一章 セツカと時の鎖
「すごい、あれは楓? あっちはモミジ。これが紅葉……初めて見た」
本当にここは悪魔の森と呼ばれる場所だろうか。
赤や黄に染まった木の葉がひらりひらりと舞い落ちてくる。風が吹くたび木の葉が擦れあって、さざなみのような音を立てる。
「綺麗だなぁ」
「セツカ、これは? このおっきい木は何?」
「クスノキだな。樹齢は何年くらいだろう。これだけ大きいと、百年はくだらない」
アイセは俺たちのやや後方を歩いてくる。
「昨日までとは別人みたいにテンション高いねぇ。そんなに喜んでこの森に入る人、初めて見たよ。ボクには全部同じ木にしか見えないけど、これにそんな名前があるわけ?」
「ああ。いつも植物図鑑を読んでいたから、名前や特徴だけは知っていたけど、実物を見るのは初めてだ」
歩くたび、ブーツの下で枯れ葉が音を立てる。
足元をリスが駆け抜けていく。
「動物たちも問題なく暮らしているみたいだな」
「そうねぇ。森に入れたはいいけど、これからどうする?」
「まず時の遺跡に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
地図とコンパスを確認しながら進む。
苔むして朽ちかけているけれど、所々「この先九〇〇メルテ先を右方向」と案内板が設置されている。
草木が無秩序に生い茂って足元が悪くなっているけど、元々は整備された道があったんだとわかる。
一時間も歩くと、リーンの息があがり始めた。
「リーン。鞄」
「あり、がと」
「そろそろ休憩しよう」
肩で息をするリーンから鞄を受け取り、開けた場所前まで歩いた。
「セツカ、結局足を引っ張っちゃって、ごめんね」
「気にしなくていい」
「うん」
アイセは慣れた様子で足元にあった乾いた枝と木の葉をまとめ、マッチの火をつける。火が安定したところで俺に水筒を投げる。
「とりあえず、お嬢ちゃんにこれで水を飲ませて。焚き火してお湯を沸かすから、燃料になりそうな枝を集めてくれる?」
「わ、私も……」
「リーンは休んでていいよ。足、痛いだろ」
水筒の木栓を抜いて、持ってきた小ぶりのブリキカップに水を注ぐ。
よほどのどが渇いていたのか、リーンは一気にあおった。
「セツカも喉乾いてるでしょ。はい」
リーンは飲み干したカップに水を注いで、俺の手に押し付ける。
少し口をつけて、舌先にかすかな苦味を感じた。
「飲まないの?」
「……うん、飲まなくていい。俺も少し疲れてるみたいだな」
「じゃあ私飲んじゃう」
俺が残した分をリーンがぐいっと一気にいった。
はぐれないよう近場をまわって、枝を集める。
パキン、とどこからか枝を踏む音が聞こえた。
リーンたちの方に目を向けると、二人とも動いていない。
クマのような大型獣が通った痕跡はこのあたりにない。
嫌な予感がして、枝集めをやめ二人のところに戻る。
「おかえりセツカー」
「早かったね。寒かったでしょ、せっちゃんも火にあたりなよ」
「必要ない」
アイセに枝だけ渡して、離れたところに座る。
「アイセ。セツカは火が嫌いなの。無理強いはだめよ」
「なんで」
自分でもわからない。でもどうしても、火を見ていると吐きそうなほど気持ち悪くなる。
「ふぅん。トラウマってやつだねぇ。まぁ都合がいいや」
「都合がいいって、なにが」
複数人の足音が迫ってくる。
武装した五人の男が剣を抜き、俺を囲んで叫んだ。
「オレたちの家族を返せ、時の神子!!」