一章 セツカと時の鎖

 翌日の昼過ぎ。
 港町ツヴォルフに着いてすぐ、俺たちは町の北東を目指した。

 時の森に続いている門は小高い丘にある。
 真白な石造りの門は閉鎖されていた。
 管理人が近くにいるような様子はないし、ここ以外に森に続く道はない。

「セツカ。たしか時の神子さまは空位なんだよね。時の森を管理する神子さまがいないから、国の偉い人が閉じたのかも」

 現代史でやった。
 十五年前に時の神子が亡くなって、新たな神子は選定されないまま今に至る。

「新しい神子が就任するまで開かないなら、諦めて帰るしかないな。俺たちの意思でどうこうできない」
「でもさ、森に入れないなら、なんで父様はセツカに時計を渡して、時の森に行けって言ったのかな?」
「……十五年前は、普通に入れたはずだ。俺は時の森で拾われたんだから」

 どれほど人が来ていないのか、触れた扉は雨風がふきつけたことによる泥汚れと埃がついていて、指のあとがくっきり残った。

「せめてこの町に手がかりがないか調べてみよう。町の住人……中年から老齢の人なら当時のことを覚えているかもしれない」
「そうね。じゃあ手分けしましょう」
「集合は二時間後、わかりやすい場所にしようか。あそこに見える噴水広場」
「はーい!」

 リーンは駆け足で、港の露店通りに消えていった。
 俺はリーンが行ったのとは別方向、住宅街に足を向ける。

 軒下で椅子に腰掛け、日向ぼっこしていたおばあさんに声をかけた。

「すみません。ひとつうかがってもよろしいですか」
「はいはい。どうしたね、旅のお兄さん」
「時の森に行きたかったんですが、門が封鎖されていて。封鎖される前のことを知っていたら教えていただけませんか」

 時の森、という単語を聞いた瞬間、ひ弱そうだったおばあさんが杖を振り上げた。

「あ、あんなとこ行っちゃなんねえ! あれは悪魔の森だ。行ったが最後、あんたも時間を奪われちまうぞ!」
「悪魔の森? 時間を奪われる? 何なんですかそれ」
「わたしゃ庶民だから、魔法のことなんかわからんよ。わかるのは、わたしの息子が時間を奪われて帰らんってことだけさ」

 怒りを叩きつけるような叫び。何かに対してかなりご立腹で、これ以上会話になりそうもない。

「ご忠告ありがとうございます」

 短くお礼を言ってすぐにその場を離れた。

 誰に聞いてもあんな調子なら、本を調べたほうが建設的だ。
 時の森に続く門の近く、国立郷土資料館に向かった。

 一応扉は開いているものの、受付の人はいない。
 空気はかび臭く、一歩踏み出すごとに足元に積もった埃が浮き上がる。
 ここもまた長い間放置されているのか。

 大きな窓から差し込む明かりで、どうにか棚に並ぶ史料の背表紙を読み取れた。

「ツヴォルフ年誌。これならもしかして。俺が拾われた年だから、一八四五……あれ?」

 ない。
 一八四四と一八四六はあるのに、十五年前の年間記録だけ無い。
 他の場所に差したのか?
 遠くで埃をかぶっていた踏み台を持ってきて棚全体を確認したら、記録を始めた百年前から去年までのうち一八四五だけが欠けていた。

 一八四五以降も記録が納められているということは、管理人は生存しているし、一冊欠けていることを把握しているはずだ。

 つまり今の管理人はあえてここを放置し、記録だけ足しに来ている。

 十五年前、何があったんだろう。


image
ツギクルバナー
13/40ページ