「なんの目的でこんなことを」
「そいつらが言ったでしょ。きみに魔法を解かせるためだよ、時の神子」

 アイセが一歩ずつ歩み寄ってくる。

「俺は神子じゃない」
「いいや、神子だ」 
 
 帽子を払い落とされ、隠していた銀髪が風に踊る。俺のマントを掴み、内ポケットに入れていた銀時計を取り出した。

「銀髪に灰色の瞳、そして神子の証である時の鎖まで持っているのに神子じゃないなんて笑わせてくれるね」
 
 ちっとも笑ってない目で、俺を見下ろす。

「きみは育て親のアーノルドに騙されていたんだ。神子は生まれながらに神子。名前はない」



 ーー名前がないのは寂しいだろ。


 出会った日、アーノルドさんに言われた言葉を思い出す。

「よく帰ってきたね、時の神子【時節司じせつつかさどもの

ボクは十五年、ずっとこの町できみを待っていたんだ」

 アイセの冷たい声が胸に刺さった。


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