魔法少女ばあやの日常
「結婚、ですか……」
前回の襲撃から数日。
朝食の席で護衛の任にあたっていたルーカスは、国王陛下から告げられた話に戸惑いました。
隣国ユコウの第三王女がバル国を訪問した際、魔物に襲われて、それを助けたのがルーク……つまりルーカスだったというのです。
それでルーカスに惚れ込み、どうしてもルーカスが忘れられず、恋煩いで伏せっているのだとか。
「姫が我が国に嫁いでくれば、国同士の繋がりが深まる。悪い話ではないと思うのだがどうだろうか」
「お断りします。わたしと姫では身分と年齢が違いすぎるでしょう。50歳差の婚姻なんて聞いたことがない。姫に見合う王族や貴族の若者がいくらでもいるはずで……」
ルーカスの言葉をぶったぎる勢いで、ダメアンが割り込みました。
「そう、例えば俺! 同い年で! しかも第一王子!」
「ダミアン。あなたにはアリーナという婚約者がいるでしょう。隣国の姫に妾になれとでもいうのすか。馬鹿なのですか」
母君にグッサリ正論で刺されてもダメアンはめげません。
「アリーナを妾にすればいいんだ!!!!」
だからダメアンって呼ばれるんだよ、と、おそらく本人以外が満場一致で思いました。
どこの世界に、婚約者を妾にして隣国の姫を嫁にするなんて馬鹿なことを力説する王子がいるんですか。
国王陛下も白い目でダメアンを見ています。
「とにかく、考えてみてはもらえぬか。お前は長く我が王家に仕えてくれているが、未婚だろう。そろそろ自分の家庭を持って家族を大切にするのもいいと思うのだが」
「それはエデルミラも同じでしょう。家庭を持たずとも長く王家に仕えている者はいくらでもいます」
「は?」
話題がわたしに飛んできました。
あいた皿を下げている途中だったので、危うく皿を落とすところでした。
『だいじょうぶでふか、ミラ』
足下にいたぺぺが心配そうに聞いてきます。他の人にペペの声は聞こえないので、わたしは人前では返事をしません。大丈夫、と仕草で答えます。
「そうだなあ、エデルミラも、婿を取ってもよかったのだぞ。それこそ、結婚後も戻ってきて仕えてくれる者はいくらでもいるだろう」
「恐れ多いですわ、陛下。仕事一筋のかわいげのない女をめとろうなんて人が、これまで現れなかったのです。もう70ですし、この先もいないでしょう。ですから生涯王家のために時間を使うことにしています」
負け惜しみでも何でもなく、わたしはこの仕事が好きですから辞める気はないのです。
どこかで結婚するという選択もできたかもしれませんが、妻になってくれと声をかけてくれた人はみんな、「仕事を辞めて家庭に入ってくれ」と言っていました。
朝食の時間が終わり、わたしはこのあと休み。
メイド用の寮にいるので食事も服も不便はありませんが、城下にいたほうが魔物が出たときすぐ対応できます。私服に着替えてから申請をして、城の敷地外に出ます。
ペペもついてきました。ぱたぱたとわたしのまわりを飛び回っています。
「もうすぐ寒くなりますし、肩掛けと膝掛けを買いたいわね」
『ミラ、ミラぁ~。ペペにはわからないけれど、ニンゲンにとって結婚って大事ってきいたでふ。ミラはしなくていいでふか』
「いいのよ。それより、ルーカスの結婚が決まったらあまり魔物との戦いに呼び出さないようにしてあげてね。新婚さんなら家庭を大事にしたいでしょうから」
『……むむむ。でもミラとソフィアだけだと、戦いにくいと思うでふ』
最近複数体が同時に出没するケースが増えているので、ペペの言うとおりわたしとソフィアだけじゃ厳しいです。でも、ルーカスには長年国のために頑張ってきた分しあわせになってもらいたいですし。
「勝手に決めるな、エデルミラ」
「へ?」
いつの間にか背後にルーカスがいました。警備の……騎士団の制服のままです。
「どうしたんです、ルーカス。あなたは今日も仕事でしょう」
「魔物討伐の相談があると言って交代してきた」
ルーカスの胸ポケットからノノも顔を出します。
『そんな話ないはずなんだけどな』
「少し黙っていてくれ」
『ちぇ』
一つ咳払いして、わたしに向き直りました。
「陛下にもう一度、しっかりとお断りの返事をしてきた。俺は心に決めた人がいるから」
「心に決めた人がいるのに、いまだに結婚していないのね」
「その人が嫁いだら諦めようと思っていた。けれど、そう思ううちに50年以上経っていた」
「……その人に、自分から気持ちを打ち明けようとは思わなかったの? あなたに求婚されて断る女はいないと思うのだけど」
「それは……」
わたしの知る限りでも、17歳のとき、同期のメイドがルーカスに告白して振られていました。その後何人か告白したようですけど、すべてお断り。
好きな人がいたからなんですね。
戦場では勇ましく敵に立ち向かっていくのに、恋愛ごとになるととたんに及び腰になるなんて、意外なことを知りました。
ルーカスがさきを言う前に、ペペが耳をピンとそばだてました。
『魔物が現れたでふ! 急ぐでふよミラ!』
「わかったわ。ルーカス、話はまたあとにしましょう」
「ああ」
急いで魔法を使い、魔物が出現した現場に向かいました。
