一章 セツカと時の鎖

 ついてきてくれたことが嬉しい、と思ったのも一瞬で、すぐにこのままじゃ駄目だと思い直す。

 俺の旅はどれほどの日数を要するか不明だ。
 下手するとリーンは、進級に必要な出席日数が足りなくなる。
 それに男と二人旅したなんて話が広まると、今後の縁談に悪影響しかない。

「そうだ、誰かリーンが真面目に話を聞きそうな大人を呼んで、家に帰るよう説得し……いや、そんな時間ない」
 
 馬車が来るまであと二十分あるかどうか。探している間に発車時間になってしまう。

「何ぶつぶつ言ってるの? はむっ」

 悩みの種であるリーンは、どこで調達したのか、大きく口を開けスコーンを食べている。
 この姿を見て、誰が貴族の令嬢だとわかるだろうか。

 諦めて停留所のベンチに腰掛けていると、同じ馬車の利用客がちらほらとやってきた。

「アイリーンちゃんじゃないか。今日は学校がある日だよね。行かなくていいの?」

 リーンに声をかけたのは、アーノルドさんと同じ隊の騎士、ウルさんだった。

「あ、ウルさん。おはようございまーす。先生にお休みの申請を出したから問題なしよ。セツカが家族を探す旅に出るって言うから、ついていくことにしたの」
「うーん。さすがアーノルドとエレナさんの娘だなぁ。行動力がすごい」

 ウルさんは笑って肩をすくめた。

「ウルさん騎士制服じゃないってことは、私用で馬車に乗るんです?」 
「うん、そうだよ。冬に長期休みが取れなさそうだから、今のうちに兄さんに花を手向けようと思って」

 ウルさんの手には白薔薇の花束がある。
 九年戦争は二十年前の冬に終結した。
 海戦で散った騎士や魔法士も多かったから、港町ツヴォルフに直接行く人も少なくない。

「あれ。ウルさんって、お兄さんがいたの?」
「……亡くなってから兄弟だってわかったから、直接兄さんって呼べたことは一度もなかったけれど」

 ウルさんは視線を落として、腰にさげた剣の柄に触れる。
 三日月の文様が彫り込まれた古めかしい剣。お兄さんの形見なのかもしれない。

「セツカくん。家族を探すって、当てもなく探すのかい?」
「俺をアーノルドさんに託した人から、俺が大人になったらこの時計を託すように言われていたそうです。手がかりは時の森にあるって」

 銀時計を見せると、ウルさんの顔がこわばったような気がした。
 ウルさんは笑顔をつくり、話を変えた。
 
「そうなんだ。時の森って言えば時の神子さまの遺跡があるじゃない。僕、小さい頃は神子さまになりたかったから、憧れの地なんだ」
「父様も小さい頃、“俺は勇者さまに、ウルは神子さまになるんだ”って言ってたんでしょ」
「そうさ。神子さまは魔法士の頂点だもの。大きくなってから、魔法を使えるのは貴族だけって知ったときには落ち込んだなぁ」

 勇者さまと神子さまが力を合わせ、悪魔と戦う。子どもに人気のおとぎ話だ。
 
「馬車が来たね。二人とも、気をつけて行くんだよ」

 蹄の音が近づいてきたのに、ウルさんは停留所を離れた。

「港町に行くんじゃないんですか?」
「その予定だったけど、ちょっとアーノルドと話し合い・・・・をしないといけないから、次の馬車にするよ」

 口調はおどけた感じなのに、目が笑っていない。

「ねえセツカ。ウルさんどうしたんだろう」
「わからない。でもなんだか、穏やかな話し合いじゃなさそうだな」

 リーンと顔を見合わせ、首を傾げた。

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