一章 セツカと時の鎖

 荷物の整理が終わった頃、アイセが部屋に来た。

 買って知ったる我が家といった感じで、勧めないうちに椅子に腰掛け、話を切り出す。

「さっきは邪魔されちゃってろくに話ができなかったけど、時の森が封鎖された理由を調べているんだね」
「そうなんだ。手持ちのピースから考えると、十五年前の何かが原因で封鎖されたんだと思うんだ」

 リーンもしきりに頷く。

「あのね、港町の人たちの反応って、九年戦争で家族を亡くした人の反応と似ているような気がするの。神様を祀る神聖な場所を、悪魔の森なんて揶揄したくなるくらいの何かがあったんじゃないかな」
「お嬢ちゃん、意外と賢いねぇ」
「けんか売ってる?」

 アイセの皮肉に、リーンのこめかみがピクリとした。

「出会い頭で殴られたから、てっきり脳みそ筋肉なのかと思った。人って第一印象だけじゃ計れないんだねぇ」 
「アイセは第一印象と変わらず最低」
「はいはい、喧嘩しない。リーンもアイセも落ち着いて」

 また右ストレートが繰り出されそうだから、宥めて話を戻す。

「事件が起きたのなら、騎士団になら何か記録があるかもしれないな。ツヴォルフにも騎士団の隊がいくつか駐留している。事件記録の保管期限は十五年。まだギリギリ残っている可能性がある」
「詳しいね、せっちゃん」
「私の父様、王都で騎士をしているからよ」

 胸を張るリーンに対してアイセがまた何か言おうとして、口を手で隠した。
 たぶん「親が騎士なのと騎士団規則に明るいのは無関係」とでも言おうとしたんだろう。
 出会ってからこっち、アイセは余計な一言が多い。

 アイセは目を細めて俺を見る。

「記録があったとしても、とっくにもみ消されてるよ。きみたち同じ国の中に住んでいるのに、これまであそこが悪魔の森って呼ばれていることや閉鎖されてること、何も知らなかったじゃない」

 アイセが言うことももっともだ。
 町の人々が森を忌み嫌い、森の入り口を閉したままにする。近寄ると時間を奪われると言う。

 そんなレベルの大事件がニュースにならないまま今日《こんにち》を迎えている。
 
「記録を抹消して箝口令《かんこうれい》が敷かれるような事件があったとして。事件の大元には、ことを公にされたら困る、国の中枢に近い人間が関わっている?」

 時の神子が空位とはいえ、国の管理下にある土地を十五年も放置するわけがない。
 事件に直接関与しているかどうかは別として、封鎖状態にあることは国王陛下も知っているということになる。

 俺をアーノルドさんに託した人も、事件に関わっているんだろうか。

“旅の先で全てを知ったら、俺を恨むだろう”

 あの言葉の意味はなんだ。

「……推測するだけじゃ埒が明かない。森に入る方法があればなぁ」 

 どのみち森に入らないと何もわからない。手詰まりだ。

「どうしても今日解決しなきゃいけないことじゃないでしょ。明日考えればいいじゃない。それじゃ、ボクは自分の借りた宿に帰るから、また明日ね」

 大きく伸びをして、アイセは部屋を出ていった。

「そうだな。明日また別の切り口から調べてみようか」
「うん」

 宿内の食堂で夕食をとっていたら、宿の主人が「食後のお茶です」と言って紅茶を出してくれた。

「なんだろ、これ」

 ティーカップとソーサーの間に、きれいに畳まれた紙が挟んである。
 そこに書かれていた文章に目を疑った。



 ーーあの吟遊詩人は、時を奪う悪魔。逃げろ。


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