前回の襲撃から数日。
朝食の席で護衛の任にあたっていたルーカスは、国王陛下から告げられた話に戸惑いました。
隣国ユコウの第三王女がバル国を訪問した際、魔物に襲われて、それを助けたのがルーク……つまりルーカスだったというのです。
それでルーカスに惚れ込み、どうしてもルーカスが忘れられず、恋煩いで伏せっているのだとか。
「姫が我が国に嫁いでくれば、国同士の繋がりが深まる。悪い話ではないと思うのだがどうだろうか」
「お断りします。わたしと姫では身分と年齢が違いすぎるでしょう。50歳差の婚姻なんて聞いたことがない。姫に見合う王族や貴族の若者がいくらでもいるはずで……」
ルーカスの言葉をぶったぎる勢いで、ダメアンが割り込みました。
「そう、例えば俺! 同い年で! しかも第一王子!」
「ダミアン。あなたにはアリーナという婚約者がいるでしょう。隣国の姫に妾になれとでもいうのすか。馬鹿なのですか」
母君にグッサリ正論で刺されてもダメアンはめげません。
「アリーナを妾にすればいいんだ!!!!」
だからダメアンって呼ばれるんだよ、と、おそらく本人以外が満場一致で思いました。
どこの世界に、婚約者を妾にして隣国の姫を嫁にするなんて馬鹿なことを力説する王子がいるんですか。
国王陛下も白い目でダメアンを見ています。
「とにかく、考えてみてはもらえぬか。お前は長く我が王家に仕えてくれているが、未婚だろう。そろそろ自分の家庭を持って家族を大切にするのもいいと思うのだが」
「それはエデルミラも同じでしょう。家庭を持たずとも長く王家に仕えている者はいくらでもいます」
「は?」
話題がわたしに飛んできました。
あいた皿を下げている途中だったので、危うく皿を落とすところでした。
『だいじょうぶでふか、ミラ』
足下にいたぺぺが心配そうに聞いてきます。他の人にペペの声は聞こえないので、わたしは人前では返事をしません。大丈夫、と仕草で答えます。
「そうだなあ、エデルミラも、婿を取ってもよかったのだぞ。それこそ、結婚後も戻ってきて仕えてくれる者はいくらでもいるだろう」
「恐れ多いですわ、陛下。仕事一筋のかわいげのない女をめとろうなんて人が、これまで現れなかったのです。もう70ですし、この先もいないでしょう。ですから生涯王家のために時間を使うことにしています」
負け惜しみでも何でもなく、わたしはこの仕事が好きですから辞める気はないのです。
どこかで結婚するという選択もできたかもしれませんが、妻になってくれと声をかけてくれた人はみんな、「仕事を辞めて家庭に入ってくれ」と言っていました。
朝食の時間が終わり、わたしはこのあと休み。
メイド用の寮にいるので食事も服も不便はありませんが、城下にいたほうが魔物が出たときすぐ対応できます。私服に着替えてから申請をして、城の敷地外に出ます。
ペペもついてきました。ぱたぱたとわたしのまわりを飛び回っています。
「もうすぐ寒くなりますし、肩掛けと膝掛けを買いたいわね」
『ミラ、ミラぁ~。ペペにはわからないけれど、ニンゲンにとって結婚って大事ってきいたでふ。ミラはしなくていいでふか』
「いいのよ。それより、ルーカスの結婚が決まったらあまり魔物との戦いに呼び出さないようにしてあげてね。新婚さんなら家庭を大事にしたいでしょうから」
『……むむむ。でもミラとソフィアだけだと、戦いにくいと思うでふ』
最近複数体が同時に出没するケースが増えているので、ペペの言うとおりわたしとソフィアだけじゃ厳しいです。でも、ルーカスには長年国のために頑張ってきた分しあわせになってもらいたいですし。
「勝手に決めるな、エデルミラ」
「へ?」
いつの間にか背後にルーカスがいました。警備の……騎士団の制服のままです。
「どうしたんです、ルーカス。あなたは今日も仕事でしょう」
「魔物討伐の相談があると言って交代してきた」
ルーカスの胸ポケットからノノも顔を出します。
『そんな話ないはずなんだけどな』
「少し黙っていてくれ」
『ちぇ』
一つ咳払いして、わたしに向き直りました。
「陛下にもう一度、しっかりとお断りの返事をしてきた。俺は心に決めた人がいるから」
「心に決めた人がいるのに、いまだに結婚していないのね」
「その人が嫁いだら諦めようと思っていた。けれど、そう思ううちに50年以上経っていた」
「……その人に、自分から気持ちを打ち明けようとは思わなかったの? あなたに求婚されて断る女はいないと思うのだけど」
「それは……」
わたしの知る限りでも、17歳のとき、同期のメイドがルーカスに告白して振られていました。その後何人か告白したようですけど、すべてお断り。
好きな人がいたからなんですね。
戦場では勇ましく敵に立ち向かっていくのに、恋愛ごとになるととたんに及び腰になるなんて、意外なことを知りました。
ルーカスがさきを言う前に、ペペが耳をピンとそばだてました。
『魔物が現れたでふ! 急ぐでふよミラ!』
「わかったわ。ルーカス、話はまたあとにしましょう」
「ああ」
急いで魔法を使い、魔物が出現した現場に向かいました。