魔法少女ばあやの日常

 厩舎の前にわたしが現れることは折り込み済みだったよう。
 ルーカスは驚いた顔一つしません。

「来たか」
「随分な言い方ね。自分で聞きに来いと、呼んだのはあなたでしょう」
「そうだな。……仕事の話がある。しばらく離席するが、お前たちは訓練を続けろ」

 部下に短く告げて、ルーカスは城の庭園に向かって歩き出しました。
 わたしもそのあとに続きます。

 ライトフラワーの咲く区画は夜でもほのかに明るくて、地上に星空があるみたい。
 人の目がなくなってから、ルーカスの胸ポケットがもぞもぞと動いて、中からノノが顔を出しました。

「こんばんはですの、あなたが魔法少女になる前のミラですの? ルークに何か用ですの?」
「そうよ、ノノ。こうして話すのは初めてね。わたしはエデルミラ。よろしくお願いします」

 ルーカスは頭を抱えてしまいました。


「ノノ、俺が自分で話すから黙っていてくれと頼んだだろう。なぜばらす」
「ずるいですのルーク。ノノだってミラと話してみたかったですの」

 どうしましょう。会ったら怒りに任せて問い詰めようと考えていたのに、ノノがのんびり言うものだから怒る気がそげてしまったわ。

「どうして、わたしを前線から退けようとするの」
「この前、怪我をしていただろう」
「怪我をするから? でもそれならどうしてソフィアには言わないの?」
「送還術がないと魔物を完全に退けられないからだ。エデルミラに送還術はない」

 つまりソフィアのように特別重要な力を持ってないから居なくて良しと、そういうことでしょうか。
 ルーカスは騎士団長。戦場で、戦局を見極める立場にあります。
 前線に選ぶ人選、後方にまわらせる人選を常にしている。

 わたしは停止エスペイラしか使えない上に、この前の魔物は素早すぎて、ルークに助けてもらわないと停止をかけられなかった。

「つまり、わたしは足手まといだから魔物退治の場に居ても邪魔なだけだと、そういうこと?」
「……なぜそういうふうにひねくれた取り方をする」
「そう捉える以外にどう取れというの」

 ルーカスは困ったように眉根を下げます。

「大丈夫ですのミラ。魔法は心ですの。努力と根性でできることは増えますの!」

 ノノがわたしの手にぴょこんと飛び乗って、小さな前足をパタつかせて応援してくれます。健気で可愛らしい。

「そうね。ありがとうノノ。ルーク……いいえ、ルーカス。今は足手まといでも、必ず役に立てるようになるから。だから、どうか来なくていいなんて言わないでください」

 頭を下げると、ルーカスは目を見はります。

「エデルミラ、嫌ではなかったのか? 戦いと無縁だったお前がいきなり戦場に放り込まれることになったんだぞ。怖くないのか」
「それは……」

 ぺぺと出会って、ブローチを渡されて、変身してしまった日を思い出します。

 たしかに、最初は「なんでわたしが」と思いました。アリーナ様のように自分からなりたがっている人がなったほうがいいのでは、と。

「怖いですよ。今でも、すごく。でも、ソフィアが泣きながらがんばってあの場に立っているから。だから、こんな弱いおばあちゃんでも、ソフィアの重荷を半分手伝うことができるなら、背負うわ」

 ルーカスを見上げて、心に思ったままを伝えます。
 じっとわたしの目を見つめ返して、ルーカスは微かに笑いました。


「そう、か。俺が想像するよりも、お前の心根は強いのだな。さすが、メイド長だ」

 ルーカスは私に背を向けて、ゆっくりと歩き出します。
 ノノがわたしの手のひらから飛び降りて、ルーカスのマントをよじ登っていく。

「ミラ、またねですの!」

 最後までのん気なノノに手を振って、わたしも自分の部屋に戻りました。 


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